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一年前、バチェロレッテで知った画家の杉田陽平さんを応援し続けて受けた影響と感じている魅力についてまとめてみた

あれから一年……。

何かの記念日というわけではないけれど、ターニングポイントというか大切な日や時期というものが人にはあると思います。私にとってのその一つは「バチェロレッテを初めて観た日」です。

昨年2020年10月9日からバチェロレッテの配信が開始されました。

私は、初回は見逃しました。見逃したというか、予告で拝見したバチェロレッテ福田萌子さんに少し強すぎる印象を持ち、観るかどうか迷っていたのです。

けれども、初回の配信の後、ネットに広がる反響を見て、気になってやっぱり観てみようと決めたのでした。

2回目の配信の10月16日の数日前に、初回に配信された1~4話を観て、あれ? 萌子さんって思ったより素敵な人なのかもしれないと思ったり、何より4話目で画家の杉田陽平さん、杉ちゃんに完全に気持ちを持っていかれてしまい沼にハマっていったのでした。

話が進むについて、杉ちゃんの魅力、そして萌子さんと杉ちゃんが紡ぎ出す世界観にどんどん惹きこまれ、最終話では一緒になって号泣しました。

番組を観た後、思いが溢れてしまって杉ちゃんにメッセージを送らせてもらったり、杉ちゃんの魅力について文章に書いたりラジオで話したりして、十二分に番組を味合わせてもらいました。

このように「バチェロレッテを初めて観た日」というのは、つまり「杉ちゃんに出逢った日」ということです。

バチェロレッテの杉ちゃんを応援し始めたはずでしたが、この一年間でいつの間にか「バチェロレッテで知った」画家の杉田陽平さんに惹かれていきました。応援していく中で、杉田陽平さんへの理解が少しずつ深まり、またアートへの興味が湧き上がっていきました。

そして今、私の「こうなんじゃないか?」という想像も含めてですが、一年前よりも杉ちゃんの魅力を発見できている気がしているのです。

また、杉ちゃんに出逢うことができて、とても大きな影響を受けました。
今まで気づけていなかったことに気づけたり、行動変容が起こったり、考え方が変わったりしたのです。

・杉ちゃんに対する印象の変化
・杉ちゃんから受けた影響

これらについて私が趣味で話しているラジオ「涙と笑顔のあいだRadio」の202回目と203回目に分けて話したのですが、文章としてもまとめておきたくて今書いています。

(ちなみに「杉ちゃん」と書いたり「杉田陽平さん」と書いたりと、混在していますが同一人物です。親しみと尊敬が私の中でも混在しているため、表記がまちまちになっております……。)

私は杉ちゃんについて、この一年間、このnoteで文章を書いたり、ラジオで語ったりしていたのですが、ラジオに関しては、4月までは毎日配信していて、その8割くらいが、杉ちゃんがいろいろな記事やメディアで話してくれたことを味わうという内容でした。

noteに書いた「わかんないけどわかんないなりに『杉ちゃんに惹かれる理由』を考えてみた」という記事は、当時杉ちゃんにシェアしていただいたおかげで、私が個人的に書いた記事の中で、私史上一番読まれた記事となりました。

それ以外にも、杉ちゃんにまつわる話や個展についてもたくさん書きました。心が動かされ、文章を書きたくて書きたくて仕方がなくなって、何かに突き動かされるようにそれらを書いたように記憶しています。

今感じている杉ちゃんの魅力と、一年前の杉ちゃんの印象を比べるために記事「わかんないけどわかんないなりに『杉ちゃんに惹かれる理由』を考えてみた」に書いた当時の杉ちゃんの印象についての部分を引用します。

私の杉ちゃんに対する今の感情を表すと「愛しさ」と「尊敬」だと思います。
だから、もしかすると「敬愛」なのかな。
敬愛を辞書で引いたら、「尊敬し親しみの気持ちを持つこと」とありました。
これに近いかも。

一つひとつの言葉にハッとさせられて、グッときます。
きっとこうだろう、を超えてくる魅力。

杉ちゃんは、ある意味、隙を感じさせてくれる。ちょっと不器用だったり、励ましたくなるようなもどかしいところとか。そういった部分に、人間としての親しみというか、自分と似ている部分を感じる。
一方で、へーそんなの考えつかなかった! というびっくりするようなことを言ったりやったりする。
そういう自分とは違うところは、できないなと思いながらも、本当は自分だけでは気づかなかったけど、心の底でやりたかったこととか、本当は思っていたことを見せてくれているのかなって。
だから、遠いようでとても近い、懐かしいような、それだよ、それみたいな。
忘れていたものを気づかせてもらって、嬉しくて、涙が止まらなくなるのかなって思いました。

