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「1杯のコーヒー」から見える中国ビジネスの地殻変動

中国版Twitter“微博(ウェイボー)”で話題になっているホット検索ワード“热搜(rè sōu)”をもとに、「中国の今」を紹介していきます。

「5杯買うと、5杯の無料券!」中国で大流行中のコーヒーチェーン

最近中国では、「luckin coffee 瑞幸珈琲」というカフェが話題になっています。2018年1月に誕生したこのカフェ、なんとたった1年で2300店舗まで拡大したのです。(ちなみに日本最大のコーヒーチェーン・スターバックスは23年かけて約1400店舗)

luckin coffeeの特徴は、徹底的にスマホを使った販売戦略です。注文と支払いは全てアプリ、初めての顧客にはコーヒー1杯無料、5杯分のコーヒー券を購入すれば5杯無料券がもらえるというサービスで顧客を掴むことに成功しました。2018年12月下旬で1200万人のユーザーと8500万杯の売り上げを達成。また注文後30分以内に届けてくれるサービスや、予め注文して、店舗に着く頃には作りたてコーヒーが用意されている「安くて並ばずに買えるコーヒー」という販売が、忙しいビジネスマンの支持を得ています。

(2杯買えば1杯サービス、5杯買えば5杯サービス KrASIAより)

コーヒーを飲み始めた中国人

少し前まで中国人は、コーヒーをあまり飲みませんでした。私の義理の父母は70歳近くですが、コーヒーを飲んだ所を見たことがありません。しかし最近、数えきれないほどのタピオカミルクティー店と並んで、コーヒーショップが増えてきました。スターバックスは2025年までに、中国国内の店舗を二倍にすると発表。しかしスターバックス市場世界2位を誇る中国で、中国人一人当たりの年間コーヒー消費量は5杯に満たないといいます。さらにこの内7割は粉末スティックのインスタントコーヒーというのです。ちなみにアメリカの一人当りの消費量400杯、日本は200杯。ではなぜ中国でコーヒーショップが話題になっているのでしょうか。

スタバで中国茶?

中国では昔から、飲み物と言えばお茶でした。この「お茶大国」にコーヒーが入るということは、もちろん容易なことではありません。例えばスターバックスは1999年、北京に第一号店をオープンした際、毎週30分の講座を開きコーヒーの知識を普及させることから始まりました。今では大人気のカフェですが、店内にはコーヒー豆の他に、ジャスミン茶やウーロン茶、プーアル茶の茶葉も並んで売られています。スターバックスやluckin coffee、大手カフェのメニューにも中国茶は必ずあります。

(スターバックス中国茶 搜狗网より)

中国茶の国で、コーヒーが浸透する潤滑油になったのが80年代に台湾で誕生したタピオカミルクティーなのです。苦いコーヒーと違い、紅茶をベースにしたミルクティーは新しいものが好きな若者の間でたちまち人気に火が点きました。中国の若者はミルクティーやラテといった甘いものを好み、「若者のお茶離れ」も言われていますが、実際25歳以下のお茶の消費は42%を占めています。


手軽さ重視の中国

 
国際コーヒー機関によれば、世界の平均成長率2%の中、中国人のコーヒー消費量は過去10年で16%もの成長率を記録しています。(2014年から2019年の5年間では18%) もちろん、広大な中国では、都市によってコーヒーの普及率は違います。大都市上海や北京では、一人当たり年間30杯ほど。さらに年齢別に消費量を計算すれば若者の一人当たりは変動するでしょう。

コーヒーを流行で終わらせず、生活に浸透させるために、中国人のニーズに合わせたものが、今中国で勢いを持つカフェなのです。カフェでコーヒーを買うのは、ビジネスマンに次いで若者です。彼らが求めているのは苦いコーヒーではありません。安くて美味しい(苦くない)コーヒーなのです。

