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『ザ・フォーカス~いじめ予防~』

1980年代から社会問題化し悲劇が続いているのに、抜本的な解決策を見いだせずにいる「いじめ問題」。ところが、日々のニュースで「いじめ」について報道されるのは、「いじめ自殺」や「いじめ訴訟」など、ごく限られたものだ。

これまでの日本の対策は、「事後的」で「対症療法的」なものに偏っていた。個性的な「変人」と言われる小学校校長による「子どもの自主的な予防活動」が成果をあげても、広まらなかった。

しかし、最近、ようやく見直しの機運が高まっている。きっかけは、北欧発の「いじめ予防プログラム」の成功だ。「いじめ対策・先進国」と呼ばれる一部の国々は、定期的に行われる「いじめ予防授業」で効果をあげ、いじめ被害の後遺症による医療や福祉への社会的コストの軽減を実現しつつある。

そして、日本でも一部の地域で、北欧のプログラムを取り入れた本格的な「いじめ予防授業」の導入が始まろうとしている。その試みを取材した。

(JNNドキュメンタリー ザ・フォーカス 2019年6月16日放送)

被害役:
「一緒に遊びたいな。入れて!」
加害役:
「えー、やだよ。Aさん、ボール取るの下手くそなんだもん。だからやだ。入れたくないよ!」

都内のある小学校で行われた、いじめ場面のロールプレイです。ここ数年、いじめの認知件数が増えています。

全国の4校に3校で認知され、年間41万件を超えます。また7件に1件は、3カ月たっても解消していません。
子どもの生命や心身、財産に重い被害が生じた疑いのある「重大事態」も増えていて、2017年度は474件。前の年より2割も増えました。
国立教育政策研究所の調査によると小学4年生から中学3年生の6年間で、一度でもいじめの被害者や加害者になった子が9割に上ります。

これまで「事後的で対症療法的すぎる」と批判されてきた日本の「いじめ対策」。
北欧には、定期的に行われる「いじめ予防授業」で効果をあげ、「いじめ対策・先進国」と呼ばれる国々があります。日本がその仲間入りをするために今、何ができるのでしょうか? 

仲野さん:
「私自身、昔、いじめに遭いました。ついたあだ名が“亀”。2年間いじめられました。悔しかったです」

去年3月、都内で開かれた「いじめシンポジウム」でこう話していたのは、仲野繁さん。

仲野さんは小学校の校長として、子どもたちが主役の「いじめ予防活動」に積極的に取り組んできました。

児童:
「いじめをしない、させない、許さない!」

7年前、仲野さんが足立区立辰沼小学校の子どもたちと立ち上げた「辰沼キッズレスキュー隊」。

きっかけとなったのは2011年、滋賀県大津市で中学二年生の男子生徒がいじめを苦に自殺した事件です。大きく報道されて「いじめ防止対策推進法」の成立にも繋がりました。
仲野さんは、この事件について、子どもたちに「君たちはどう思う?、どうしたい?、どうすればいいかな?」と問いかけていきました。
その結果、子どもたちは休み時間に校内パトロールをして、いじめ防止を呼びかけるなど、自ら行動を起こして、“いじめが起きにくい学校”を実現しました。
仲野さんが校長を退いてからも活動は続き、深刻ないじめは起きていません。

仲野さん:
「どうやったらいじめなくなるかな?と子どもに問いかけて子ども主役の取り組みにすれば、そんな難しくない。だって子どもの願いに沿ってやるだけですから」

ところが仲野さんの手がけた予防活動。なかなか広まりませんでした。


去年3月、仲野繁さんは、「いじめ防止対策推進法」の改正を検討する国会議員たちの勉強会に参加しました。

いじめを苦にした自殺で娘の七海さんを失った大森冬実さんは…。

大森さん:
「娘は生きていれば今年(2018年)の1月、成人式でした。子どもたちの笑顔を、夢を、いじめなどという卑劣なもので一つも消してはいけないと強く願います」

