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「マイナス1歳の命との向き合い方」産婦人科医・林伸彦さん(前編)

ミイナ:
Dooo!!司会の堀口ミイナです。早速本日のゲストをご紹介します。産婦人科医でNPO「親子の未来を支える会」代表理事の林伸彦さんです。よろしくお願いします。

Dooo!!今回のテーマは“マイナス1歳の命と向き合う”。

マイナス1歳、それはまだ生まれてくる前のお母さんのお腹の中にいる赤ちゃんの事。今回のゲスト林伸彦さんは産婦人科医として年間百人のお腹の赤ちゃんや妊婦さんと向き合っています。林さんは妊婦検診や出生前検査などで、赤ちゃんに異常があるとわかった親子へのサポートをしたいと2015年にNPO法人「親子の未来を支える会」を立ち上げました。「親子の未来を支える会」では妊娠中に赤ちゃんの異常を告げられた同じような境遇の家族同士をつなぎ、出産後に行政との連携をスムーズに行えるようにするなど出産前から家族が赤ちゃんに向き合えるような仕組みをサポートしています。また林さん自身はこうしたサポートシステムに精通しているイギリスに留学。医療社会福祉制度のみならず、お腹にいるときから赤ちゃんに治療をする胎児治療の現場にも携わってきました。

そんな林さんに前編では会を立ち上げるまでのいきさつから出生前診断に対しての思いなどじっくりお聞きします。

「親子の未来を支える会」とは

ミイナ:
女性としては、産婦人科医の先生の話をじっくり聞けるというのはとても嬉しくてですね、ワクワクしてます。早速ですが、自己紹介をお願いします。

林:
産婦人科医の林伸彦と申します。NPO法人「親子の未来を支える会」の代表理事をしています。

ミイナ:
「親子の未来を支える会」というのは林先生が立ち上げたと思いますが、どのような会なんでしょうか?

林:

私が後期研修医の時で、5年前に立ち上げました。私が医師として、あとは例えばダウン症の子を持つ親の方とか、心臓病の方の家族とか、いろいろな方を巻き込んでこの会を立ち上げました。この目的は、産婦人科医として働いている中で赤ちゃんに病気が見つかることって毎日あるんですよね。その時に、そのご家族が、その赤ちゃんに向き合うときに何が必要かって考えたときに僕自身が色々なご家族とか、いろいろな行政の方につながっていることが大事かなと思いましたし「向き合えるための社会的な仕組みが出来たらいいな」と思って、この法人を立ち上げました。


出生前検査について

ミイナ:
私自身、まだ出産経験がなくってイメージで話すことになってしまうかもしれないんですけど、きっとこう・・・生まれる前っていろいろな検査をしていると思うんですけど、それでもこう、生まれてきた子に何か疾患が見つかったりというのは起こるんですか?

林:
そうですね。結構よく起こることだと思います。

ミイナ:
そんなに多いんですね・・・思ったより多かったんですけど。

林:
そうなんですよね。例えば、唇が割れている口唇裂という病気がありますけど、1歳になる前に手術をすることがほとんどですので、通常生活している中では、そういう方を見かけることはほとんどないとは思います。

ミイナ:
そういう病気があるということはお母さんたちもわかっているんですかね?

林:
えっとですね。やっぱり出生前検査というのが話題になっていますよね。

ミイナ:
私も言葉だけは聞いたことがあります。

林:
そうなんですよね。「生まれる前に赤ちゃんの病気を見つけることがいいのか、悪いのか」という議論はいつもされていて、現場もすごく問題になっていて・・・ 

近年、日本では出産した女性のうちおよそ4人に1人は35歳を超えています。こうした晩産化の背景から胎児の染色体異常などを調べる出生前検査を求める動きは年々強くなっています

国内の実施件数はこの10年間で2.4倍に急増およそ7万件と推定されていますが全体として受ける割合は全妊婦の7.2%にとどまっています。

一方で海外ではおよそ半数以上の妊婦が出生前検査を受けていて日本と海外の出生前検査における違いが明らかになっています。

これにはどんな理由があるのでしょうか?


“出生前検査”日本と海外の違い

ミイナ:
出生前検査が日本だとまだまだマイナーというか、やっている方が少ないということだと思うんですけど、海外とは全然違うんですか?