杉ちゃんを見ていると、この世界が、思っている以上に、愛に満ち溢れているのかもしれないって思える。

杉田陽平さんという存在を知れて本当に良かったです。
いつか生で作品を見てみたいし、実際にお会いしてみたいです。
とはいえ、それはなかなか叶わないことかもしれません。
けれども、同じ時代に生まれ、同じ空の下で生きていることに感謝しています。

こんな風に書いていたんだなと、とても懐かしく思います。

杉ちゃんに対する感情を、一年前に「愛しさ」と「尊敬」と書いていたようですが、今も変わらず「尊敬」があります。そこに、さらに「親しみ」と「感謝」が加わりました。

一方で、すごく微妙なニュアンスなんですが、「愛しさ」は「愛」に変わった気がします。「弱いものに対して、慈しむ」という感じが一年前にはあった気がするんですが、今は「どんな杉ちゃんも広く深く大事にしたい気持ち」に変わった気がするのです。

人を応援する中で、つい「この部分、こうだったいいのに……」と勝手に理想をイメージしてしまうこともあるかと思うのですが、それは傲慢というか、本当に勝手なことだなと思い反省しました。その人のありのままを見守ることこそが応援なんだなと学ばせてもらったのも、杉ちゃんです。とはいえ、実際に、そんなに懐深い応援ができているのかというとあやしいけれど、ありのままを大事にしたいという気持ちは持っているので「愛」という表現にしておきたいと思います。

「いつか生で作品を見てみたいし、実際にお会いしてみたいです。とはいえ、それはなかなか叶わないことかもしれません。」と書いていたことに関しては、たまたま都内に住んでいることもあり、イベントや個展で実際にお会いすることができ、作品も直接見ることができました! 本当にありがたいなと思っています。

この文章を読み返すと、一年前に感じていた杉ちゃんの魅力は「自分の思いを真っ直ぐ、萌子さんに、花びらや月などの素敵な表現で伝えているところ」がまず一つあったと思います。

そして何よりも、杉ちゃんの姿を見せてもらっていると、自分にも、まだ未知の可能性があるんじゃないかと思わせてもらえたり、この世の中が愛に満ち溢れていて、美しいと思わせてもらえることだったなと改めて思い出しました。

それでは、この一年間、杉ちゃんのインタビュー記事やメディアでの発言、個展やいろいろなお仕事への取り組み方を見聞きさせてもらったり、また、直接お会いして話したことを振り返り、今、私が感じている杉ちゃんの魅力について書きたいと思います。

私は、杉ちゃんは、思ってた以上に強い人なんだと感じています。
強いと言っても何かに傷つかないというわけではなく、繊細さを持ちながら強い気がしています。
でも、ガッチリとした強さではなくて、優しさと柔らかさを持った強さしなやかに強い。動じないのではなく、揺れながら折れない。たとえころんでも立ち上がるといった強さです。

強さと言えば、すべてを曝け出す強さも感じます。一番印象的だったのは今年の1月30日にSBI ART AUCTIONのYouTube生配信をファンの人と一緒に見守るためにインスタライブをしてくれたことです。本当に知ってもらいたいこと、広めたいことのために、綺麗事じゃなく、本当だったら見せたくない姿かもしれないけれど、すべてを曝け出す強さ、カッコ良さを教えてれた杉ちゃんに感動し感謝したことを覚えています。

また感じているのは、自ら難しい道を選ぶ人でなのではないかなということです。
そして、その困難をつらいと感じるばかりではなく、荒波の波乗りを心の奥では楽しんでいるのではないかということです。苦悩を乗り越えるたびに、自らの魂というか、そういったものの彩りが増すことを知っていて、そのスリルを味わいたくて挑んでいる感じがするんです。

平穏よりも、心が沸き立つ方を好むというか、受け身のようで自分を持っているのではないかと。

そして、誰よりも自分を愛し信じていると思うんです。この愛というのは、必ずしも自分を大好きであるということではなくて、例えば自己を嫌悪することもあるかもしれないし、がっかりもすることもあるかもしれないけれど、それも愛すればこそであると感じています。

また、失敗しないということではなく、どんなことがあっても大丈夫という自分に対する信頼を持っている方なのではないかと思っています。

こうして見てくると、一年前と印象に変化があったといえばあったけれど、大きくは変わらないというか、知れば知るほど「人間だな」と思って親しみが増し、アーティストとしての取り組みとか生き方を見せてもらって尊敬が増している感じです。

