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殺人実行者との対話 記者として、 障害児の父として(後編①)

「調査情報」2018年7-8月号 no.543より

※後編もnoteで無料公開します。

神戸金史
RKB毎日放送 報道制作局次長兼東京報道部長

前編では、記者であり、障害児を持つ筆者が、相模原障害者施設殺傷事件の植松聖被告に面会するまでの葛藤が綴られた。植松被告と2回対面し、時に怒り、啞然とし、徒労感を伴いながらも、向き合うことから逃げない筆者。事件が覆う闇から一筋の「光」となって我々に真実を投げかける。

植松被告との対峙

巨大な白い壁が長々と続く。植松聖被告のいる法務省横浜拘置支所は、横浜刑務所に併設されていた。

横浜拘置支所に収監されている植松聖被告の面会に訪れた筆者(左)、TBSラジオ鳥山穣・統括編集長(右)

2017年12月12日。RKBラジオ(北部九州)とTBSラジオ(関東)で共同制作するラジオ番組『SCRATCH 線を引く人たち』のナレーション収録が、4日後に迫っていた。台本を大幅に変更して、今日のやり取りを再現して放送することにしていた。番組のプロデューサーであるTBSラジオの鳥山穣・統括編集長にも、メモを取るために同席してもらう。だが、面会がどんな展開になるのか、その上で番組をどこに着地させればいいのか、皆目分からない状態だった。

朝8時半、私と鳥山さんは受付で植松被告に面会手続きをした。住所を書く欄には、面会相手に自分の住所を伝えるかどうか確認する項目があり、私たちは「伝えない」をチェックした。

電子機器をすべてロッカーに入れて金属探知機のチェックを経た後、塀に囲まれた敷地内の待合室へと向かった。空港の待合室のように、同じ向きに椅子が並んでいた。室内の掲示によると、面会時間は30分間。拘留されている人は、1日に1組しか面会は許されない。10分程度で、スピーカーから「第2面会室にお入りください」とアナウンスが流れた。面会室のある入り口のドアを開けると、真っ直ぐな廊下の右側にドアが10個以上ずらりと並んでいた。

私たちは、2つめのドアを開けた。中は、3人が椅子に座ればいっぱいになるほどの狭さ。アクリル板の向こうにも同じような部屋があり、すぐにドアが開いて彼が入ってきた。

「ご足労、ありがとうございます」と言って、彼は深く頭を下げた。

黒いダウンジャケットに、薄い紫のフリース。下は濃いグレーのスウェットパンツに、黒っぽいサンダルを履いていた。逮捕後伸ばしているという長い髪は後ろで束ねてあり、先の方だけに逮捕当時の金髪の色が残っていた。ひげはきれいに剃り、眉毛も整えている。彼の顔と私の顔の間は、80センチ程度しかない。狭い部屋には、こちら側に私たち2人、アクリル板の向こうには植松被告、そして立会人の刑務官が座った。

私は、「なぜ僕と会おうと思ったのです?」と聞いた。「神戸さんのように、重度の障害があるお子さんを持つ記者の方と会うのは、初めてなので」というのが返答だった。少し猫背で、色白。声はか細く、言葉遣いはとても丁寧で、そして少し笑みを浮かべていた。

「拘置所にいると、話し相手もいないでしょう?」と振ると、「その通りです」と言った。私は、事前に考えてきた文句を伝えた。

「せっかくなので、ケンカをするのではなくて、お互いに少しでも分かり合おうとしてみましょう。時に、あなたは嫌な思いもするかもしれませんが、それは私も同じなので、話してみましょう」

植松被告は「まったくです」と頷き、対話が始まった。

神戸 あなたは、「意思疎通ができない人」のことを、心を失っている人、「心失者」と呼んでいますが、具体的にどういう人を指しているのですか。
植松 名前と、年齢と、住所を言えない人です。

最初から、かなり驚いた。雑誌の手記などで、「『心失者は生きている意味がない』と思っている」と書いていた。その心失者かどうか、こんな単純な基準で区切っているのか。彼は、殺害したのは心失者だと言っていた。

神戸 事件の当日は真夜中で、みんな寝ていたでしょう。どうやって心失者かどうかを見分けたのですか?

植松 起こしました。「おはようございます」と答えられた人は、刺していません。

戦慄が走った。寝ぼけていた人は、殺されたのだ。しかし不思議と、恐怖は感じなかった。ただ、怒りがわいてきた。

神戸 私の子供は、はっきりとした言葉は話せないが、私は言っていることが大体分かります。

植松 恐縮なんですけど、「言っていることを親だけが分かる」というのは、意思疎通が取れているとは言えないです。

神戸 では、うちの子がもしやまゆり園に入所していたとしたら、殺す対象だったということですか?