林:
やっぱり日本は病気や障害があっても、福祉が充実しているので、普通に生活できるんじゃないかという考えが強いですから、

・・・というのがトレンドなのかな、と思います。

妊娠初期の3か月くらいの時に赤ちゃんが健康に育っているかどうかを調べる機会というのがありますね。


サポートの必要性を感じたキッカケ

ミイナ:
制度の違いもあると思うが、林先生がそもそもこの問題に気付かれたキッカケというのはあるんですか?

林:
なるほど・・・一番のきかっけは、やっぱり普通に妊婦健診をしているとき、ふと赤ちゃんの病気を見つけたときに、伝えていいのか、伝えちゃいけないのか、すごく迷ったという経験からですかね。日本の妊婦健診だと、大体2週間、4週間に1回、赤ちゃんがすくすく育っているかを超音波で調べています。

その時に、サービス半分でお顔の3Dとか4Dで見せることがあるんですけど、そこで例えば唇が割れている赤ちゃんが見つかった時に妊婦さんに全く心の準備をしていなかったので、それを伝えることが本当に正しいことなのかっていうのがやっぱり、今でも迷いますし、日々、きっと全国的に皆さん産婦人科医は迷っていると思います。

ミイナ:
それが日本では普通だと思うんですけど、それが海外と比べて違う、と気づいたこともあるんですね?

林:

ミイナ:
じゃあお母さんから「このオプションやりたいです」と言わないといけない?

林:
産婦人科医から提案することっていうのはほとんどなくて、聞かれた時に答えるというのが、今全体的な流れになっています。

伝えたうえでそれを受けるのか、どうするのか、というのはカップルとか、妊婦の意志によりますけど、必ず伝える国でどういう風なカウンセリングがされているのかとか、実際に赤ちゃんに病気があったときにどういう風な社会的なサポートがあるのか、というのを知りたいと思って海外に行こうと思いました。


出生前検査の大衆化が進むイギリス

ミイナ:
実際にイギリスに行ってみて、どういうところが日本と違った・・・?

林:
違いはたくさんありましたね。イギリスには3年くらいいたんですけれども、やっぱり、その隠し事なく「こういうことがあって、こういう検査が出来ますよ」と。伝えることはすごく医療者としてはスッキリするし、物事がスムーズに進んでいたように思います。

ミイナ:
せっかく今の医療があるからこそ精密検査が出来て、わかるのに伝えられない・・・となると、ちょっともったいないのかなと思いますけど、イギリスではそれがちゃんと伝えられる機会がある、ということなんですね。

林:
ただ、やっぱり・・・

例えば、赤ちゃんに心臓病がありますよ、と病院で伝えて、妊婦さんはいろいろなことを考えます。例えば、赤ちゃんに心臓病がありますよ、と病院で伝えて、妊婦さんはいろいろなことを考えます。その赤ちゃんが生きていけるのか、その赤ちゃんが普通に生活できるのか。将来、差別されないのか。自分より長生きするのか、仕事は見つかるのかとか、いろいろなことを考えるんですけど、それを伝えられる場がないと、やっぱり医療者としても安心して告知が出来ないな、と思いました。


“出生前検査=命の選択”という議論

ミイナ:
出生前診断というと、すぐ命の選別議論につながりがちだが、先生の考えは?

林:
そうですね、そこはやっぱり切っても切れない関係だと思っています。よくある例は、やっぱりこう・・・

言って来られる方もいて、イギリスとの違いというか、日本の価値観というのを垣間見る場ですね。

ミイナ:
何か、本当に倫理観の違いで罪悪感を覚えることがこうも変わってくるんだなと思いますよね。

林:
あとは、検査を受けること自体が差別につながるのではないかと考える人たちがいる一方で、例えば一人目のお子さんが何か障害があって、二人目を産むときに出生前検査を受ける方もいるんですよね。それはもう、本当に現実的に、二人、病気や障害を持っている子を育てることは難しい、そういった中で上のお子さんの、存在を否定しているわけではないんだけど、健康な子が生まれてくるのであれば、次の妊娠をトライしたいという方もいて。

ミイナ:
違うことですよね。なんていうか、差別なんでしょうか?って考えていること自体、差別的なことのような。アップデートしていかれるんだと思うんですけど。


“出生前検査=命の選択”という議論を進めるには


ミイナ:
ちょっと議論を先に進めるとしたらどういうことを話し合っていかなけれなばいけないんでしょうか?