5年前、17歳で命を絶った七海さんは、亡くなる2年前、20歳の自分へ手紙を書いていました。

七海さん:
「ハロー。20歳の私は元気ですか? 夢がありますか?夢を叶えましたか? 20歳の自分よ。辛いときも絶対に諦めないこと。ファイトだよ!」

大森さんは、学校の対応に今も憤っています。特に問題視しているのは、人気者だったという担任教師について。

大森さん:
「先生たちも、いじれる子、いじりやすい子ってあるんです。入学当初から何かあれば娘がからかわれていて、先生にも。何か話すと『お前、ガチャピンみたいな顔だな』とか言っていたらしくて。先生がそうすると、生徒みんなが、あっ、“からかっていいんだ”とか、“下に見ていいんだ”とか思ってしまいますよね」

大森さんによれば、担任の軽率な言動が、“いじめを認める空気”を学級に作ったといいます。
国会での勉強会の後、仲野さんは大森さんに話しかけました。

仲野さん:
「今日はありがとう。貴重なお話、ありがとうございました」

仲野さんは、大森さんに、学校の最優先は「学力向上」で「いじめ対応」が後回しになっていることを伝えました。
深刻ないじめが発生したある小学校の現役校長に聞くと、やはり「対応の遅れ」を認めました。

校長:
「迅速な対応とか、教師として学校としての判断が遅れてしまったところにいじめに繋がった一番の原因がある。少し(被害児童の)表情が暗かったりとか後から関係の者に聞いてみると、そういったものが読み取れる、感じ取れるエピソードがあった。ですが、全教職員で共有化できなかった」

この小学校では、用務員が一早く被害児童の異変に気づきましたが、他の教職員と共有されず、対応できなかったと言います。

校長:
「どうしても日常の生活の中で、これは大丈夫だろうとか、もしかしたらそんな思いがあったのかもしれません」

仲野さんは去年6月、今度は自ら国会議員に語りかけました。

仲野さん:
「学校現場では世間が思うように、いじめ防止、いじめ対応、進んでないのが現状です。私はいじめ問題、ずっと取り組んできました。現場では奇人変人扱いです。“変わり者”扱いです。『変なことやってるね、仲野さん』というのが私への評価です」

この日、共に壇上に上がったのは、教育評論家の尾木直樹さん。

尾木さん:
「仲野さんの辰沼小の実践は、世界のトップクラスだろうと思っています」

尾木ゼミの調査によると、辰沼小の子どもたちは、他者の痛みを感じるアンテナが高く、いじめ発生率も低いことが分かりました。
例えば「一週間、クラスの誰からも口をきいてもらっていない」状況をいじめと言うか聞いたところ、一般の中学生でも6割なのに、辰沼小では8割が「いじめだ」と答えました。

尾木さん:
「子どもの感性を高めていく。つまり(いじめ)予防教育が一番大事なんです。信頼感に満ちた人間関係が溢れる学校づくり。その主役は子どもたちです」

大事なのは、子どもたちが主体となった「いじめ予防」活動。仲野さんと尾木さんは、そんな活動を推し進める法改正をと訴えました。
すると議員から、こんな声が…。

笠浩史 衆院議員:
「視察というか、議員で見に行くことはできますか?」

一か月後、「いじめ防止対策推進法」改正を検討する超党派の議員による、辰沼小の視察が実現しました。

子ども:
「いじめをしない。させない。許さない!」

視察を終えて、仲野さんが議員たちに強調したのは…。

仲野さん:
「パトロールじゃなくてもいいんです。要するに可視化する」

重要なのは、“いじめに反対する子どもたち”がどれだけ多いのかを目に見える形でまわりに示し続けること。
いじめが起これば、そこには遠巻きに見ているだけの傍観者がいますが、辰沼小の取り組みは、“傍観者にならないようにする空気”を作り出すものでした。

分かっていても、実行するのが難しいこの行動。しかし、多くの児童が主体的に行動することで実現可能となるのです。
7年前の設立以来、何度もメディアで取り上げられてきた、子どもたちが自らいじめ防止を担う“子ども主体の予防活動”。しかし、なぜか、普及しませんでした。その理由を聞くと・・・。

仲野さん:
「評価されにくいということがある。やはり学校の目的は勉強、学習です。だから私は手段として、学力に打ち込むためのいじめ防止をやっているのですが、みなさん、評価されるのは取り組む。評価されないものは取り組まない」

