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2019年2月の音楽(とか)のこと

引っ越し(退去だけ)の準備をしていたら、無性に見たくなってきたので前田司郎「徒歩7分」をU-NEXTで見返し始めた。2015年にNHK BSプレミアムで放送されたこの作品はもう何度見ても至高な、僕にとってこの国の連ドラフェイバリット級の作品なのです。自宅のトイレの中だけで、30分、1週分を所要する伝説級の第5話を始めとして、会話劇はもちろん、質素なのに魅力的に見えてくる食べ物や、衣装、小道具も隅から隅まで気に入っている。

この作品での田中麗奈をはじめ、松岡茉優、今年公開されたシャラマンの「ミスター・ガラス」、「スプリット」にも出演していたアニャ・テイラー=ジョイなど、自分の好きな女性の顔の一系統に最近はたと気づき始める。ちょっとどちらかと言うと横に広めの概形で、離れ目がポイントのよう。「徒歩7分」での田中麗奈は偶に松岡茉優っぽく見えるルックをはじめ発声、衣装全てが完璧。

引き続き新しい音楽を聴きたくなるようなエナジーというか欲があって好調だ。普通は数ヶ月に1度何を聴いてもしっくり来ないような状態が来るのだけど、11月くらいからそういう気配とは一切無縁で、新譜、旧譜ともに聴き漁れています。何でもそうだけど、聴けば聴くほど自分の知っている音楽、知識量の乏しさをより実感する。


アルバム

量的には今年イチの豊作月だった、と後々振り返ることになってもおかしくないくらい多種多様充実した新作が毎週バンバンリリースされて純粋にとても楽しかった。その数絞って13枚。大体リリース順に振り返っていこう。

Steve Gunn「The Unseen In Between」

Beirut「Gallipoli」

Cass McCombs「Tip of the Sphere」

フォークロックがあまりに豊作な2019初旬だ。先月のJulian LynchやAngelo De Augustineから始まり、同じく先月リリースで今月に入ってから聴いたSteve Gunn、Beirut 、Cass McCombsあたりが代表でしょう。単にフォークロックと括っても、ひたすらオーセンティックで、同時期によく聴いた6,70年代のフォークロック、フォーク/SSWと同じ感覚で聴けるようなSteve Gunn、それとはある種対照的にリズム面など非英米圏にアプローチし続けるBeirut、相変わらず掴みどころがないようで、気づいたら何回も聴いてしまっているCass McCombsと多種多様である。Cass McCombsはその素晴らしい音楽をどう言葉で表せばいいか何度聴いてもよく分からないんだよなー。今言えるのは10曲目「Tiing Up Loose Ends」のようなミニマルながら強度のあるワンループをゆるり通す美しい曲が、僕にも書けたらどんなに素晴らしいだろうかということだけ。

イランと柴田聡子「Run Away」

GRAPEVINE「ALL THE LIGHT」

Panda Bear「Buoys」

この3枚もちょっと無理をすれば「2019初旬の大豊作フォークロック」にカテゴライズできそうだ。配信されていないので全く話題になっていないが、イ・ランと柴田聡子の共作EPはここまでの年間ベストの1枚だ。言語感覚や声質が奇跡的なほど相性ぴったりで、お互いのただでさえ素晴らしいソングの完成度を高めている。雰囲気も尺もぴったりだと思うので、フジロックの木道亭にこの共作名義でぜひ出てほしい。GRAPEVINEは直近2作がそこまでしっくり来なかったのに比べれば今作はだいぶ気に入っています。(ちなみに彼らのディスコグラフィの中でのフェイバリットは「Burning Tree」です。) 今作は亀井さんのドラムをポイントに聴くことが多かった。愚直に8を刻むようなこれまでのイメージからかなり解放されて、多彩なリズムパターンが特に前半は楽しめる。中でも「ミチバシリ」がハイライトだろうか。スネアの質感とかをとっても今作はそのリズムセクションにThe Nationalをイメージしたり、例えばアルバム「High Violet」とか。Panda Bearもあんまり話題になっていないけど、今作はしみじみソングライティングがよくてけっこう好きです。その上でドラムセット等のあれやこれを水音だったりなんやらよく分からない音で置き換えまくったサウンドデザインが楽しい。

V.A.「Music Inspired by the Film Roma」

Pedro Martins「Vox」

上3枚と同時期にはこんなのもあった。アルフォンソ・キュアロン「ROMA」にインスパイアされた楽曲を集めたコンピレーションアルバムは、先行リリースされていたBillie Eillish「WHEN I WAS OLDER」に負けずとも劣らない佳曲揃いで期待以上だった。映画の舞台(メキシコ)にほど近いキューバにルーツのあるIbeyiが空気を完全に捉えているし、エレキギター中心のサウンドが珍しいLaura Marlingや、Calvin Harris「Funk Wav Bounces Vol.1」にも客演していたJessie Reyezなんかもいい。「ブラジル出身でKurt Rosenwinkel「Caipi」に起用された」というのを見て飛びついたPedro martinsはどうしたって並べて語られるAntonio Loureiroよりは純粋にジャズ、ブラジル音楽に寄ったサウンドか。JTNCがカバーする範囲ではやっぱりブラジルとかのここら辺が今一番興味あるなー。