林:
そうですね。あの、やっぱり自分のおなかにいる赤ちゃんが健康かどうか知りたいっていう思いって普通のことだと思うんですよね。

ミイナ:
はい、普通のことですよね。

林:
そして健康に育っていてほしいという気持ちも普通のことだと思うんですよね。だから・・・

そのうえでやはり検査をすると、「産む、産まない」悩みますし、実際に産まない方がいるのは事実なんですけど、なぜ産めないのかというのをもう少し調べる必要があって、例えばお金が理由、経済的な理由がメインであれば、国とか行政がサポートする、こういった病気があって、皆がお金に困って産まない、決断をしているんだったら行政がお金をあげれば、こういう子どもたちも生まれてくるんじゃないかって流れになりますし、それがお金じゃなくて、もっとこう社会の価値観、福祉制度にあるならば、そこを変えなくてはいけないし、

検査そのものは選択肢としてあって、ただその検査への向き合い方、検査に向き合ったうえで産めない人たちが、どうして産めないのかというのを考えて、福祉そのものをよくしていくというのが正しい流れというか、今、僕たちに出来ることなのかなって思っています。

ミイナ:
検査を敵視するだけだと、何も問題が解決していないですよね、やっぱり。ディテールを見ていかないと、それぞれの家庭の事情も違うし、病気の状況も違うし・・・

林:
いや、本当にそうなんですよね。

ミイナ:
それを全部、検査を悪者にしてもっていうのは今改めて感じましたね。

林:
結局、産むか産まないか考えたときに大事になってくるのって、赤ちゃんのコンディションだけじゃないんですよね。おっしゃられるように、パートナーだけの価値観とか、自分の価値観がこれまでどれだけ、病気や障害を持つ方たちと触れ合ってきたか、とか。自分たちの経済状況とか、地域での福祉制度とか。色々なことを踏まえたうえで、皆産むか、産まないかを一生懸命考えるんですよね。やっぱりみんながみんな病気があったら産まないつもりで検査を受けるわけではないし、実際に胎児医療の絡みもあるし、赤ちゃんに何か病気があったときに、

そういった目的で出生前検査を受ける方も沢山います。


*****Dooo*****


「親子の未来を支える会」で実現したいこと

ミイナ:
この「親子の未来を支える会」 によって、先生としてはどのように変えていきたいという考え?

林:

実際に妊婦健診で赤ちゃんの病気が見つかった時に産婦人科医として伝えられることってすごく限られていて、例えば、病気は何なのか?原因は?というのを伝えられることはあっても、その子が将来、どういう生活をしていくかっていうのは、なかなか産婦人科医からは伝えられないんですね。それは医療者じゃなくて、やはり同じようなお子さんを育てているご家族と、つながって話すことが一番スムーズというか、一番説得力があるんじゃないかなと思っていて、そこでこの「親子の未来を支える会」では、生まれる前から使える、妊娠中から使える、オンラインのマッチングアプリというのをまずは作りました。


同じ境遇の家族をつなぐ「ゆりかご」

なので、赤ちゃんに例えれば、心臓病があって、その中でもこういう心臓病があると分かった時に、そういったお子さんを育てている家族とつながることが出来る仕組みというのがまず、あります。

ミイナ:
マッチングアプリ(=ゆりかご)というのはすごく必要だし、これまでは、必要なのになかったな、と改めて思ったんですけど、こういうのも作られようとしているんですね。

林:
はい、マッチングアプリを始めて、もう2年以上になるんですけど、その中でわかったのは、皆さん結構共通する悩みってあるんですよ。例えば、結構病気を知りたいだけじゃなくて「私は産みたいのに、両親に反対されていてどうしたらいいか、わからない」とか。私は産みたいのにパートナーが理解してくれないとか。産まないと決めたけど、上のお子さん、5歳の長女になんと説明していいかわからないとか。同僚にどういう風に説明していいかわからないとか。共通した悩みがあることが分かったんですよね。そこで、イギリスにある、ARCという団体ではこれでいうと、子どもにどういう風に語り掛けましょうという情報が載っていますし・・・