辰沼小の活動の中心は「課外活動」。子ども主体とはいえ教職員の負担が増すという誤解もあり、広まらなかったと言います。
これに対して、いじめの予防を「課外活動」ではなく、「定期的な授業」で傍観者へ働きかけることで、効果を出している国々があります。

ノルウェーやフィンランドなど北欧の「いじめ対策・先進国」です。ノルウェーの研究者(オルヴェース氏)が始めたプログラムを行った学校ではいじめ被害が2割~6割減り、フィンランドでも3割減りました。
例えばフィンランドでは、月1回のペースで年10回の授業があり、映画やロールプレイを見て話し合ったり、ゲーム感覚でとるべき行動を考えたりと、主体的に試行錯誤をしながら学べます。
そして今、日本でも、北欧の先進国を見習って、ようやく本格的な「いじめ予防授業」が始まろうとしています。

児童:
「よろしくお願いします」

足立区の小学校で行われたのは、4年生に向けた3回連続の予防授業です。

東養護教諭:
「いじめを受けたら、心や体にどんなことが起こりますか?」

男児:
「ストレス。寝られなくなる」

東養護教諭:
「心と体に症状が出るけど、どっちが心で体でとは言えない。心と体はつながっています」

1回目の授業で確認したのは・・・。

全員:
「ほかの人をいじめません!」

言い古された感のある原則ですが、被害者への悪影響を具体的にイメージすることで、重みをもって捉えられるといいます。
2回目の授業では、いじめをどう予防するのかを考えます。示されたのは「いじめの輪」。加害者の周りに、はやし立てる仲間、その周りに多数の見ているだけの傍観者がいることを確認すると・・・。

東養護教諭:
「いじめられている子がいるって分かっているのに、なぜ見ているだけの子が多いのでしょうか?」

児童:
「怖いから」

男児:
「助けると」

女児:
「犠牲になる」

男児:
「“邪魔すんなよ”って見ているだけの人もいじめられる」

女児:
「口で“やめろよ”とか言っても、いじめる子の方が多いから助けるとやられちゃうんじゃない?」

今度はロールプレイで考えます。

被害役:
「一緒に遊びたいな。入れて」

加害役:
「えーやだよ」

東養護教諭:
「やっぱり助けたいって思わない?さぁ、四年二組の台詞を考えてほしいと思います!」

男児:
「いじめをしても何が楽しんだよ」

女児:
「かわいそうだからやめなよ」

台詞を決めたら、再びロールプレイ。

被害役:
「入れてよ」

加害役:
「えーやだよ。Aさんが入るとつまらなくなる。やだよな。入れたくないよな?」

児童:
「いじめをして何が楽しいんだよ。自分がやられたらどんな気持ちになるのか考えろよ!」

加害役:
「え~、でも~、どうしようかな。でもAさん下手くそなんだもん」

ロールプレイは、ここで終了。

東養護教諭:
「勇気を出して言ってくれたけど、実際にいじめる子や、その仲間も多くいて、そこに一人で行って“やめなよ”なんて言える?」

児童:
「言える」

東養護教諭:
「首ふっている人もいます。言える人もいるのかもしれないけど、やっぱり、どうしても、助ける子が少ないと、なかなか、いじめがなくならないと言われています」

傍観者の多くが「助ける子」に変われば、“いじめをしない輪”になるというのです。

全員:
「いじめられている人を助けます!ひとりぼっちの人を仲間に入れます!」

授業を通して見えてきたのは、傍観者がいかに変わるか。その大切さでした。
そして3回目の授業では、「助けること」以外にも、傍観者が変わる方法があることを伝えます。

東養護教諭:
「もし誰かがいじめられていたら、先生もしくは家の大人に話します!先生に『言いつける』とか『チクる』。この行動は『相談する』とか『他人に話す』ってこととは全く違いますからね。自分たちで解決できないから相談する。素晴らしい行動です」

3回連続の授業を開発した東京大学の佐々木司教授は、こうした予防授業の効果を詳しく検証していく必要があると言います。

佐々木教授:

「また示すだけのエビデンス(科学的根拠)も日本で蓄積されていない。そこを何とかしていかないと」

東京の世田谷区も、北欧の予防授業の導入を検討し始めました。
何度もフィンランドを訪れている大阪教育大学の戸田有一教授を招き、去年6月、検討会を始めたのです。

戸田教授:
「風邪に例えると、誰も風邪をひかない学校を作るのは無理です。いじめっぽいことは人間集団では起きる。けれども風邪が肺炎になり通院して入院して、命に係わることがあってはいけない」

