学校の話し合い

「ヤングケアラー」報道特集より

ヤングケアラーとは、病気の家族の世話や介護を日常的に担う18歳未満の子供を指す言葉で、 日本では高校生の20人に1人とも 言われています。 深刻でありながら、 社会の中で潜在化するヤングケアラーの問題、 支援が進むイギリスの取材も交えて考えます。


精神障害を持つ母と生きて

横浜市内に住む坂本拓さん(さかもと たく 28)は、長年、精神疾患をもつ母親とともに暮らしてきた。

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母親がうつ病と診断されたのは中学生のとき。中学、高校を通して、精神的に不安定な母親のケアを担ってきた。

坂本さん:
下りていったら、血の付いた包丁がおいてあった、お父さんが手をおさえて止血してたんだけどどっちか分からない。たぶんお母さんやったんだろうなって思ったけど。

当時、坂本さんは母親の再婚相手と生活していたが、やがて義理の父親は出て行き、坂本さんだけが残された。自分がヤングケアラーであることに気づいたのは最近のことだ。

坂本さん:
客観的に自分のケースをみたらヤングケアラーだなと思う。それこそ情緒的ケアをずっとになってきたしそこは子どもが子どもらしくなかったと思うし・・・。

ヤングケアラーとは、「病気の家族の世話や介護を担う18歳未満の子ども」のことをさす。家庭の中で、その役割を担う大人がいないため、未成年であっても、大人が背負うような負担を無償で引き受けている。

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坂本さん:
はがされてるんですよ、こことか。真ん中お父さんがいて、離婚したときに、真ん中を切り抜きましたね。

父親は、いずれ出て行くもの。自分が母親を守らなければと、子どもながらに強く意識して育った。しかし、当時未成年だった坂本さんが母親に寄り添い続けることには、限界もあった。

坂本さん:
夜中泣いた延長線上に発作、過呼吸になって、このまま倒れるんじゃないかっていうくらいになるんですけど。よく分からないけど死にたいと言われると、僕がいても死ぬんだって、僕がこんなに一生懸命寄り添っても死にたいんだって。僕はなんて非力なんだ。

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ヤングケアラーは国内にどれくらいいるのかー

2016年、大阪府の公立高校で行われた高校生へのアンケート調査からは
「20人に1人」という結果が出ているが、(高校生ヤングケアラーの実態調査 宮川雅三充・濱島淑恵による)全国規模の調査はなく、詳細な実態はいまだ明らかになっていない。

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小学生や中学生のヤングケアラーについては、子ども本人への調査が難しく、あるのは教員を対象とした調査のみだ。2016年に神奈川県藤沢市で行われた調査では、教員の49%が「家族をケアしている生徒がいる」と答えた。こうした調査への協力など、かねてからヤングケアラー問題に関心が高い藤沢市では、ヤングケアラーの中でも、精神疾患の親をもつ子どもをどう支えるかに取り組む。研修会で登壇した立正大学の森田久美子教授が指摘したのはヤングケアラーの中でも、精神疾患を抱えた親を持つ子どもの「見えにくさ」についてだ。

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森田教授:
例えば、虐待とみなされて、分離させられることを畏れて、親がサービスを望まないことがある。こうした子どもたちをどうやって発見するか、まさに課題のひとつとなるかと思います。

精神疾患を持つ親を持つ子どもを探すことは簡単ではないのか・・・

教師:
まずは、小学校だけで考えると、1年生。子どもが発するサイン。無断の欠席。忘れ物が非常に多い。確実にヤングケアラーであり、かつ保護者の精神状態に問題があるということであれば、やはり1年くらいかからないと、そこまで判断するのは難しいんじゃないかなって考えます。

森田教授:
お子さん自身が発信していけるようになるといいんですけど。やっぱりヤングケアラーのことってよく知られていない。認識しづらい。支援を求めていいんだということ自体を知らないので、潜在化しやすい状況。


潜在化するヤングケアラーをどうみつけるか?イギリスの場合

どうしたら、見えにくいヤングケアラーを発見し、どんな支援をしていけばよいのか。80年代からヤングケアラーへの支援が進むイギリス。現在では、地方自治体がヤングケアラーの現状把握をすることが、法律で義務づけられるなど、様々な対策が進んでいる。

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イギリス南部、ウインチェスター市内の公立中学に通うオリビアさん12歳。4人姉妹の三女で、精神疾患をもつ母親のケアを行うヤングケアラーだ。水曜日の昼休み。校内のヤングケアラーたちが、続々と集まってきた。専門家の指導のもと、これからヤングケアラーたちの会が始まる。

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アリソンさん(専門家):
それでは、はじめましょう。会の目的とルールはなんでしたっけ?