植松 その時になってみないと分からないですね。

親の目の前でも、否定はしなかった。しかし、私が次のように言うと、一瞬ひるんだように見えた。

神戸 うちの子は、字は書けるんです。名前も年齢も、住所だって書けると思いますが、それでも殺すんですか。

植松 書くことができるんだったら、いいんじゃないすか。手話とか、しゃべれない人には方法があるんです。家族が擁護するのは、当たり前なんですよ。

返信に書いてきた言葉の恐ろしさとは違い、目の前の植松被告は、ひ弱に見えた。自分にしか通用しない論理で、犯罪を正当化しているのは、自分を守るためではないかとも感じられた。

神戸 誰でも、周りに迷惑をかけながら生きています。社会がそれは必要だと認めたら、お金をかけているんです。例えば、義務教育は税金で賄っているし、大学だって助成金を受けて運営されている。あなたも、大学には行ったでしょう。障害者福祉も、社会が認めてお金を使っているわけですよ。

植松 義務教育は、義務教育です。

神戸 生活保護も、同じだと思いますよ。

植松 ふざけていますよね。

神戸 あなたも一時は受けていたでしょう。

植松 そうですね。でも建前ですよ。だから、国が間違っているんです。民主主義なんてものは、お遊びなんですよ。

神戸 あなた自身にもコストが投入されているのですよ。

植松 それはそうだと思います。ただ私自身は、大それたものではないですし。でも障害者は間違っています。今後、人の役に立つことはできない。安楽死、尊厳死を考えるべきです。

神戸 それは間違っていると思いますね。

面会開始から15分、少しやり取りが激しくなったので、私は話題を変えた。

神戸 雑誌の手記を読んだんですけども、やまゆり園で誰かが亡くなった時に開く「プチ葬式」で、入所者が「おやつは?」と聞いたので、あなたは「ああ、人の感情を持たないんだな、と感じた」と書いていましたね。

植松 はい、「人の概念とかが分からない」というか。

神戸 自閉症などの発達障害のある人は、決まった時間に決まったことをすることで、自分を安定させている人も多いでしょう?いつも一緒にいた人がいなくなって悲しいと思っていたとしても、お葬式の時におやつの時間が来れば、「どうしたらいいんだろう?」と聞くことは、十分あると思いますよ。

植松 そうなのですかね。分かりません。

神戸 え?あなた、施設に勤めていたのに、本当に知らないんですか?

植松 そうなのかもしれないですけど。でも、人としての感情がないことは分かっています。家族がそう思おうと思えば、思えるんじゃないですかね。
神戸さんのおっしゃることは分かるけれど、他人に分からなければ、意味がないんです。コミュニケーションが取れているとか、そう思いたいのは、こちら側の意見です。

神戸 確固とした信念があってやったのですか?後悔はないのですか。

植松 反省する点はありますが、後悔ということではありません。

神戸 反省とは、安楽死させられなかったということ?

植松 そうです。

神戸 あなたは、かなり苦痛を与えたと思いますよ。

植松 痛みと苦痛を与えてしまったのかもしれません。

タイマーのアラームが鳴った。残り時間は5分だ。時間は限られている。

神戸 生と死を司るのは、神のやることなんじゃないんですか。あなたは神なのですか?

植松 そんなことは言っていません。恐縮ですよ。みんながもっとしっかり考えるべきなんです。考えないからやったんです。私は、気付いたから。

神戸 歴史学者も哲学者も世界史上にはたくさんいたのに、なぜ「あなただけが気付くことができる」んです?

植松 私はたまたま仕事をして、気付いてしまったので、仕方ないんです。

神戸 一体、いつからそんな風に思ったの?

植松 最近のことですよ。気付いたのは。1月くらいです。

2016年2月、植松被告は衆議院の議長に宛てて、犯行を予告する手紙を出している。そこには、「私は障害者総勢470人を抹殺することができます」「障害者は、不幸を作ることしかできません」と書かれていた。「気付いた」のはその1カ月前だという。思い付いてから、そんなに短期間で行動を始めたのか、と驚いた。

神戸 どうしてそんなに自信があるの?

植松 自信があるというか、「人間ではない」と確信を持ったんです。

神戸 あなたは一線を引いたのですか?

植松 そうです。

神戸 どうして、あなたが線を引く権利があるのですか?

植松 じゃあ、誰が決めればいいんですか?!気付いてしまったんだから。落とし物を拾ったら届ける、当たり前ですよね。それと同じような感覚ですよ。

神戸 それは間違っていますよ。

30分間の面会が終わった。殺人実行者と相対した恐怖感、取材を終えた高揚感とは、無縁だった。肩透かしにあった脱力感のようなものがあった。

印象は、ごくごく普通の青年だった。だが、かなり浅はかだと感じた。薄っぺらい知識で、重大なことを判断してしまっている。「なぜこの程度の考えでこんなことをしてしまったんだろう」という、疑問の方が先に立った。そして、こんな思い込みで命を奪われてしまった19人のことがとても切なく、かわいそうに思われた。

後編② 生産性の論理と〝時代の子〟 に続く…


かんべ・かねぶみ/1967年生まれ