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努力は報われるのか?〜成長につながる問いかけコーチング#104

今日の問いは「努力は報われるのか?」です。あなたはどう思いますか?
最近、このような質問を受けることが多いです。面白いことに努力家の人からよく聞かれるんですね。「努力は本当に報われるんでしょうか」と。多分自分の努力を認めてもらいたい、背中を押してもらいたい意図が隠れているのでしょう。もしあなたが周囲の人にこの問いを投げかけられたら、なんと答えますか?

先日、人事界隈で大変有名な八木洋介さんとセッションする機会がありました。そのとき八木さんがこの問いに関してコメントしていたのですが、私が面白いと思ったのは八木さんが「わからない」と答えたことです。

確かにそうですよね。私もわかりません。「報われる」の定義も難しいですね。例えば「結果が出るかどうか」を報われる/報われないの基準にするとします。おそらく会社で結果を出すことといえば、昇進することとイコールだと思いますが、自分が努力したからといって必ずしも昇進するかというと、それはわからないですよね。それに結果はパイの取り合いでもあります。スポーツで言うと優勝するのは1チームだけですし、どんなに努力したとしても全員がハッピーになれるかは仕組み上わからないとしか言いようがありません。しかし八木さんはそれに付け加えて「努力しないものが報われることはない」と言い切ったのです。これも確かにそうだと思います。

一方で、偉大な人はよく「努力は必ず報われる」と言葉を残していますよね。最近では水泳の池江璃花子選手が病から復活し、オリンピックの日本代表メンバーに内定した際にこの言葉をコメントしていました。この言葉には説得力がありましたね。実際に彼女の努力は凄まじかったと思います。最後までに諦めずに、どんなに心の折れそうなときも前を向いてやり切った。だからこそ結果が出ました。

努力というのは人が決めることではなく自分で決めるものです。しかし、自分は努力していると思っていても、周りから見たらまだ足りないと言われることもあります。だから、この定義もとても難しいわけです。

私自身も自分の中で努力の定義づけを行なっています。どこまでやれば本当に努力したと言えるのかというガイドラインです。そして、少しずつその努力の基準を上げていきます。

同じように「報われる」の定義も自分の中で決めておかないといけません。報われたいという思いの結果を「勝ちたい」「偉くなりたい」と自分がコントロールできない範囲に置いているのなら、報われるかどうかはあまりに不確実です。

そもそも報われるとは何なのか。これは広い意味でいうと幸せになるということ。ではその幸せとは?これを自分でコントロールできる範囲で定義づけることが大事だと思います。そうすると最後はどれだけ考え抜けるか。考え抜くという努力を第一段階として定義づけてみてはいかがでしょうか。

努力は報われるのか。あなたはどう思いますか?ぜひこの問いについてじっくりと考えてみましょう。

※ 本記事は、中竹竜二Voicyチャンネル『成長につながる問いかけコーチング』より、内容を再編集し、記事化したものです。


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