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【報道特集】色覚異常 色覚検査すべきか否か

「報道特集」12月9日放送より  取材:社会部 薄井大郎

眼科医「じゃあ、これからね。」
大久保佑真くん「7。2。4」

この日、眼科で色覚検査を受けた小学4年の大久保佑真(おおくぼゆうま)くん。正しく答えられるものもあったが・・・。

眼科医「似てる順番に並べてもらうの。この中でこれに、一番似てそうなのあるかな」
大久保佑真くん「・・・(もくもくと並べていく)」

自分が近いと思う色を、順番に並べていく。母親が心配そうに見つめる中、検査は続く。そして・・・。

眼科医「横で見ていていただいたので、お分かりだったと思いますけど、やっぱり色覚異常ですね」

こう診断された佑真くん。「色覚異常」とは色の見え方の違いを医学上、定義したものだ。

検査で並べたピース。正常の場合は、左から青、緑、黄、赤、紫の順に並ぶが、佑真くんの場合は、きれいに並んでいないのが分かる。佑真くんは、特にオレンジと黄緑、緑と茶色などの判別がつきにくいという。

眼科医「黄緑とオレンジ難しいよね?今、これオレンジは?ってお聞きしたんですけど(表見せて)こっちはオレンジだけど、こっちはオレンジじゃなくて黄緑なんだよね」

「黄緑とオレンジはとても似た色と認識している?」
眼科医「似てるよね?」
佑真くん「(頷く)」
眼科医「そうなんです。赤と緑も場合によってはすごく似ているんですね。なのでわかりにくい時がある。だけど、ほとんど日常生活に困らないし、この手の色が難しいぞってことを覚えておくと損をしない」

検査の結果を、家族は、どのように受け止めているのだろうか。

記者「診断を受けてから、佑真くんに変わったことは?」
「佑真は全く私から見たら変わらないように見えるんですけど、私のほうが意識してしまって何か見ているときに『どういう風に見えているのかなあ』と」

「ご飯食べているときの食べ物の色とかは聞いたり、学校で何か困ったことなかった?とかはたまに聞くんですけど、本人が「全然ない」っていう感じで」「とにかく明るく返してくれるので、それが救われます」

母親の貴子(たかこ)さんは、これまでの生活の中で佑真くんの色の見え方に
違和感を持ったことはなかった。診断を受けた後、初めて気づくことがあったという。

「この箸を使っていて。この葱をこういう風にはめて、どこにあるかわかるって聞かれて。私から見たら明らかに色が違うので、ここってすぐ分かるんですけど、本人はたぶん、似た色に見えている。私が生活の中でやっぱり違うんだなって感じたのはこのときが本当に初めて」
記者「茶色と一緒にすると、見にくい?」
佑真くん「うん。普通に見るとちょっと濃いめの緑ってわかるけど、(箸に)つけてみると似た色に見える」

佑真くんに色覚異常の可能性があることがわかったのは、今年6月。学校での検査だった。実は、学校での色覚検査のあり方をめぐっては長年にわたって続く論争がある。

これは、色覚異常がある小学生が書いた絵。躍動感のある象が、緑で塗られている。一見、違和感がないこの絵も・・・。たぬきや熊が、緑で描かれていることがわかる。

色覚異常は、こうした色の違いや、ピーマンの緑とパプリカの赤などの区別が付きにくい場合があり、人によっては、こうした赤と黒の表示も読みにくいなどの特徴がある。しかし、その見え方や程度は人それぞれ。先天性のもので、男性はおよそ20人に1人と、決して稀ではなく、女性も500人に1人。今の医学で治療することは出来ない。

武智さん「宜しくお願いします」

不動産関連の会社で働く武智研吾(たけちけんご)さん、23歳。赤と緑の見分けがつきにくい軽度の色覚異常だ。

武智さん「緑の中にちょっとだけ赤があるとかそういうのが、ちょっと見分けがつきづらい」「思い返せば、そんなにきれいな紅葉って見た記憶がない。紅葉で感動したことがない」

(あれはきれいな緑に見える?)

