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【報道特集】ISAK 社会を変革する教育

長野県軽井沢町。
浅間山のふもとにその高校はある。
インターナショナルスクール・オブ・アジア・軽井沢、
通称「ISAK(アイザック)」だ。

「ISAKが設立されて初めての卒業式がこれから行われます。
 21の国と地域から集まった子どもたちが、
 いよいよ世界へと羽ばたいていきます」

6月11日に開かれた卒業式は、
厳粛な日本のそれとは大きく違っていた。

「いま第一期の卒業生たちが体育館へと入ってきました。
 すごい笑顔ですね。」
「在校生からの大きな歓声、本当に賑やかなフェスティバル
 お祭りのようなセレモニーです」

52人の生徒は肌の色も髪の色もさまざまだ。共通するのは、
“社会を変革するリーダー”を目指していること。
それは1人の女性の強い思いから始まった。

ISAK代表理事 小林りんさん
「So I would like to say where there is a will, there is a way.
 I know you will be venturing into all sorts of new projects after you graduate.」「Congratulations and おめでとう 」

ISAKの設立者、小林りんさん。この3年間、生徒とどう関わり、
生徒はどう変わったのだろうか?

3年前の8月に開校したISAK。
全寮制のため、生徒は全員、親元を離れて寮で暮らす。

武知由真(たけち・ゆま)さんは
インドやタジキスタンからの生徒と同じ部屋になった。

Q:「荷物は送ってもらった?それとも自分で?」
武知由真さん:「自分で」

ISAKでは授業も日常会話も英語だ。
ユマさんは都内の公立小中学校を卒業、英語に不安があった。
食事は毎日3食、この食堂で同級生らととるが、
なかなか会話に入っていけない。

武知由真さん(2014年8月)
「日常会話は英語は平気かなって思ったけど、
 授業ってなるとぜんぜん分からないし」
「心配です。ちょっと。でもきっと3年後には
 きちんとしゃべれることを期待したいです」

一方、海外からの留学生は
日本の文化に触れることも楽しみにしていた。

アメリカからの留学生・ウェスリーくん(2014年8月)        「I love Japanese food」
Q:「一番好きなものは?」 ウェスリーくん:「たこ焼き」

寮に入ったその日、子どもたちは早速、軽井沢町の盆踊り大会へ。
初めて、第一期生全員がそろった。りんさんも娘を抱いて駆けつけた。

小林りんさん
「感無量と言うよりは、いよいよたくさんの方々の
 ご期待とご支援に応えていくときが来たなと」

りんさんは11年前、ユニセフの職員として
フィリピンで貧しい子どもの教育支援を行っていた。
 
そのとき、“社会や地域のリーダーが変わらなければ、
現状は何も変わらない”と気がついたという。

~2013年6月~

9年前に帰国後、開校の準備を始める。
2500を超える個人や法人を訪ね、これまでに40億円弱の寄付を集めた。

小林りんさん
「(当初は)学校つくるなんて良いアイディアだけど、
 絶対無理みたいな人の方が大半でした」

6月10日。
ISAKに1000万円以上寄付をした、
「ファウンダー」と呼ばれる人たちの会合が開かれた。
 彼らはISAKに何を期待しているのか?

オムロン立石文雄会長
「学生自身がチャレンジして世界で、アジア太平洋地域で、
 よりよい社会をつくることを目指すのは、すばらしい理念」

ビザ・ワールドワイド・ジャパン安渕聖司代表取締役
「我々が本当に作りたかった多様性がここでふつふつと育まれてきた」

慶応イノベーション・イニシアティブ 山岸広太郎社長
Q:いくら出資を?「1億円にいかないくらい」
「生徒と話していると本当に高校生かというレベル感で
 世の中のことを考えている」

イスラム教徒の生徒「ラマダンとは何でしょう?」

ISAKにはこの3年間で
39の国と地域から155人の生徒が集まった。
海外から多くの生徒が集まる理由--。
その1つは、ISAK特有の授業にある。

5月に行われた、高校2年の歴史の授業。
暗記中心の日本の授業とは大きく異なる。
 
教師がまず話題にしたのは、
前の日に投票結果が出たばかりのフランス大統領選挙だ。

ISAK教師
「フランス大統領選についての意見は?」
「なぜ関心の高い選挙なのでしょう?」
生徒
「候補者が主要な2つの政党から出ていない
 初の選挙戦だったからです」

