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福はうち、豆は口

年中行事の中でも節分がわりかし好きです。
子供のころは近所の神社の豆まきに欠かさず行ってました。

近所の神社の幼児園で育ったのですから勝手がよくわかります。
でも、一番前に陣取る勇気はないので、少し離れた端っこの碑がたってる前あたりにいつもいました。すると、檀上の大人の中にもそういう子供に気が付いてくれる人がいて、わざわざ「行くよ~」という様子を見せてこちらをめがけて投げてくれたものでした。

当時はまく量が多かったのか、受け取る人が少なかったのか豆まきの帰り道は皆それぞれ大なり、小なり、なにがしかを手に手に嬉しそうな笑顔で帰路へつくような感じでした。

「天神様の豆まき行ってこんなんもらえた。」「おじさんがね、こっちに投げてくれたんだよ~。」と炬燵に広げてみせると「優しい人がいてよかったねえ」と嬉しそうな母の顔が今でも目に浮かびます。私もいつか豆まく人(ミレーの絵のタイトルみたいですが)になりたい、端っこの子供に気が付ける優しい人になりたい、嬉しかった恩返しをしたいと長年あこがれていました。とうとう昨年、鎌倉は建長寺にて裃つけて檀上の人になってみました。今年はこの騒動で中止。今となっては頑張って参加しておいてよかったとしみじみ感じるいい思い出です。

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さて、神社での豆まき行事はだいたい明るい時間におわります。
暮れて今度は自分の家の豆まき。

スーパーで買ってきた豆に付録の紙でできた鬼の面。
マスに豆を入れておには~外、ふくは~うち、まめは~くち。

ばたばたと廊下をかけて、階段をあがってドアを開けしなにバラバラっと豆をまく。キャハハと笑ってまたバタバタと走る。

楽しい記憶のせいなのか、実家を出て一人暮らしをしてからも数年間、仕事の合間を縫って豆をまくためだけにでも必ず帰るようにしていました。節分は他の日と違って休みではないことが多くて、そのうちに仕事の都合がつけられなくなり、実家の豆まきは甥っ子の役割に変わりました。

私はというと仕事の都合で実家に帰れずとも会社でも自宅でもやはりなんだかんだと豆まきは欠かさず、やってきました。


今年は煎り豆も作ってみました。これが我が家の節分の定番になっていくのかしらと思いながら。

追記 今年の節分の2月2日はフランスのクレープの日(シャンデレール)なので恵方巻きはクレープにしてみました。

桑の木豆で作ったあんこをのせてこれから巻くところ。

パティシエの恵方巻きとか言っちゃう?もしかして商品化できるかもと想像して楽しくなったけど、来年はまた2月3日なのね。今から来年の節分の話、鬼も笑ってくれますように。



読んでいただきありがとうございます。 暮らしの中の一杯のお茶の時間のようになれたら…そんな気持ちで書いています。よろしくお願いいたします。