ot to, not to「It Loved to Happen」

Aaron Abernathy「Epilogue」

Adia Victoria「Silences」

Spellling「Mazy Fly」

直近もファーストインプレッション抜群のリリースが多すぎて、聴きこみが追い付かない。2月前半はフォークロック中心だったのに対し、後半はエクスペリメンタルなブラックミュージックの要素が濃い良盤が多かったような感覚だ。ot to, not toはMoses SumneyからFrank Oceanなんかとはベクトルの違うノウハウで音数を絞ったような強烈なエクスペリメンタルソウル。そのMoses SumneyやFrank Ocean以外にも随所でJames Blakeみたいにも聴こえるのが不思議。ガツっとPrince、D'AngeloなR&B/ソウルを現代的な気持ちいいサウンドプロダクションで聴けるAaron Abernathyもよかった。ナッシュビルベースのSSW、Adia Victoriaの2ndも初めて知ったけどばっちり。ストリングスアレンジが終始効きに効いて完璧なところが特に気に入っている。絶妙に古き良きSSW感をソングライティングから感じつつも、St. Vincentや海外で引き合いに出されることの多いというPJ Harveyといった存在に繋がり、さらにその先を行くようなハイブリッド性も持ち合わせていると思う。よりエクスペリメンタルなところではオークランドベースのSpelllingも素晴らしかった。一聴しておっ!?と思ったのはサスティーンの長い(しかも音がデカい)ハットを効果的に使っていることだ。最近は特に短くぴっと切れる音像に慣れてしまっているけど、ceroのアルバム表題曲「Poly Life Multi Soul」の16でかき鳴らされるそれみたいに上手く使うとどこかジャジーであったりはたまたプラステックな質感が出てきて、このアルバムだと「Secret Thread」なんかそれはそれでとても気持ちいい。

あいみょん「瞬間的シックスセンス」

このタイミングで初めて聴いたあいみょんもけっこう好きでなんか悔しい。語りどころの多そうな面白いミュージシャンだと思う。一つの側面としては、アルバム中数曲に顕著な10年くらい前の邦ロック界隈の匂いだろうか。「二人だけの国」はすごく乱暴に言うと椎名林檎 - 相対性理論 - パスピエ ラインだと思うし、「夢追いベンガル」はモロにandymori、彼女とは完全同世代なのもあって、ああそこら辺を聴いてきたんだなーというのがよく分かる。最後の曲「from 四階の角部屋」は「ラップを取り入れた~」みたいな面白くないことは言いたくなくて、彼女がフォークシンガーであることを踏まえれば「トーキングブルース」からの影響が色濃い歌唱であると解釈したい。ところで例えば相対性理論やandymotriと同時期にデビューした、この「トーキング・ブルース」に近い歌唱を得意とするバンドが存在するのをあなたはご存じだろうか。a flood of circleというバンドである。もうすっかり聴かなくなってしまったが、10~7年前くらいの作品(アルバム「I'M FREE」)まではチェックしていて、「from 四階の角部屋」を聴いて、はたとこのバンドの存在を思い出したのでした。今聴き返すとド邦ロックでけっこうきっつい曲も多いが、巧みな「トーキング・ブルース」と「ラップ」の中間を行くような歌唱を駆使していて楽しい曲も随所に点在している。一番あいみょんのその曲っぽいのはこれかなー。

とここまで語ってきたけど、上記3曲は面白いなーとは思うけどあんまりいい曲だとは思わなくて、好きなのは僕の詳しくないよりオールドなジャパニーズフォーク、歌謡曲なんかの影響の色濃い「マリーゴールド」「ら、のはなし」「恋をしたから」あたりだったりします。あいみょんにこんなに字数を割いてしまってなんか悔しい。

Andrew Bird「Sisyphus」

柴田聡子「涙」

楽しみにしているアルバムからの先行配信の2曲。Andrew Birdはシンプルなフォークロックといった趣。柴田聡子さんがイ・ランとの共作を経て、どんどん好きになっていってしまっている。次のアルバムタイトル「がんばれ!メロディー」とか言語感覚の部分で僕の愛するチャットモンチーとも近いような魅力がある。

ライブ

2/19 cero × Fishmans @ZEPP TOKYO

先月は行かなかったので、今年のライブ1本目が待ち望んでいた2マンになった。

フィッシュマンズを見るのは初めてだったけど、中盤の「ひこうき」→「Smilin' Days Summer Holiday」あたりから一気に音響等がハマったような気がしてよかったなー。「ゆらめきIN THE AIR」なんかはシンセと人声の境界がドロッと消えてしまうような感覚があって、James Blake「If the Car Beside You Moves Ahead」なんかにも繋がっていきそうだった。しかし、フィッシュマンズの総視聴時間の体感7割近くを「宇宙 日本 世田谷」1枚に費やしている身からすると、最後の最後「Weather Report」までお預けのような思いを片隅に抱えながら見るほかなかったのは事実で、実際、最後の最後で聴いた「Weather Peport」がダントツでいい曲だったなー。本編「宇宙 日本 世田谷」再現→アンコール「LONG SEASON」みたいなライブをやってくれないものかしら。そういえばその「Weather Report」では高城晶平(cero)→原田郁子(クラムボン)というマイクリレーが見れたことにも思いがけず感動してしまった。

