2018/11/11 風をよむ「崩れゆく民主主義…」

殺人犯「警官は死んじまったぜ。脱獄してもっと殺してやるよ」…

「このような男を入国させたのは、民主党だ。」「民主党は、こんな連中を、さらにアメリカに入れようというのか?」

これは、アメリカの中間選挙期間中に流された、共和党のキャンペーン動画。不法入国した移民が警官を殺した事件を引き合いに、移民受け入れに寛容な民主党を非難したものです。

一方、こちらは、共和党が強い地盤を持つ、南部テキサス州で配られたビラ。トランプ大統領と、ナチスのヒトラーの共通点を並べ、「民主党に投票を」と訴えるものでした。

共和党・民主党双方の激しい中傷合戦にエスカレートした今回の選挙戦。これまでになく分断は根深いものとなったのです。

こうした争いが今後、アメリカの民主主義を崩壊に導く危機をはらんでいる、と指摘した本があります。アメリカでベストセラーになった『民主主義の死に方』。ハーバード大学の2人の政治学者による本です。

「政党の極端な二極化は政策の差を越えて、人種と文化の大きな対立にまで影響を及ぼしている。極端な二極化こそが“民主主義を殺す”ということだ」

著者は、現在の共和党と民主党の対立は、かつての保守・リベラルといったイデオロギー的なものではなく、異なる他者を根本的に否定するような、議論すらできないものに陥っているとしています。

ダニエル・ジブラッド教授(「民主主義の死に方」著者)
「ドナルド・トランプが、アメリカの苦境の原因なのではなく、むしろ彼は
その症状なのです。アメリカの深く根付いた政治システムの病理。二極化が壊す民主主義の危機は、ドナルド・トランプよりも深いところにあるのです」


そもそも「民主主義=デモクラシー」の語源は、ギリシア語の「デモス・民衆」と「クラシア・権力」が結合した言葉。国の政治は構成員である国民の意思に従うことを基本原則とし、その理念として、人間の自由や平等を重んじます。そして、選挙で選ばれた代表者らが議論を重ね、妥協を図りながら、最後は多数決で決することが求められるのです。

そうした「民主主義」を標榜し、自他共にリーダーであることを認めてきたのが、他ならぬアメリカです。

現在のアメリカにおける民主主義について、慶応大学の渡辺教授は…

渡辺靖教授(慶応大学・現代アメリカ研究) 
「最近アメリカについて語るということが難しくなっていて、つまりトランプ支持者のアメリカを語っているのか、あるいは、アンチトランプのアメリカなのかということを相当意識しなければならなくなってきている。実質的には、お互いの世界観が交わることのない、ほとんど2つの国に近い。その中で民意をどう形成していくのか、民主主義が実現できるかという、根本的なレベルで今、危機的な状況にあると思いますね」

そして今、アメリカでは、民主主義を脅かす、「議論すらできない」ような行為が横行しています。

選挙戦が熱を帯びた先月24日、オバマ前大統領や、クリントン元国務長官をはじめとした民主党関係者に、相次いで爆発物が送りつけられたことが判明。犯人は熱狂的なトランプ大統領の支持者とされました。

また、先月27日には、ユダヤ教の礼拝所で男が突然、銃を乱射。「すべてのユダヤ人は死ね」と叫んでいたとされ、いわゆるヘイトクライム、宗教や人種差別に基づく犯罪とみられています。

異なる意見の相手に対し「対話」ではなく、「暴力」に訴える、民主主義とは相容れない行為が横行する今のアメリカ。

さらに「議論すらできない」行為といえば…

記者「もう一問、質問させて下さい…」
トランプ大統領「もうたくさんだ、もういい。君は国民の敵だ」

  
7日、トランプ大統領は、自身に批判的な記者を、厳しく非難。記者は、ホワイトハウスへの出入りを禁じられました。CNNは「民主主義を脅かす、前代未聞の決定」と憤りの姿勢を見せたのです。

そしてネット上では、相手を徹底的に否定し、罵詈雑言を投げかける状況がエスカレート。互いを尊重しながら、議論を深めようといった姿勢は 見られません。こうした状況について、渡辺教授は…

渡辺靖教授(慶応大学・現代アメリカ研究) 
「権威によらずに市民が自由にものが言えて、そして自由な合議を通して 共通の解を求めていくということが、アメリカの民主主義を支えてきたと
思うんですけれども、トランプ大統領が出現したことによって、その底が
どんどん抜けていっている。中間選挙を見ますと選挙という制度を通して、むしろ国民の間の分断状況とか、憎悪感情というのは深まってしまう。それによって、民意の合意形成というのは、ますます難しくなってしまう、単に党派対立が強まった、分極化が強まったという事だけではない、もっと根が深い問題だと思います」

アメリカの民主主義はどこへ向かうのか。『民主主義の死に方』は、こう警鐘を鳴らします。

「今日の民主主義の後退は、選挙によって始まる―」

  

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