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「現代版“科挙”の大学受験 中国全土を巻き込む3日間」

【ホット検索ワードから見る中国 vol.2】

中国版Twitter“微博(ウェイボー)”で話題になっているホット検索ワード“热搜(rè sōu)”をもとに、「中国の今」を紹介していきます。

今回のホット検索ワード「高考」

「6月7日」。
この日は日本人にとってはなんでもない普通の一日ですが、中国人にとっては大きな意味を持つ一日です。この日、微博をはじめとする中国のSNSは、中国全土で一斉に行われる大学入学試験「高考(gāo kǎo)」の話題で持ちきりになります。

(闽南网综合 より)

経済成長著しい中国は、今もやはり学歴が重視される社会。中国の人たちにとって大学受験とは、「人生赢家(人生の勝ち組)」になるための第一歩なのです。

中国は欧米と同様の9月入学を採用しているので、入学試験は6月に行われます。曜日に関わらず、毎年「6月7日」が試験第1日目と決まっているそうです。以前は7月に行われていたそうですが、熱すぎたり、天災が多かったりとなにかと不都合なため、6月に前倒しされたのだとか。

中国で受験と聞いて思い出すのは、6世紀から約1300年間続いた官僚登用試験「科挙」。出身や身分を問わず誰でも公平に参加が可能で、受かれば国の支配階級になれるとあって、悲喜交々のドラマが繰り広げられました。
その人生一発逆転の試験は今、名を変えて「高考」という形で、今も色濃く残っています。今回は、この「高考」に関する微博のホットワードをもとに、中国人の大学受験についてお伝えしたいと思います。

■泣いても笑っても一発勝負

中国の受験競争は凄まじいです。日本の比ではありません。受験する本人たちが賭ける熱量もさることながら、彼らの家族の熱量も半端ではありません。もちろん、人口が多いことや一人っ子政策を実施していたことも影響していますが、それ以外にも様々な理由が存在しています。

まず、日本と大きく違うのは受験制度そのものでしょう。簡単に言えば、日本は何度かチャンスがあるのに対して「中国は一発勝負」ということです。

日本の場合、国公立大学の試験は基本的に前期・後期の二回行われますし、私立大学も一度に複数の大学を受験することができます。そのため、どこかのテストで少し失敗をしても、挽回する可能性が残されているのです。

しかし、中国の場合、「高考」の結果のみですべてが決まります。つまり受験の2日間(もしくは3日間)の結果だけで、将来が決まるといっても過言ではないのです。

そのため、「高考」によるプレッシャーは想像を絶するもので、「試験恐怖症」にかかり、「試験」という言葉を聞いただけでめまいがしてしまう人や、「高考」が終わった瞬間に気を失ってしまう人もいるそう。

■“地獄モード”に“悪夢モード” 地域で異なる受験難易度

私が中国の大学入試のシステムを知ったときに驚いたのは、各省によって試験問題が違うということでした。これは、各省によって教育資源の充実度(教材や教師の質)が異なることに配慮しているといいますが、やはり「全国統一じゃないなんて、なんだか不公平じゃないか?」という印象を受けます。実際、省によって試験の難易度も、上位校への入りやすさも異なります。

(语文月刊より)

この図は、試験の難易度ごとに色分けされた中国地図です。赤やオレンジ色の場所は難易度が高く、それらの地域は「地獄モード」「悪夢モード」などと呼ばれています。

傾向としては、経済発展が進んでいる沿海部の省が難しく、発展途上の内陸部の省が簡単な傾向にあります。

これは格差是正のために、政府が内陸部や少数民族地域の生徒を優遇する政策をとっているためです。そのため、これらの地域では難関大学の合格ラインが下がることから、子の受験のために戸籍を移そうとする「高考移民」も現れ、社会問題となっています。

そんな中、中国で唯一「地獄モード」に分類されているのが、私が住む江蘇省です。

かつて科挙が行われていた南京を中心都市とする江蘇省は、学問を重視する気風が強く、大学も非常に多いです。しかし、その一方地元に住む生徒を優遇する政策を一切行っていないため、江蘇省の生徒は厳しい競争にさらされるのです。

私の子供は9歳ですが、毎日夜11時ぐらいまで宿題をやっています。日本とは比べ物にならないほど、宿題の量が多いのです。当然、同級生も同じ状況なので、下校後、息子が友達と遊びに行く姿を見たことがありません。毎日夜遅くまで宿題をする息子を見て、「江蘇省に引っ越して、ごめん」と心の中でつぶやいています。

■中国国民が一つになる「高考」当日

「高考」が近くなると、微博では多くの人が「受験生のために街を“マナーモード”にしよう!」と呼びかけていました。

“自家用車ではなく公共交通機関を使うようにしよう!”
“交通ルールを守り、クラクションは鳴らさないようにしよう!”
“受験会場の工事現場は、音を出さないよう注意しよう!”