その他雑記

60,70年代、はたまたそれ以前の音への苦手意識をかなり払拭したかもしれない。というのは個人的にはとても大きなトピックである。この障害によってロック/ポップス史における名盤といわれるものをことごとくスルーしてきている(さすがにThe Beatlesとかしっかり聴いてるのもあるにはある)私ですが、そういうものを1つずつ2020年に差し掛かろうとする今と照らし合わせて聴くことがとてもエキサイティングでむしろ2月は旧譜ばかり聴いていた。その中でもやはり今一番興味があるのはフォークロック、フォーク/SSWといったところで、主に6,70年代の旧譜について。

60,70年代、はたまたそれ以前の音への苦手意識、払拭の象徴は間違いなくThe Band「Music From Big Pink」を久しぶりに聴いてみたら急にめちゃくちゃ好きになってしまったことだ。オルガンやドラムのサウンドテクスチャー、演奏、無駄のないソングライティングその「旨味」が一気に分かったようで、音楽って不思議なものだなーと驚く。その勢いでこれまでを取り返すようにLOVEやThe Byrdsその他諸々よく聴きました。

このブロックは60,70年代に代表作のあるSSWでまとめてみた。バンドじゃなくなるだけで一気に(レナード・コーエン除く)知名度が1段階下がる気するのがおもしろいですね。Nick Drakeは前から聴いていたけどこの流れで聴いてたらより好きになってきた。ビブラフォンの響きが美しいTim Buckley、ダサジャケJonathan Richman & The Modern Loversもよかったけど、特にレナード・コーエン「Death Of A Ladie's Man」とTerry Callierに今は夢中です。Terry Callierはこの時代にもちゃんとフォーク、ソウル、ジャズを力強くクロスオーヴァーしていくような音楽をしている人がいたんだなーというのを知れてよかった。確かに例えばFrank OceanやMoses Sumneyの感覚は革新的だけど、今のポップミュージックはTerry Callierないし、沢山の勇気と、イマジネーションあるミュージシャンのチャレンジの積み重ねの末にあるということを忘れてはいけない。

旧譜に関して他には、巧みにワールドを取り込んだ1枚ということで初めて聴いたピーター・ガブリエルも気に入った。TLでもゲート・リヴァーブ絡みで思いがけず話題になってましたね。それから90年代デビューのUKバンドTindersticks。この時代にThe NationalやAntony & The Johnsonsに直につながる沈み込むようなチェンバーポップを展開していたバンドが存在していたことを知る。バリトンボイスのボーカルなんてモロにマット・バーンニンガーだ。あとはひそかに参考にしているフォーロワーさんがリコメンドしてしたBruno Pernadas。INDIENATIVEでは「ポルトガルのSufjan Stevens」と紹介されていたり、cero、Dirty Projectors方面に去年盛り上がった人たちは必聴のやつです。


映画、グザヴィエ・ルグラン「ジュリアン」と杉田協士「ひかりの歌」がとてもよかった。特に「ジュリアン」はこのまま今年のベスト1でもおかしくないほどの名作。

ジュリアンの姉ジョセフィーヌの誕生パーティーのパートが大好きだ。ジョセフィーヌの動きを追う滑らかな長回しも美しいし、ジョセフィーヌのバンド演奏で踊るジュリアンが見せるこの映画唯一の笑顔に救われる。

文芸、昨年出た多和田葉子「地球にちりばめられて」が素晴らしすぎて大感動。溢れ出るサイエンス(言語学)とユーモアに頭が揉み解されるようで終始悶えながら読んだ。SF、越境、フォークロア、と七尾旅人「兵士A」やROTH BART BARONの音楽との繋がりを想起させるプロットの数々。曇りがかった空の色を「アルミニウム」に喩えてもいる!!

p.271の比喩やp.296「恋人は古いコンセプト。私たちは並んで歩く人たち」という1文だったり、抜き出してしまうとチープにも思えるが、そこかしこの文章が輝きに満ちている。些細なシーンだが、作中では「お腹がすいた」という意をクヌート、テンゾがそれぞれ言葉にする。そこで彼らが選んだ言葉の差異こそが、工夫次第でいくらでも表現の仕方はあること、言語という境界だってきっとHirukoのようにゆるやかに越えていけるのだという希望をなんだか僕に強く思わせたのだった。

2月半ばに無事修士論文の提出、発表を終えて、4月からはようやく会社で働くことに、3月号はネタがなかったら、旅行日記にしようかな。何回も書いているけど、大事なのは続けることだ、きっとね。


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