生徒:
楽しむ!

アリソンさん:
そうね、ありがとう。

生徒:
パスできる!

アリソンさん:
そう、話したくないことは話さなくていいです。

会のルールを確認した後、お互いの近況を話し合う。

生徒:
土曜が誕生日です!あと、今週大きな試験が、理科の試験・・・。

アリソンさん:
ベストを尽くしたんでしょう?それが一番大事よね。

生徒:
部屋がちらかっていてーあとは、子猫が増えました。

生徒:
これで12匹でしょう?前は9匹だったよね?

アリソンさん:
じゃあ次に行きましょうか。

会を進行するのは、支援団体「ウインチェスター・ヤングケアラーズ」の専門コーディネーター。学校側からはヤングケアラー担当の教員、地域からはボランティアが派遣され、ひとつのチームとなり、子どもたちの状況に変化がないか細心の注意を払う。この日のオリビアさんは・・・

オリビアさん:
「 調子はいいけど、今週あったいいことと、いやなこととかはちょっと思い出せない」

900人を超える全校生徒のうち、学校は29人のヤングケアラーを把握している。それぞれが抱える問題は、多岐にわたる。

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チャーリーさん:
父はてんかん発作があり、妹は聴覚障害があります。

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クロエさん:
弟が自閉症で、彼が怒りだすと、彼のために部屋を明け渡さないといけなくなります。

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マシューさん:
母がうつです。感情のコントロールができないことが多くて、そのサポートや買い物の手伝いをしています。

オリビアさん姉妹は、生徒手帳に記載されたヤングケアラーのページがきっかけで支援機関とつながることができた。それまでは、家事や身の回りのことをすることは当然だと考えていた。周りの友人との違いも感じていた。

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オリビアさん:
自分の食事を作ることは7歳か8歳から覚えました。だから、まわりの友達で自分で料理を作れない子がいるけど、そのほうがむしろ不思議。自分は同世代の子より大人びていると思う。よく年上にみられる。

母親の症状について聞くと・・・

オリビアさん:
してあげることは本当に少ないんです。なぐさめてあげたり、話したりします。いいママじゃなくてごめんねと言うので、いいママだよと言ってあげます。だっていいママだから。

今回、オリビアさんの母親もインタビューに協力してくれた。投薬治療により現在は症状が安定しているが、調子が悪いときは深刻だ。

オリビアさんの母、ニコラさん:
ベッドから出ることができません。娘たちが帰宅するまで何もできなくなります。それで、娘たちはやりたいことができなくなります。

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オリビアさんは、支援団体が主催する放課後の集まりにも参加している。
ここでは、違う学校に通うヤングケアラーたちと時間を過ごす。この日は、「自分の心をいやしてくれるもの」を集めた箱をみなで見せ合った。

オリビアさんの母、ニコラさん:
親のケアという、同じ負担を抱えるヤングケアラーたちと交流ができているので、それがあの子の救いになっているのは確かです。

学校や地域で受ける絶え間ない支援がオリビアさんを支えている。自分がヤングケアラーであることについては・・・

オリビアさん:
誇りにおもっている 。みんなとちがうことはいいこと。周囲にヤングケアラーであることを知られることは怖くないし、隠すものでもない。

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ヤングケアラーフェスティバル

イギリスのヤングケアラー支援の集大成ともいえるイベントが、毎年6月に開催されるヤングケアラーフェスティバルだ。2泊3日のキャンプ形式で、
今年は全国から1500人を超えるヤングケアラーが各地の支援団体に付き添われ、集まった。今回、初めて参加したオリビアさんは・・・

オリビアさん:
自分と同じ状況の子が、沢山いることが分かったし、昨日は、スコットランドの子にも会ったの。

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旅行や野外活動の経験が乏しいヤングケアラーたちにとっては、家でのケアを忘れ、思いっきり遊ぶことができる貴重な3日間となる。フェスティバルでは、地元の大学による相談窓口も設けられていた

オリビアさん:
ここで何してるの?

大学担当者:
将来の選択肢について、説明しているんだ。今何年生?

オリビアさん:
7年。

大学担当者:
大学のことまだ早いかな?将来の夢はある?

