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【現場から、】なくせ!危険運転

TBSテレビ報道局 社会部長 武石浩明

●東名事故の前にも後にもあおり運転をしていた衝撃
●あおり運転取り締まりに乗り出した警察
●あおり運転対策、やるべきことすべてを尽くせ


【東名事故の前にも後にもあおり運転をしていた衝撃】

運転中に腹を立て、相手の車をあおったり、前に割り込んで減速したりする危険な運転が社会問題化した。

きっかけは、TBSの報道に端を発した、今年6月の東名高速道路で起きた夫婦死亡事故だ。パーキングエリアで指定の駐車位置でないところに車を停めていたことを注意され、腹を立てた男が高速道路で夫婦のワゴン車を追いかける。そして、あおり運転や前方で減速して、追い越し車線に無理やり停車させた結果、後続のトラックが追突、夫婦は死亡した。

ワゴン車に同乗していて、奇跡的に助かった長女と次女よると、追いかけてきた男は、事故の直前に車から降りてきて、夫の胸ぐらをつかみ「高速道路に投げ出してやろうか」などと因縁をつけて、外に引きずり出そうとしていたという。その最中に事故は起きた。

驚いたのは事故の原因を作った男が、この東名事故の前にも、後にも、あおり運転を繰り返していたことだ。事故の1か月前の5月に3件、さらに、事故の後の8月にも、あおり運転をしていた。8月のあおり運転は、東名事故で使用していた車を受け取る手続きを神奈川県で済ませた帰り道、レンタカーで山口県を走っている最中に起きた。このときも相手の車を追い抜いて前方で減速、車を3回も無理やり停車させている。

夫婦の命を奪った事故の後なのに、同じようなトラブルを起こしている。普段から常態的にあおり運転を繰り返していたのではないかとの疑念も浮かぶ。痛ましい東名事故を防ぐ手立てはなかったのだろうか。


【あおり運転取り締まりに乗り出した警察】

この男のように、あおり運転をする人物はほかにも大勢いると思われる。警察庁の調査で5割のドライバーが、あおり運転を経験したことがあると回答している。また、マーケティングリサーチ会社のGfKジャパンが全国のドライバーおよそ13500人に実施した調査によると、運転中にあおられた経験がある人が9割に達した。あおり行為の中で最も多かったのが「車間距離を詰めた異常接近・追い越し」で、8割近くに上ったという。

あおり運転をしたこと自体を取り締まる法律は現在、日本にはない。しかし、警察庁は東名夫婦死亡事故をきっかけに、「同種の危険な運転行為に対する厳正な対処を望む国民の声が高まっている」として、対策に乗り出した。刑法の「暴行罪」での立件を視野に入れ、捜査するよう今月、全国の警察に指示を出したのだ。

相手をあおったことで、なぜ「暴行罪」になるのか。実は「暴行」については、過去の最高裁の判例で「人の身体に対して不法な有形力を行使すること」とされ、必ずしも傷害を負わせるなどの暴力行為がなくてもよいとされている。

あおり行為などの危険運転は「有形力」にあたり、「暴行罪」に問えることができるのだ。1975年には、あおり運転に対して、「相手の車の運転に支障をもたらし、交通上の危険につながることは明白だ」として、「不法な有形力の行使として暴行罪に当たる」とした東京高裁の判例がある。

さらに警察庁は、別の新たな対策にも乗り出した。道路交通法による行政処分を「適正かつ迅速に」行い、危険なドライバーを「早期に排除」するよう、全国の警察に指示したのだ。相手に腹を立て、あおり運転などの報復行為をする悪質なドライバーは、海外ではroad rage(激怒)=ロード・レイジと呼ばれているが、道路交通法では、将来、事故を起こす可能性が高い人物を「危険性帯有者」と定めている。

車を使って交通の危険を生じさせる罪を犯したり、覚醒剤や麻薬を使ったりした運転者を「危険性帯有者」として、交通違反による点数が累積していなくても、最長で180日間の免許停止ができる規定があるのだ。この規定は、これまでは主に薬物常用者対策に使われていた。去年1年間に免許停止になった674件のうち、あおり運転になどのケースはわずか6件だったが、今回、暴行、傷害、脅迫、器物損壊などが伴った場合には、「危険性帯有者」として免許停止にするよう一歩踏み込んで指示を出したのだ。


【あおり運転対策、やるべきことすべてを尽くせ】

あおり運転対策に乗り出した警察の対応は高く評価できる。しかし、これだけでは十分ではない。あおり運転をするような危険なドライバーを、道路上から根絶すべきではないか。対策のすべてを尽くすべきである。

科学技術の進歩も活用すべきだ。イギリス・ノースヨークシャーの警察では、古代ギリシャの都市国家・スパルタの戦士の盾にちなみ、善良なドライバーを盾のように守る意味の「スパルタン作戦」を実施、一般のドライバーが撮影した危険な運転の動画を警察のホームページに投稿してもらい、その映像をもとに摘発を進めている。これまでおよそ3000件の情報が寄せられ、100件近くを立件したという。

ドイツでは大事故を起こしたドライバーに対し、裁判所が「一生涯の運転免許剥奪」を言い渡すケースがある。日本も「危険性帯有者」への免許停止が最長180日となっているが、免許停止期間が終わった後も再びあおり運転をするような悪質なドライバーがいたら、免許を持たせるべきか検討することも必要なのではないか。

東名事故では世論の大きな反響も受けて、横浜地検が過失運転致死傷罪より罪が重い危険運転致死傷罪で、男を起訴した。

危険運転致死傷罪は、飲酒運転による悲惨な事故が相次ぎ、厳罰化を求める声が高まって設けられたものだが、飲酒運転や信号無視など6つの類型に限定されているうえ、「故意」つまり危険と認識して運転していることが条件となっていて、悪質な運転による死亡事故であっても適用されるケースは限られている。

あおり運転などの危険な運転ついても、「重大な交通の危険を生じさせる速度であること」の条件がある。東名事故は、男が夫婦の車を追い越し車線に停車させた後、車を降りて因縁をつけている最中に起きていて、裁判所の判断が注目されるが、適用条件について、今こそ見直しが必要なのではないか。

あおり運転自体を取り締まる法律も必要だ。からめ手の暴行罪での取締りではなく、あおり行為自体が重大な犯罪であるとの位置づけにすべきと考えるからだ。

ただし、厳罰化だけでは事故は防ぐことはできない。運転免許を持つ人たちへの教育も不可欠だ。免許を取るための自動車教習所だけではなく、免許を取る直前の高校生に対して学校などで、あおり運転防止のための教育をすることも必要だ。また、つい頭に血が上ってあおり運転をしてしまうような人については、外部機関などと連携してカウンセリングを行い、免許を持たせるべきかどうか十分検討する必要があるのではないか。

東名事故の遺族が語った言葉が胸に突き刺さる。「車は凶器だと思いたくない。ああいう人(事故を起こした男のような人)にやったら凶器だ」。

今こそ、社会全体で痛ましい事故が再び起こらないよう考え、あらゆる方策をとるべきときではないか。

※TBSでは、危険運転をなくし、痛ましい事故を二度と起こさないための解決法を探る取材を続けています。あおり運転の経験など、皆さんからの情報をお待ちしておりますので、特集ページ「【現場から、】なくせ!危険運転」までお寄せください。

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