イギリス「ARC」が作成 ブックレット

ミイナ:
これは、子ども用の小冊子なんですね。

林:
これだと、「お父さんになる人へ」っていう冊子になりますし、その出生前検査とか赤ちゃんに病気が見つかった時に主役になるのは赤ちゃんとか妊婦さんだけじゃなくて、やっぱり周りにいる人たちもそうだし、医療者がどれだけ共感したり、理解しても、やっぱり一番近くにいる人たちが理解してくれないとその妊婦さんは孤立してしまうというのを感じていて。

ミイナ:
いや、こういうのがあったらいいですよね。

林:
そうですね。これですべてが解決するわけではないんですけど、これを読むと、本当にたくさんのヒントが書いてあるので、役立つのではないかと思っていて、日本の現状に合わせたものを今作成しています。


出生前検査を受ける・受けた人へブックレット

ミイナ:
これはおばあちゃん、おじいちゃん用の冊子。

林:
おじいちゃん、おばあちゃんだと、当時は出生前検査というのがなかったので、そもそも、この妊婦さんが向き合っている困難、課題を理解することが難しいんですよね。だからここには、今出生前検査でこんなことが分かっているよ、あなたの娘さんが向き合っている課題はこういうことですよ、と書いてあります。これを作るためにクラウドファンディングを行って300人以上の方から支援を頂いて、作成にかかる費用とか、デザイン費、それから全国の医療機関に送って、フィードバックをもらおうと思っているので、そこのかかる経費とかを集めることが出来ました。

ミイナ:
おめでとうございます。

林:
有難うございます。

ミイナ:
賛同される方が多かったんでしょうね。

林:
そうですね。本当にありがたいことですね。

ミイナ:
これはイギリスだったら皆さん配られるものなんですよね?

林:
イギリスの場合は日本みたいに母子手帳があるんですけど、母子手帳に連絡先が書いてあって、困った方はここに連絡がくださいと書いてあります。で、連絡をすると、このブックレット、小冊子が送られてきたりPDFでもらえるような仕組みになっています。


大切なのは自分で納得して選択すること

ミイナ:
実際にこのブックレットを見て、気が変わったとか、おろそうと思ったけどやめた、向き合うことにしたとか、そういう例もあるんですか?

林:
起こると思いますね。今、このブックレット自体は準備中ですけど、例えば妊娠中に相談があったときに、ご家族同士で相談をして、ご自身でもともと考えていた価値観が変わったっていう声はよく聞きます。それってすごく理解が出来ることで、例えばその・・・

ミイナ:
う~ん、0対1じゃないですもんね。だから悩むんですよね。

林:
そうなんですよ、だから選択って簡単に変わりうるし、決めた後も「自分の選択が正しかったか」って皆さん振り返って悩まれると思うんですよね。その時に大事なのは・・・


“中立的な選択“

林:
NPOとして活動し始めてたくさんの妊婦さん、ご家族とつながることが出来るようになりました。やっぱり私たちにつながって、こういう情報をもらったことで、すごく納得感を得て選択できたというフィードバックをたくさんもらうんですね。その中で印象的なのが、自分自身がこういうサポートを受けて、納得して選択できたから、私も同じようなサポートをしたいといって、サポートする側に加わってくれる方がいるというのはすごく、この会をやっていていいことだな、という風に感じています

あの、ピアサポートといいますけど「産む、産まない」の選択をするときに、僕たちが一番心掛けているのは、中立的な選択なんですよね。中立的な意思決定をサポートするというところなんですけど、それってどっちつかずの情報を提供することではないと思っていて、例えば、

だから産まなかった方にもつながれる仕組みを作ってます。そういう中で産まなかった選択をした人って今まであんまり声を上げてこなかったと思うんですよね。

ミイナ:
本当はなかなかしにくい話でもありますしね。

林:
そういった方が私たちの仕組みの中で今、こういう風に感じています、って言えるようになったこと。そして、その声を聞ける家族がいるということがすごく印象的ですし、やはりこういう風にして医療者じゃない人たちが力を合わせることで少し、前進するんだな、ということを感じています。