オリビアさん:
軍に入りたい。 馬に興味があるの。

大学担当者:
ならば、選択肢の一つとして、もし大学にいって学位をとってから入隊すれば、16歳で学位なしで入隊するより高い位で入れるよ。

大学担当者:
自分のことを考えるんだよ、他人は関係ない、あなたが自分の将来を決めるんだ。

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ヤングケアラーの実情を把握し、将来まで見据えたイギリスでの支援。一方、日本では当事者たちがヤングケアラーであることに気づかない場合が多く、声をあげにくい現状がある。


自分がヤングケアラーだと認めるのは難しい

関東地方に住む高橋唯(21)さん。小学生のころから母親のケアを担ってきた、元ヤングケアラーだ。母親の純子さん(50)は、高校時代の交通事故により、右半身の麻痺と、高次脳機能障害が残る。

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高次脳機能障害とは、脳の認知障害の一種で、新しいことを覚えたり、物事を順序だてて考え、実行することが難しいのが特徴だ。純子さんはこうした症状を乗り越え、唯さんを育ててきた。自宅では、転倒した場合に備え、ヘルメットをかぶり階段を上る。

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これまで純子さんはヘルパーなどの公的サービスを利用してこなかった。リハビリのために、最低限の家事をなるべく純子さん自身が行うよう、唯さんと父親で見守ってきた。

唯さん:
あげものはそのフライパンでやらないよ。

純子さんは、人から指示されないと、行動できないことがある。この日も夕飯の献立を、なかなか決められない。

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唯さん:
なんだったら作れそう?いつもの野菜炒めはきょうはやらないつもりなの?いつものでいいんじゃないの?

純子さん:
(立ち上がる)違うよ、揚げ物しかない。

唯さん:
揚げ物一品、いつもお母さん野菜炒め、肉、にんじん、たまねぎ、ほうれんそうあるけど。他は?なにもいれない。もう疲れてつくれない?私が作ったほうがいい?

中学生になるころには、立場が逆転した母子関係。唯さんをさらに苦しめたのが、純子さんのアルコール依存症だった。

唯さん:
コントロールがきいていないというか、お酒飲むのやめなよといいようもないような、人として話できるような状態じゃないなっていうのが怖かったです。

現在は、治療により純子さんは依存症を克服している。

記者:
なんでお酒いっぱいのんだか覚えていますか?

純子さん:
それはー甘えですね。自分に対して。

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しかし、当時思春期だった唯さんは母親と距離をおいたという。

唯さん:
本当はお酒飲んでいるのを放置するんじゃなくて、のまないようにするのもそうだしさびしくおもっているんだったら、話を聞くとか、本当に自分の勉強だけしてないでやれることもたくさんあっただろうけど、それを選ばなかったことに対する罪悪感ですかね。

今年2月、都内の大学でイギリスの専門家を招いてのシンポジウムが開かれた。日本のヤングケアラーの元当事者として唯さんも登壇し、母親のケアについて率直な心境を語った。

唯さん:
今ケアしているうえで感じていること、ですが、むなしい、この気持ちが大きい。ふとした瞬間に、自分はなんのためにケアしているのだろうか、と自分を見失うことやすべて自己満足なのではないだろうか、と感じることが増えてきました。

シンポジウムではイギリスで、オリビアさんをサポートする支援団体がヤングケアラーの早期発見や支援について説明した。

支援団体:
どんなところがいいなって思いました?

唯さん:
子どものうちからケアが入る。っていうのがすごくいいなと思いました。

支援団体:
どんな支援がほしかった?

唯さん:
聞かれると困る。今もなかなか自分がヤングケアラーだって認めるのが難しい。子どものときは特にそうだったので、支援をするよとか、大丈夫?とか、言われるとたぶん、大丈夫と答えちゃうと思う。


ヤングケアラー問題を放置していたら若者全体が細ってしまう

イギリスでヤングケアラー支援の実態調査を行った経歴を持つ成蹊大学の澁谷智子准教授。「誰が支援を担うのか」を明確にする必要があると指摘する。

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澁谷准教授:
イギリスの学校だと、この先生がヤングケアラー担当だ、と分かるようにする。子どもからも、保護者からも分かるようにする。一番最初のステップと言われている。

日本では潜在化しているヤングケアラー問題。放置しておくと、子どもたちに深刻な影響が及ぶと警鐘を鳴らす。

澁谷准教授:
ヤングケアラーがどうにかがんばって、がんばっているうちは偉い子と呼ばれて何もされなくて、その子がいよいよだめってなって、ようやく色々つながって支援ってなったときに、もう問題は複雑化してる。これをくり返してしまうと、日本の若者全体が細っていってしまう、そんなに追い込まれる前に誰も助けてくれないの?っていうのが恒常化するのはよくない。


(TBS報道特集 取材:川畑恵美子 9月28日放送)