ポイントは「いじめの芽」を見つけ大きくしないこと。そして、やはり「傍観者への働きかけ」です。

戸田教授:
「いじめっ子は決して傍若無人ではない。周りの受け止め、評判を気にしている。ここでやったらオレ浮くな、って(加害者が)思ったら、やらないんですよ」

この日は、区内の小学校で、4年生へのモデル授業です。

橋本教諭:
「イヤだと感じることは一人一人違うって。相手が“イヤ”って傷つくことはいじめだよ」

ここでもまずは被害者の気持ちを具体的にイメージします。そして・・・。

橋本教諭:
「じゃあ、いじめている人に、どういうことができるのかな?一人一人イヤって感じることは違うから、いじめって、もしかして気づいていないのかもしれないよ。だから『あなたのって、いじめになってるよ』って注意してあげる。教えてあげる」

しかし、いざ行動に移すとなると・・・。

橋本教諭:
「いじめている人が怖いって思う気持ちは?」

児童:
「ある」

橋本教諭:
「あるよね。早めに言ったほうがいいってことだ。注意するタイミング。アレって思った時に早めに?」

児童:
「注意したり」

橋本教諭:
「気づいてあげたり、先生や大人に言ったり」

児童:
「相談する」

橋本教諭:
「確かに」

児童:
「逆ギレされる」

橋本教諭:
「逆ギレされる?どうする?どうする?」

自分ならどう行動するか、具体的に考えられる授業になりました。

橋本教諭:
「(放課後)子どもたちはいじめ論議をしながら靴箱にむかっていたので、あー、話したいんだ。

授業で主体的に考える機会を持つことで、当たり前であっても、“自分は傍観者にならない”という意識づけができたようです。


“子ども主体のいじめ予防活動”を広めようとする仲野繁さんに、一筋の光が見えてきました。

工藤校長:

東京都葛飾区の小学校がアドバイスを求めてきたのです。

仲野さん:
「皆さん、こんにちは~」

この日は、活動名を決めます。

仲野さん:
「活動名。4番目のYHSって言った人、誰?」

女児:
「はい」

仲野さん:
「あ、君か。どういう意味?」

女児:
「よつぎハッピースクール」

仲野さん:
「あ、そうか」

女児:
「私もYHSがいいです。笑顔で過ごせる学校がいいなって思うから」

仲野さん:
「今、名前決めるだけでみんなで考えたでしょ。議論したね。実は、これが大事なんです。どうすれば、いじめなくなるか皆と考えることで、確実にいじめが減ります」

こうした予防活動を広めるには、校長の意識改革も必要だと言います。

仲野さん:
「学校は子どもの幸せになる場所だって覚悟を持ったが、それを害するのは何か。まず子どもに聞けば、まず出るのがいじめ。人間関係。それを恐れる。それを振り払うことで、子どもたちが幸せに向かう道筋を作ってあげる」

この春、仲野さんにとってショッキングなことがありました。
仲野さんが手がけた予防活動の視察を経て、当初「いじめ防止対策推進法」の改正案に盛り込まれていた“子ども主体の予防活動”を提唱する文言が、その後出た馳座長試案で、削除されていたのです!

仲野さんは文言の復活を訴えようと、要望書を手に国会を訪れました。

仲野さん:
「ぜひ強烈に防止の視点を取り入れた法律にしてほしいと思います」

文言削除の背景には「教職員の負担増への不安の声」があると仲野さんは見ていますが、むしろ逆だと言い切りました。

仲野さん:
「子どもたちの力を借りれば、その分、いじめは減る。先生がとても楽になる。働き方改革を実現するためにも子ども主体の取り組みによって、いじめを減らす。一石二鳥なんです」

小西洋之 参院議員:
「しっかり受け止めさせていただきます」 

長年、深刻な問題となってきたのに未だに解決できずにいる「いじめ」。皆さん、もう傍観者でいることを止めませんか?  



*東京大学・佐々木司研究室「いじめ予防プログラム」*