など、受験生のために、街中が協力して試験環境を整えようとする風潮があります。そのため、普段は色んな音であふれる中国の街も、この日はちょっとだけ静かになるのです。

(微博:中国反邪教より)

当日のホット検索ワードに「全国唯一高考专列」という言葉を発見しました。“全国唯一の「高考」専門列車”という意味です。

内モンゴルにある少数民族が多く集まるある地域では、「高考」の受験会場まで135㎞も距離があるため、毎年、受験生を送り出すための専用列車を手配しているそう。

(健康之家より)

他にもこんなホット検索ワードがありました、「忘带准考证 12分钟取回」。
受験票を忘れた生徒がたったの12分間で取って戻ってこられた、というニュースです。試験会場にいた警察がすぐに保護者に連絡して、受験票を持って家と受験会場の間まで来てもらい、そこに警察がバイクで取りに行き、間一髪難を逃れたという話です。「高考」の時、毎年緊張のあまり、受験票を忘れる生徒、試験会場を間違える生徒がいるそう。そのような自体に対応するために、会場には常に警察やボランティアが待機しています。今年も中国の全国各地に、警察に助けてもらった受験生がいたようです。

(微博:中国大学生在线より)

受験生への配慮はそれだけではありません。受験会場はもちろんのこと、受験会場近くの交通機関にも医薬品や無料の文房具を用意しているそうです。まさに至れり尽くせり。

(微博:中国大学生在线より)

■中国人のゲン担ぎ

日本の受験と言えば、「ゲン担ぎ」も一つの風物詩。試験に臨むときはやっぱり神頼みもしたくなります。では、中国は受験の時、一体どんな「ゲン担ぎ」が行われているのでしょうか?

まずは、「高考」当日のホット検索ワードにもなっていた「家长穿旗袍送考」から紹介します。この言葉は「受験生の保護者がチャイナドレスを着て子供たちを試験に送り出す」という意味です。

チャイナドレスは中国語では「旗袍(qí páo)」と言います。この「旗」の字と中国の成句「旗开得胜(戦いがうまくいき勝利がつかめる)」の「旗」の字をかけて、わが子の受験での勝利を願い、チャイナドレスで応援する保護者が近年増えています。

(微博:梦你凯蒂より)

中国人にとって「赤」は縁起の良い色なので、赤い服を着て子を送り出す保護者もたくさんいます。

(微博:梦你凯蒂より)

食事はどうでしょうか。日本では、「受験に勝つ」にかけてカツを食べる文化がありますが、中国では油条(中国の揚げパン)1本と卵2つを食べて、試験に臨む文化があるそうです。

(微博:天津8890より)

その理由は画像の通り。3つ並べると「100」、つまりテストの満点を表すのです。油条も卵も、中国人の朝食で最もポピュラーなものなので、中国らしい願掛けの仕方だと言えます。

■「高考」≒「青春」?

高校3年間のすべてを費やし、「高考」に向け努力する中国の人々。朝から晩まで勉強をし続け、特に人口が多く競争が激しい地域では、一週間に一時間しか休みがない学校もあるそう。そんな話を聞いているだけでも苦しくなる「高考」ですが、中国の人たちにとって必ずしも、避けて通りたいものではないよう。

ネットで見つけたある文章に、

「高考は人生における一つの大きな楽しみである。自分の努力や頑張りを証明する場である。高考を受けない人生を選んだとしたら、もしかすると大きな挑戦をすることなく過ぎた日々を後悔するかもしれない」

という一節を見つけました。

もしかすると中国の高校生にとっての「高考」とは、仲間や先生、家族と協力し、苦しい時を分かち合いながら共に戦う、一つの「青春」なのかもしれません。

(朗播网より)

(記事作成 竹内亮 石川優珠)

竹内亮
ドキュメンタリー監督 番組プロデューサー (株)ワノユメ代表

2005年にディレクターデビュー。以来、NHK「長江 天と地の大紀行」「世界遺産」、テレビ東京「未来世紀ジパング」などで、中国関連のドキュメンタリーを作り続ける。2013年、中国人の妻と共に中国·南京市に移住し、番組制作会社ワノユメを設立。2015年、中国最大手の動画サイトで、日本文化を紹介するドキュメンタリー紀行番組「我住在这里的理由」の放送を開始し、2年半で再生回数が3億回を突破。中国最大のSNS・微博(ウェイボー)で「2017年・影響力のある十大旅行番組」に選ばれる。番組を通して日本人と中国人の「庶民の生活」を描き、「面白いリアルな日本・中国」を日中の若い人に伝えていきたいと考えている。