次に、杉ちゃんに出逢えて、私自身が変わったことや行動したことについて書きたいと思います。

とても大きな行動変容としては、Raiotalkというアプリでラジオを始めたことです。4月5日の149回目までは毎日配信をしていました。話している内容は主に、杉ちゃんがいろいろな記事やメディアで語ってくれたことを味わいながら、感想を述べるというものでした。イベントや個展に行かせてもらった時のレポートなどをまとめて話すことがとても楽しかったです。ただ、毎日話すのが少し大変に感じられるようになってきたため不定期に変更したのですが、やめたくはなくて今も細々と続けています。(2021.10.22現在、203回配信)これからも杉ちゃんのことや、アートに関すること、「日々の暮らしの中で気づき」を時々話せたらいいなと思っています。

また、アートに関する本を読むようになりました。このラジオの174回目でも話しましたが、一番よく覚えているのが「13歳からのアート思考」という本です。それから、167回目で話した「現代アートを楽しむ人生を豊かに変える5つのドア」という本や、中野京子さんの「怖い絵 泣く女編」、中島健太さんの「完売画家、絵描きは食えないを変えたい」も読みました。それから漫画の「ブルーピリオド」も。雑誌「アートコレクターズ」で杉ちゃんについて書かれているものと、それ以外も気になる記事が載っていたのも読みました。

杉ちゃんがきっかけで、二次マーケットのSBIアートオークションを注目するようになりました。下見会に行ったり、ライブの映像をみたり、落札には至らなかったのですが、一度入札もしてみました。ただ見ているときと違ってすごくドキドキしました。

そして大切な思い出ですが、今年の元日に杉ちゃんの絵を購入させていただきました。ラジオの58回目でその時のことを話しているのですが、すごくありがたい経験をさせていただきました。ドローイングの水彩色鉛筆の蝶の作品なのですが、本当に気に入って、大事に飾らせてもらって癒しと元気をもらっています。

今までも展覧会とかは気になったらいっていたのですが、ここ10年くらいはあまりいっていなくて、それが再開した感じです。

杉ちゃんの作品を見せていただきに、ラフォーレ原宿の展示を見に行ったり、3月のアートフェア東京、7月、8月の東京大丸さんでの個展にも行きました。

杉ちゃんの本やグッズも購入させてもらいました。

それから、杉ちゃん以外のアーティストの方の作品もご縁があり購入させていただきました。そういった敷居が少し低くなったような気がします。

あとは思考というか思いの部分なんですが、杉ちゃんのお話を聞いて、アーティストの方の思いとか立場とか、その世界のことを考えるようになりました。感動をもらえる作品の背景には、アーティストの方がいるという当たり前だけど、今まで見えていなかったし、気づけていなかった世界を見せてもらった気がします。すごく遠い存在だったアーティストの方々が、とても身近に感じるというか、一人一人の人間なんだなってことをすごくリアルに感じられるようになりました。

絵画の見方が少し変わったことも大きな変化です。背景を考えるようになりました。それに、見方に正解はないと知り「好きとか嫌いという見方でまずはいいのかな?」と少し気が楽になりました。

今「わかっていないこと」に対する価値をすごく感じるようになったことも嬉しい気づきです。わかるまでのプロセスを楽しむチャンスであるという捉え方をするようになりました。

杉ちゃんを応援させてもらうようになり、杉ちゃんがいろいろなことに挑戦されているのを見せてもらって、一緒になってハラハラしたりドキドキしたりしています。またインタビューの記事やメディアのお話を聞いて、杉ちゃんやアートに関しての理解を深めたり共感したり、あるいは違うなと思ってそれを尊重したいと思ったりもしました。

そうした杉ちゃんの生き方や見せてもらえる作品たちを通して感情が揺さぶられ、その自分の感情の変化も目まぐるしいのですが、そこからの学びも多く、毎日の彩りが鮮やかに感じられ今を生きている感じがします。

「まとめてみた」と書きつつ、まとめきれないというか、もっともっと感じている魅力もあるし、受けた影響もあるんですよね。一年経ったから総括し、これで一段落しようと思ったのですが、文章を書いていたら、杉ちゃんから伝えてもらったアートに関することとか、生活にアートを取り入れたらこうなったとか、もっと具体的に書きたくなってしまいました。

なので、またときどき書くかもしれません。

杉ちゃんのファンにならせてもらって本当に良かったなと思って心から感謝しています。

これからも私なりに応援させてもらいたいと思っています。



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