武智さん「緑ですよね。わかりにくい赤だと、あの赤ですね。あれはわかりにくいですね。たぶんあれ(赤)とこれ(緑)と合体するとあれってなっちゃいますね」

日常生活でほとんど困ることはない、と武智さんはいう。

武智さん「私の見えている世界?どう見えている?難しい。ずっと生まれてからこれなんで。逆に他の人にはどう見えているのかなと。これと違う世界はどう見えているのかなと思いますけど。今まで不便を感じたという経験が少ないので人と人の少しの個性の違いかなと思います」

こう話す武智さんだが、自分が色覚異常であることを初めて知ったのは、わずか1年半前のこと。20年以上、全く気がつかなかったという。気付いたきっかけは就職活動だった。電車が好きな武智さんは、鉄道会社の採用試験を受けた。

鉄道会社では、安全性などを理由に、色覚異常について採用を一部制限している。そのための検査で、初めて色覚異常であることがわかったのだ。

武智さん「医師が『本当にそう見える?』みたいな事を確認してきたりとかが何度もあって。あれ、自分は色覚異常なのかなって。(それまで)自分がそうだと思ったことがなかった」
武智さん「自分が色覚異常って分かってから振り返ると、黒板に書いてある赤いチョークの文字が読めなかったということはあった。見えないので(ノートに)書いてませんでした、そこは。それか席が隣の人に聞くとか。赤いところはなんて書いてあるのと。視力が悪いせいでちゃんと見えていなかったのかなとずっと思っていた」

自分に色覚異常があると知った武智さんは、その後、鉄道会社の採用試験を自ら辞退した。なぜ、20年以上も自分の色覚異常に気がつかなかったのか。

武智さん「(早めに)知っておけばよかったかな。 就職活動中にうろたえることはなかっただろうと思います」

これは今から30年近く前の映像。

健康診断のひとつの項目として、色覚検査は、全国の学校で一斉に行われていた。ところが、今から14年前の2003年。文部科学省は、色覚検査を健康診断の必須項目から削除した。このため、色覚検査は、学校で、ほとんど行われなくなったのだ。

通常の学校生活に影響がないことが分かってきたことに加え、検査が、差別や偏見を招いていると当事者たちから批判の声が上がったからだ。

学校での検査には反対だという井上清三(いのうえせいぞう)さん、65歳。
子供のころ、クラス全員の前で受けさせられた色覚検査が長く心のキズになったと話す。

井上さん「自分の番になって、こう見せられて、見えない、わからないんですよ。やっている先生に「お前、フランス人か」っていわれて。みんなばーって笑ったんですよ。私はえって思ったんだけど、みんな笑っているから」「すごく恥ずかしかった。その気持ちはずっと持っていた」

今は、個別に検査を行うなど、プライバシーに配慮した検査方法が多くなったものの、突然、「異常」という診断名がつくことによる子供の心の動揺を考えるべきだと井上さんはいう。

井上さん「(検査は)当然、学校では辞めるべきだと思います。歴史的に私のような感じで突然レッテルをバンとはるような歴史があって、数多くの人が劣等感をずっともってきた歴史を考えると、学校では無理じゃないかと思う」

だが、学校で検査をしなくなった結果、10代から20代半ばまでの若者が
自分の色覚異常を知らないまま育ち、就職時の採用試験で初めて知るケースが相次いでいる。21歳の古戸匠(ふるとたくみ)さんも、その1人だ。バイクメーカーに勤めているが、飛行機が大好きだという。

飛行機を撮影する古戸さん「いや~いいですねえ」

幼い頃から空の世界に憧れを抱いていた。航空整備士になりたいと、就職活動では、整備会社のインターンにも積極的に参加していた。

古戸さん「(インターンは)整備の現場の見学と、あとはちょっとした実体験。整備の体験も行った」「やっぱり楽しいですね。結構大変な作業もあったけど、これが仕事になったら大好きな飛行機だったので、それに携われるのはいいなと思った」

ところが、採用試験は不合格。念願の航空整備士にはなれなかった。

航空整備士はコックピット内の計器などを色で判別する必要があるとして、採用時に色覚検査が行われている。

古戸さんは、そのときの検査で初めて自分が色覚異常であることを知った。

古戸さん「本当に一切気付かず。初めて聞いたときは寝耳に水みたいな状態でした」

古戸さんは、安全上の理由で職業が制限されるのは、仕方がないと受け止めている。その一方で、学校で検査を行わなくなったことについては理解できないと憤る。

古戸さん「やはり生きていて当然、知らなくていい情報は、多少はあると思います。ただ、人によってはその情報が一番キーになる人もいるので、そこを知らせないのはどうなんだろうってずっと思っていた」

記者「小学生の時に検査していたらどうなっていたと思う?」
古戸さん「早いうちから右に行くか、左にいくかが決められたので、航空とか技術とかではなく全く違う分野にいっていたかもしれない」

