テキサス州2

「有名にするな」~銃乱射事件の犯人について~


繰り返される銃乱射事件の度に…

アメリカで、銃乱射事件が繰り返されている。今月、南部テキサス州と中西部オハイオ州で、銃撃事件が相次いで発生し、あわせて31人が死亡した。無差別殺人である。銃犯罪に関する研究機関によると、今年に入って4人以上が銃撃された事件は、全米で250件を超えているという。1日1件以上の計算になる。被害者3人以下の事件も含めれば、さらに莫大な数になるだろう。全国ニュースでは、犠牲者の数が多い、あるいは特別な背景があるなどといった事件しか報じられられないため、これ程多いとは認識されていないかもしれない。

今月3日、テキサス州のスーパーマーケットで銃を乱射した男について、警察当局は、パトリック・クルシウス容疑者(21)と発表。その後、犯行の動機として、狙ったのは「メキシコ人」だったという供述や、インターネット上に投稿された「ヒスパニックのテキサス侵略」への報復とする犯行声明も明らかになっている。米メディアは、顔写真とともに、こうした情報を詳しく報じた。

警察の発表、報道の在り方も、日本とそれほど大差はない。ただ、こうした銃乱射事件が起きるたびに米社会では、議論になるテーマがある。それは、容疑者に関する詳細情報をどう出すのか、である。


「男の名前については1回しか口にしません」

象徴的な場面があった。今年5月31日、米・バージニア州のバージニアビーチ市の市庁舎で、男が銃を乱射、12人が死亡した。男も銃撃戦の末に死亡。事件が発生してから、数時間後、地元警察の幹部は記者会見で、犯人の男の情報について、こう話した。

「男の名前については、私は、1回しか口にしません。その後、男については、今後永遠に、容疑者としか呼びません。なぜなら、私たちの焦点は、この事件の犠牲者、遺族への尊厳と敬意にあるからです」

この後、男の名前がドウェイン・クラドック容疑者(40)で、15年以上、市に勤める現役の職員だったと発表した。だが、冒頭の宣言通り、警察官は1回しか名前を語らなかった。

さらに、米ABCテレビの日曜日朝の番組『This Week』を見ていると、著名なアンカーであるジョージ・ステファノプロス氏は、このニュースを伝える際、あえて、「私は、犯人の名前を伝えたくありません」と語った。

また、これまでの報道によれば、2018年、メリーランド州の新聞社に押し入った男が銃を乱射し5人が死亡した事件でも、記者会見に臨んだ警察官が、「きょう、私は彼の名前を言うつもりはありません。彼については、1秒も語る価値もありません」などと名前の公表すら拒んだ例があるという。

日本では、事件の被害者の実名などをどう公表すべきかが、近年重要な論点となっているが、無差別殺人事件の容疑者に関する情報についての議論は、それほど例がないだろう。アメリカでも、ここ数年の傾向だという。特に、2012年にコロラド州で起きたオーロラ銃乱射事件の被害者遺族が始めた運動が大きな契機となっている。

「No Notoriety=有名にするな」

その名の通り、事件を起こした人物を、有名にしてはならない、というものだ。その背景には、コロンバイン銃乱射事件(1999年)を起こした2人の高校生が、メディアなどで盛んに取り上げられ、その結果として、一部の若者たちが、2人に「カリスマ」的なイメージを抱くようになったという、いわば、アメリカ社会の「反省」があるという。実際に、コロンバイン事件に影響を受けた人物が起こした事件は後を絶たない。事件から20年を経た今年も、同じコロラド州で学校を脅迫した女について、「コロンバイン事件に心酔していた」と警察が発表している。

LAタイムズ紙によれば、銃乱射事件の容疑者の87%が、有名になりたい、注目されたい、という欲求を、明らかに、または潜在的に持っていたという研究結果がある。また多くの容疑者が、過去の銃乱射事件の容疑者を、「ロールモデル」や「アイドル=憧憬の対象」としているという別の研究もあるという。

一方で、オレゴン大学のダーメン准教授が発表した調査結果によると、犠牲者よりも容疑者の写真の方が16倍も報じられているという。

つまり、大きな事件を起こせば、繰り返し自分の顔写真と名前が報じられ、有名になれる、それが、さらに次の模倣犯を生み出すという、まさに悪循環が指摘されているのだ。


容疑者の情報をどう出すのか?