大統領選はマクロン氏が勝利。
一方で、極右のルペン氏の言動も注目された。

教師
「ルペン氏はナショナリストを代表しています」
「日本でも戦前、ナショナリズムと軍国主義の台頭が
 あらゆる分野でありました。
 歴史を振り返ると同時に、現在も見つめてほしいのです」
「ナショナリズムとは何か、
 ナショナリストになるとはどういうことなのでしょう」

さまざまな視点を示し、生徒に考えさせる。

生徒
「ルペン氏は演説で『フランスの文化を守りたい』と
 話していました」
教師「賛成か反対かは見方によるわね」

ここで教師が示したのは1枚の風刺画。ナショナリズムの旗の下、
崩れそうな崖に向かって行進する人々が描かれている。

生徒
「極端なナショナリズムに駆られれば、
 自分たちに迫る危険が
 見えなくなるということじゃないでしょうか」

次にナショナリズムについて一人一人の立場を尋ねる。
肯定的な意見の生徒は窓の方に、
否定的な生徒は手前に並ぶ。
出身国によってもとらえ方が異なる。

教師「とても興味深いわ」

およそ30年前の市民革命を経て独立した、
スロバキア出身の生徒は…

スロバキア出身の生徒
「私はナショナリズムが人々の連帯を助け、
 300年近い抑圧から抜け出すことができたと
 信じています。
 私たちがようやく独立できたのはリーダーのおかげです。
 彼らはナショナリズムに訴えたかもしれませんが、
 それは良いことでした」

ISAKでは、教師が一方的に教えるだけの授業はない。
生徒との議論の中で、多様な意見への理解を深めていく。

教師
「ナショナリズムはまるでいろんなものが詰まったバッグのようです。
 考えるときは、その複雑さを意識しなければなりません」

ISAKの特徴は授業だけではない。

「夜の8時を過ぎているんですけど、校舎の中で生徒が活動しています。
 この学校、クラブ活動が40以上あって、全寮制の学校なので
 夜遅い時間でも校舎の至る所で生徒たちが活動しています」

様々な課外活動の企画・運営を生徒に任せている。

2年前の4月、ネパールで地震が起きた際には、
生徒が支援のプロジェクトを立ち上げた。

地震前にネパールから留学してきたカルマくん。

これは被災前の実家周辺の様子。大きな被害を受けたという。

カルマくん
「地震が起きた2日後にプロジェクトを始めました。
 ネパールの家族や友だちみんなが心配でした。
 怖かったです。」

当初、街頭で募金活動をしようとしていたカルマくんに対し
りんさんは、具体的な調査を促したという。

小林りんさん
「母国の危機にどれくらいの規模のことが必要なのか
 向き合った方が良いと。彼らは母国に行ってインタビューをして
 自分たちは僻地の85%家屋が倒壊した地域に行って
 そこを復興したいと」

その後、インターネット上で集めた募金は、
およそ700万円。
これまでに13の仮設の学校や診療所が建てられ、
彼らはネパール政府に表彰された。

カルマくん
「ISAKのおかげで僕も助かったし、
 ネパールの人たちも助けることができました。
 自分も向上することができました」

一方で、ISAKには課題もあると、ファウンダーは口を揃える。

ソニー 出井伸之元社長
QISAKに課題は?
「継続でしょうね」
「ベンチャーを立ち上げる、それから成長するというのは
 2つ違う話でしょ。別のチャレンジ」
慶応イノベーション・イニシアティブ 山岸広太郎社長
「一番大きいのは奨学金の比率がすごく高いので、
 授業料だけではやっていけない。財務基盤を強化しないといけない」


ISAKの学費は年間およそ400万円と高額だ。
そこで生徒の7割に無償で奨学金を出している。
様々な経済状況にある生徒がいることも、
多様性につながると考えているからだ。

ISAK代表理事 小林りんさん
「同じ国の中でも社会的な経済的な格差が広がりつつある、
 宗教観や歴史観の違いという表層的にはわかりにくい
 多様性が学校の中にあることは非常に大事。
 それを得るためには奨学金がなければいけない」