こうしたケースが相次いでいることを受け、学校での色覚検査はいま、復活する方向に動き出している。

文部科学省は3年前、「学校での色覚検査は任意であれば行えることを周知するように」という通知を出し、検査を行う学校は全国で、再び増え始めている。

通知が出されるまでの10年間に比べ、ここ2年は、「ほとんどの市区町村で色覚検査を実施している」という都道府県が大幅に増えている。

色覚に詳しい眼科医は、「早くに色覚異常を知っておくメリットは大きい」と話す。

東京女子医科大学 中村かおる 非常勤講師
「例えば、仕事で色の見分けが必要になったときに、少し怪しいなと思ったら周囲の人に聞いて助けてもらうとか、助言をしてもらうとか、確認をしてもらうことが出来る」「学校等で検査をやってくれるということは、見つけてもらって対策を講じる機会をもらえるというふうに思っていただいたほうがいいのではないかと思う」

一方で、
色覚検査に反対する当事者からは・・・。

日本色覚差別撤廃の会の代表 荒 伸直さん
「早く知りたいがゆえに色覚検査を学校でやるべきだという議論にはくみせないということ」

日本(にほん)色覚差別撤廃の会の代表、荒 伸直(あら・のぶなお)さん。
色覚異常は日常生活にほとんど支障はなく、進行もしないため知らなくても大きな影響はないという。さらに、色覚異常は母親の遺伝子に由来する、極めて重要なプライバシーである上に、偏見や差別が残る今の状況では、「知らないでいたほうがよかった」と話す人もいるという。

荒さん「医師の家に嫁いだ方が、生まれた男の子にそういう差異が
あるということで、離婚に追い込まれた話はある」

色覚検査をするべきなのか、するべきではないのか。当事者の間でも意見が割れているのだ。

今年6月の学校検査で、色覚異常が分かった大久保佑真くん。苦手な色を意識するようにはなったが日常生活で困ることはないと話す。

佑真くん(Q学校で検査して嫌な思いをしたことは?)検査して?特にないけど」(Q学校の黒板が見にくいことある?)ない。黒板は濃い緑だけど、茶色で書くことはないから、困ったことはない」

診断を受けて動揺してしまったのは、むしろ自分のほうだと母親の貴子さんは打ち明ける。

貴子さん「もう本当にただ、ただショック」「私自身は色覚異常がないので、佑真の見えている世界が分からない。それもすごく申し訳なくて」

取材の中で、こんな場面があった。

記者「今、持っているユニフォームの袖の色と、はいている靴下の色は?」
佑真くん「違う。こっちが赤っぽいオレンジで、こっちが黄色っぽいオレンジにみえる」
記者「同じオレンジでも佑真くんには色々な種類がある?」
佑真くん「(頷く)」

佑真くん「これは黄色っぽいオレンジで、これが一番赤っぽくて暗いオレンジで、これがこっちとこっちの間くらいのオレンジ」
母・貴子さん「私からしたら(全て)オレンジで」
佑真くん「全部に似てる色だと思うの?」
母・貴子さん「オレンジってしか表現しない、ママは。でも佑真は黄色っぽいとか赤っぽいとか見分けられてすごいなと思うよ」

同じように見えるオレンジの色。佑真くんは、そのわずかな違いを感じ取り、
自分の言葉で、表現している。そんな佑真くんをみて、貴子さんは乗り越えなければいけないのは自分のほうだと、いま強く感じている。

母・貴子さん「ある方のブログを見ていて、お母さんが息子さんに『紅葉を見せてもあんまりきれいじゃなかったんだね』っていったら息子さんは『紅葉はきれいだよ』って言ったと書いてあって、それも私の傲慢さっていうか、見ている世界や色は違ってもきれいだって思う心があって。きっとあるんだろうなって思って」

母・貴子さん「色覚異常に劣等感を抱いてほしくない。でも私がこんな風にしていると自分はかわいそうなのかなってきっと思ってしまうと思うので。もうちょっと私がそこを乗り越えて、見えている世界が違っても、その世界は、その世界で素晴らしいんだよっていうのをちゃんと泣かずにいえるようになったら、ちゃんと話したいと思う」

佑真くんの見えている世界。そこには、色が溢れている。

佑真くん「いろんな色がある世界。オレンジにもいろんな色があって、緑にもいろんな色があったり」「自分は普通の人の色を見てみたいと思うし、人は自分が見ている色を見てみたいのかなと思う」