「銃撃犯を取材せよ、しかし、有名にしてはならない」 
相次ぐ銃乱射事件の発生後、USA Today紙に、ノースイースタン大学の犯罪学専門、ジェームス・フォックス教授が、こうした題名で意見を投稿した。

「1999年に起きたコロンバイン銃乱射事件は、多くの模倣犯を生んだ。ただ、犯人の名前や顔ではなく、虐殺そのものが、魅力的に映ったのだ。名前や顔写真、年齢や職業などの、犯人の基本的な情報はニュースであるし、伝えられるべき情報だ」。

こう前置きをしたうえで、「銃撃犯の人生、興味、個人的な記録などについて、余計な情報を提供することは、報道と芸能情報との一線を越えている」とした。

また、「大量殺人事件を起こした犯人の基本的な情報でさえ、特に何者でもない人物に、有名になれるという感覚を持たせる機会になっている可能性がある」としたうえで、「潜在的な模倣犯が、殺人者の個人的な不運や、人生における失望などについて知る時に、問題が始まっているのだ。彼らの〝ヒーロー〟が置かれた状況に感情移入ができるのだ」と、模倣犯が生まれる土壌について言及し、当局の発表や報道などのあり方に一石を投じた。

「No Notoriety運動」に賛同する団体が、銃乱射事件報道に求める内容は具体的だ。その一部を紹介する。

●「容疑者の名前を繰り返し報じる」のではなく、「犯人についての事実を提示し、彼らの行為が違法で有害であると描け」

●「一つの問題が事件を引き起こしたと報じる」のではなく、「多くの要素が、銃乱射につながっていると説明せよ」

●「武器を持ち、または軍服姿の銃撃犯の写真を出す」のではなく、「もし容疑者の写真を使うのであれば、顔だけを出せ。武器や制服や他の視覚的な要素を出すのは、模倣犯を刺激する可能性がある」

●「犯行の動機を憶測する」のではなく、「犠牲者や、彼らのストーリーについて語れ」

●「精神的な疾病が銃乱射をもたらしたと報じる」のではなく、「精神的な問題を抱える人のほとんどは、暴力的ではないと報じよ」

では、アメリカのメディアは、実際にどう考えているのか。米3大ネットワークの一つである、CBSニュースのアル・オルティズ編集主幹を訪ねた。長く主幹を務めている人物で、まさにCBSニュースの〝番人〟である。

「犠牲者に焦点を当てることは重要なことです。ただ、誰が、なぜ、犯行に及んだのかを明らかにすることは、広く公的な関心なのです」。主幹は、まず容疑者の情報を伝える重要性を強調した。実名を正確に伝えること、少なくとも、信頼できる2つの情報源による確認を求めているという。

「銃撃犯が、犠牲者と、どういう関係があったのか、お互い顔見知りだったのか、銃撃犯のアイデンティティーを伝えることは、ジャーナリズムの一部なのです。それは、私たちの責任でもあります」。

そのうえで、主幹は、銃撃犯について報じる際には、1回のニュースで複数回言及しない、写真を複数回出さないという編集方針があると話した。

さらに、私からあえて、容疑者の情報は、番組の視聴率を高めることができるという要因はないか、と訊いたところ、「視聴率は関係ない、報じる責任があるから報じるのだ」と強く否定された。

報道機関は、容疑者、犠牲者の双方に光を当て、事件の実相を正確に伝えなければならない。事件を社会における記録として残すとともに、悲劇が繰り返されないよう、事件から普遍的な〝教訓〟を抽出し、社会に提示する役割がある。

ただ、銃乱射のような無差別殺人事件の容疑者情報は、伝えられ方次第で、逆に、模倣犯を生み、悲劇が繰り返される要因になるということに、アメリカでは注意が払われている。日本でも参考にしたい議論である。





萩原豊(TBSニューヨーク支局長)
社会部、「報道特集」「筑紫哲也NEWS23」、ロンドン支局長、「NEWS23クロス」、社会部デスク、「NEWS23」番組プロデューサー・編集長、外信部デスクなどを経て現職。40か国以上を取材。