毎年総額4億円近い奨学金が生徒たちに支払われている。

その財源には、国のある制度が活用されている。
「ふるさと納税」だ。

4月、りんさんが訪ねたのは軽井沢町役場。町長らが応対した。

小林りんさん
「一番の本題は毎年のふるさと納税、
 大きくいただいているお礼と、生徒たちから
 ふるさと納税ご支援いただいているお礼がこういう形で」

手渡したのは、生徒からの寄せ書きだ。軽井沢町はふるさと納税で
個別の学校に寄付できる制度を独自につくった。

去年はISAKを指定して3億円以上の寄付があったという。

軽井沢町 藤巻進町長
「ふるさと納税のシステムが次の教育に投資されて
 次の世代をつくっていくのは理想的なこと。
 生き方として。物で返せばそれを食べて終わり」

ISAKの開校後、りんさんのもとには
「新たな学校をつくりたい」という相談が相次いでいる。

本城慎之介さん。楽天の元副社長で、
3年後に軽井沢町で幼稚園と小中学校を設立しようとしている。

この日の話題は、無償の奨学金について。

本城慎之介さん
「いろんな家庭の子どもたちが来れるようにしたい」
小林りんさん
「全員無償化というよりは、出せる人には出してもらって、
 もっと資産を持っている人から寄付をいただいて、
 奨学金を出していくことで(経済)格差が教育格差に
 つながらないように断ち切っていくことができれば、
 教育の果たす役割は大きいと思う。教育でかなり選択肢は
 変わってくる」


ISAKで生徒たちの選択肢はどう変わったのか-。
今年1月、未来を選ぶときが迫っていた。

「軽井沢の大自然、森の中にあるISAK、
 設立からまもなく2年半、ちょうど子どもたちが
 雪道を授業に向かっていますが、
 一期生の子どもたちがこれから進路選択の時期を迎えます」

高校3年の歴史の授業。
入学当初、英語に不安があった武知由真さんは…。

武知由真さん
「ちょうどシリアの内戦について書いているんだけど(笑)」

積極的に発言していた。

音楽への興味に加え、
ビジネスや政治学を合わせて学ぶため、
日本の大学ではなく、アメリカの大学を選んだ。

武知由真さん
「(専攻は)ミュージックインダストリーという
 向こうでは発達している分野だけど、
 音楽のプロダクションとかビジネスマネジメントを
 まとめた分野がミュージックインダストリー」

~2015年1月~
インドから来たヤシュウィニさん。


2年前、初めて東京・渋谷を訪れたとき、
まだ明確な進路は見えていなかった。

彼女はインドの身分制度である
「カースト」による差別に苦しんできた。
今決めているのは、
アメリカの大学で法律を学び、その後、祖国に戻ることだ。

Q:「インドで何をしますか?」
ヤシュウィニさん
「インドで弁護士になります。
「インドで多くのことを変えたいんです」
「カーストは差別的な制度です。
 そのせいで、人々の間で争いは絶えません。
 特に女性は家から出ると、私の年で結婚させられ、
 子どもを生ませられるんです」

日本の文化も留学生に影響を与えた。
3年前、たこ焼きが好きと話していた、ウェスリーくん。
彼は実際に大阪を訪れた。

Q:「好きな日本の食べ物ありますか?」
ウェスリーくん
「串カツ」「冬休みに大阪へ行って。串カツ、キャベツ」

彼はアメリカの大学で化学を学び、
いずれ「分子美食学」という学問に基づく
レストランを開くのだという。

~2017年5月~

5月、3年生は試験を受けていた。
世界各国の大学への入学資格を得られる教育プログラム、
「国際バカロレア」の一環だ。

ISAKでは日本の高校の卒業資格も得られる。
日本の大学も海外の大学も選ぶことができるのだ。

5月下旬、3年生が世界地図にシールを貼っていた。
卒業後、自分が進む国を示している。
留学生を含め10人ほどが日本の大学へ。

およそ35人が東南アジア、中東、ヨーロッパ、
そしてアメリカの大学へと進む予定だ。
残る6人は大学への入学を遅らせ、
ブラジルやギリシャなどで関心のある分野を探るという。

名川航輝くん
「もっと本当に自分のやりたいことを探して、
 やりたいことにチャレンジできるというのをいろんな人に
 伝えたい。そういう経験をここでもらった」

卒業式当日。

ISAK校長
「everyone I give you now, ISAK inagural class of 2017」

卒業生はこのあとすぐ、ISAKを出なければならない。
これが3年間生活してきた仲間との、別れとなる。

小林りんさん「すっかり見違えるようになったよね」

「社会を変革するリーダー」とは?

小林りんさん
「リーダーって、リーダーってなるぞって言って
 なるのではなくて、自分を突き動かすことでしか
 他人を動かせない。自分を突き動かすことを見つけて、
 かつ多くの人を巻き込んで大きな山を動かせる人たちが、
 どんな分野でもどんな立場でもいいので、
 卒業生が将来育ってくれたら本当にうれしい」

TBSテレビ「報道特集」2017年6月17日放送