例えばluckin coffeeでは友人を紹介すれば割引サービスがあり、メニュー全てが定価でも20元(320円前後)代で買うことができます。先ほど紹介したように、注文も支払いも全てアプリ、つまりケータイなので取りに行くだけ。店舗も最小限の大きさで対応できるため、人で賑わうフードコートの一角や、テナント料が高くなる大きなショッピングモールにも対応することができるのです。30分以内に届かなかったり、コーヒーが漏れていたりした場合、賠償を求めることもできます。遅延率26%だった2018年4月の使用期間から、一ヶ月後には1.5%まで改善されています。

大手のスターバックスではブランド力に加え、限定グッズや限定の甘い商品で対応しています。そして消費の7割を占めるインスタントコーヒーはネスレが手軽さと種類の豊富さで対応しています。中国のコーヒーは基本的に甘く、カップ式自動販売機で買えるアメリカンコーヒーでもミルクと砂糖が入っています。

(種類が豊富なネスレ  weimeibaより)

急拡大の落とし穴

 
しかし、今一番勢いがあるこのluckin coffee、大きな成長と共に資金問題も大きくなっていました。「2018年1月から9月までの9ヶ月間決算で、売り上げは3億7500万元(約60億円)に対して8億5700万元(約137億円)の純損失」という計算が発表されたのです。luckin coffeeは豆にもこだわり、一般的な豆より30%もコストが高い上等アラビア豆を導入していました。(三井物産も豆を提供)
 
店舗数もユーザー数も、5年10年、または20年を目標に目指すと言われている数字を1年間という驚異的な速さで達成したluckin coffeeでも、利益までは早めることができませんでした。これを見たユーザーからは、「外部投資に頼っているのではないか」との意見がありますが、luckin coffeeは「グループと陸総(神州レンタカー理事長陸正耀氏)からの支援以外、外部の投資家からは一切受け取っていない。長期的な赤字への準備は開店当時からできている」と反論。同時にユーザーから「30以内といっても、作って30分も経てば冷めている」「スタバより安いとはいえ、味に特徴がない」「甘すぎる」という意見も出てきました。便利さで勢いを付けるのではなく、味と質と価格をバランスよく提供することが求められるようになったのです。

(大学のキャンパスにも出店。  南京大学仙林キャンパス)

近年、シェアサイクルや外卖(出前サービス)など、中国で急拡大したビジネスは、必ずと言っていいほど投資先行型のモデルを取っています。彼らの多くは、数年後に利益を出す事よりも、巨額の投資で先に市場を支配し、1年2年で急拡大した後は、アリババやテンセントと言った超巨大企業に会社を買ってもらうことを目的としています。

しかし最近、投資家もそう言った博打的な投資に消極的になっており、消費者もそう言ったビジネスモデルに辟易し始めています。この2、3年、中国を席巻してきた投資先行ビジネスモデルに変革が起きつつあるのです。次は一体、どんな新たなビジネスモデルが出て来るのか、引き続き注目していきたいと思います。

(記事作成 竹内亮  時沢清美)

竹内亮

ドキュメンタリー監督 番組プロデューサー(株)ワノユメ代表

2005年にディレクターデビュー。以来、NHK「長江 天と地の大紀行」「世界遺産」、テレビ東京「未来世紀ジパング」などで、中国関連のドキュメンタリーを作り続ける。2013年、中国人の妻と共に中国·南京市に移住し、番組制作会社ワノユメを設立。

2015年、中国最大手の動画サイトで、日本文化を紹介するドキュメンタリー紀行番組「我住在这里的理由(私がここに住む理由)」の放送を開始し、3年で総再生回数、5億回を突破。中国最大の映像作品評価サイト「豆辯」にて10点満点中9.3点を獲得。また中国最大のSNS・微博(ウェイボー)で2017、2018年二年連続で「影響力のある十大旅行番組」に選ばれる。

番組を通して日本人と中国人の「庶民の生活」を描き、「面白いリアルな日本・中国」を日中の若い人に伝えていきたいと考えている。