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Vol.0 佐々木酒造店【不屈の蔵の物語】

佐々木酒造店は、1871年に、宮城県名取市の港町 閖上にて創業した酒蔵。
多くが地元消費される銘柄"宝船浪の音"を、代々 同じ場所で造ってきた。

2011年の東日本大震災の津波により蔵は全壊し、現在は日本で唯一の仮設蔵で酒造りを行っている。
今回は、南部杜氏の技を受け継いでいる佐々木淳平杜氏にお話しを伺った。

淳平杜氏は蔵元家系の方だが、学校を卒業したあと酒造りはせずに、夢を追いかけて上京していた。

そんな中、当時 蔵を仕切っていた父のステージ4のガンが発覚。

家のためにと、宮城に戻ってきた。
1998年、19歳のことである。

その後、酒造りのすべてを覚える前に、
製造責任者である杜氏に就任。

多くが手探り状態の中、
冬の間は休まることなく続く仕込みに追われていた。
更に、そこに追い打ちをかけたのが蔵の赤字。

来る日も来る日も酒を造れど、蔵は赤字から抜け出せず、
酒を造らない方が経営的には安定する可能性さえあった。

その事実が、どれだけ精神的な負担になったことか。
「いつも、辞めようかと考えていた」と振り返る。

そんなさなかに襲ってきたのが2011年3月の東日本大震災。

人的被害こそなかったものの蔵は全壊。当然、造りを続けられる状況ではなかった。

しかし、倒壊していた酒を貯蔵する蔵から、割れていない酒瓶が奇跡的に見つかった。

中身も検査したところ品質に問題なし。出荷することを決めた。

蔵人総出で泥の中から酒瓶をかき集め、運び、ひたすら洗ったという。

更には無事に残っていた貯蔵タンクも発見され、
仙台は森民酒造本家の協力により、瓶詰めを行うこともできた。

そうして"宝船浪の音"を震災後もなんとか繋ぎ、街ごと流されてしまった閖上を灯し続けた。

その後、淳平杜氏の兄 佐々木洋専務の
「絶対に復興する」という確信、覚悟によって、蔵を再建する方向に決まった。

しかしながら、国の復興計画により、すぐには閖上には戻れず、
名取市内に新たに建設された閖上復興工業団地に仮設の蔵を設けた。

仮設の蔵はお世辞にも環境が良いとは言えず、手狭であり、酒造りにとって重要な温度管理も容易ではない。
そのため、ちゃんと酒が醸せるか不安もあったようだ。

しかし、全国の酒蔵からの機械や設備等の支援によって勇気をもらい、
辞めようとさえ考えていた酒造りを再開できることに喜びも感じていたという。

そうして、ついに、2012年の冬に仮設蔵が建立。
最初の造りを終え、滴る透明な酒。
それを口に含んだ感動。

当時のことを話してくださったが、
その表情から、きっと杜氏ご本人でないとわからない、
心の動きがあったのだろうと感じた。

そして今。
ようやく閖上での再建に目処が立ち始めたものの、2018年も仮設蔵での酒造りは続く。

決して恵まれてはいない環境の中でも、
杜氏は「酒造りは正解がないけれど、これだ。と思ったことはやり抜きたい。妥協だけはしたくない」と語る。

閖上に"浪の音"が聞こえ続けるように、佐々木酒造店の不屈の物語は続く。

(2018年6月4日 取材・撮影 立川哲之)

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てっちゃん@全国酒蔵めぐり🍶

酒蔵の魅力を知り、未来に届けるため、日本酒を醸す全ての酒蔵を巡る旅をしています。 元蔵人。元酒販店員。

酒蔵の物語

「日本酒を醸す全ての蔵を巡る旅」にて出会った酒蔵のお話。 ひとつひとつの酒蔵の物語を、「人」に焦点を当てて、丁寧に紡ぎたいです。
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