サッカー×人生 Vol3 【Mr. Nakamura Satoru】

インタビュー企画の目的

1人1人のストーリーをサッカーへの熱い思いから紐解いていく。
ひたすらサッカーと自分の人生について熱く語ってもらう企画である。

今回はサッカー指導者の中村さん。電話にて1時間半ほどお話させていただきました。



プロフィール

中村サトルさん。
現在、26歳のサッカー指導者。
リヴァプールの大学を卒業。
主に海外でのサッカー指導。
また、語学力を活かして通訳もしている。

→写真(左)


虜になったジェラードのボレー


ーーーでは、よろしくお願いします。最初の質問ですが、サッカーはいつから始めたんですか?

高校からです!それまでは水泳やバスケをしていました。


ーーーそうだったんですか!小さい頃からではなかったんですね。サッカーを始めるきっかけって何だったんですか?

ちょうど中3のときに、(2005年の)クラブW杯で日本にリヴァプールが来てたんです!

で、リヴァプールの試合を見に行ったときに、
ジェラードのすごいボレーを見ました。。

それを見て、
『サッカーってかっこいい。。めっちゃ面白い』
って思いました。この経験をきっかけにサッカーを始めようと決めました!



海外への旅立ち


ーーー先ほど高校からオーストラリアへ行ったとおっしゃってましたが、オーストラリアへの留学を選んだ理由は何ですか?

元々は中学受験をしていたため、受験をしてまで行きたい高校が無かったのが大きな原因です。なので大学受験を帰国子女枠で受ければ楽だろうなという安易な考えと英語が話せれば将来役に立つという2つで留学に思い立ちました。


ーーーオーストラリアに留学してたときは選手としてだけ活動してたんですか?

そうです。今までサッカーのプレー経験が全く無かったので、オーストラリアでやってみようと思いチームに所属しました。
その後、カナダで一年間のワーキングホリデーをしてました。


ーーーカナダにも行ったんですね!カナダのワーホリでは何をしていたんですか?

カナダでは基本的にレストランで仕事をしながら日本人のサッカーチームに所属してプレーもしていました。その後はリヴァプールにある大学に進学しました。


ーーー学生のときはずっと海外なんですね。リヴァプール羨ましいです。大学はリヴァプール大学とは違いますか?

リヴァプール大学にはサッカー産業MBAという大学院のコースがありますが、僕の大学はリヴァプール・ジョン・ムーアという大学です。
僕はそこでScience and Footballというスポーツ科学でサッカーに特化した学部にいました。スポーツにおける心理面やフィジカル面について学んでいました。

このイギリスでの3年間でサッカーがより好きになりました!



*中村さんは帰国したのち、2015年にJフロンテッジというサッカースクールでアシスタントコーチをはじめたそうです。また、母校で外部指導もされて、その後中山にある長友サッカースクールで指導をされました。



再び海外へ


ーーーまた海外に行かれたんですが?

しばらく日本にいましたが2017年の夏からイタリアのミラノで語学学校に通いました。夕方はサッカーを教えていました。
イタリアの6部の男子チームです。
また、同時期に女子の2部のチーム(U-19)にも携わっていました。


ーーーミラノの語学学校を選んだ理由は何かあったんですか?

大学卒業後はまたヨーロッパに戻りたいという強い想いがありました。その中で日本人が比較的少ない場所、そして個人的には出生地ということでミラノで言葉とサッカーを学ぼうと思い、現地への留学をしました。


ーーーミラノで男子と女子チーム両方見てたと思いますが同時期ですか?

同時期ですが、男子チームは監督の解任に際し、それまで会長の介入が激しかったので、僕も同じタイミングでやめました。それは2,3ヶ月程度で、女子チームの方は滞在期間中ずっと関わってました。
最近ではシンガポールで3ヶ月くらい指導をしてました。



日本に対する違和感


ーーー日本での活動はあまり考えなかったんですか?

日本にいるつもりなかったです。指導者資格のB級のプロセスはちょっと変わってますよね。日本のサッカーは違うなという思いがありました。日本の指導の部分を含めて違和感はとてもありました。なので海外で指導をしたいと思っています。


*日本に対する違和感を相当感じていたと話す中村さん。中村さんには海外で活躍してほしいです!



サッカーの仕事にしようとおもった理由


ーーー指導者を目指した理由って何ですか?

高校からサッカーを始めてハマったものの、選手として生活していくのは厳しいと思いました。そこで指導者を始めようと思いました。
また選手として活動していた時期にはもっと良い指導者に出会えたらな、という思いもありました。

指導を通して感じたことが人生につながってくると理解し始めました。国ごとに言葉や環境は違うけれど、サッカーやってる人はみんな変わらない。サッカー選手はサッカー選手であると思いました。海外にいる中でよりこのように思いました。



海外でも日本人が受け入れてもらえる


ーーーリヴァプールにいるときはサッカーに関わっていたんですか?

リヴァプールの大学に在学していたときにイングランドプレミアリーグのエヴァートンでインターンをするチャンスを得ることができました。エヴァートンでは、試合の分析をしたり、ジムで子供達の体の動きをサポートしました。エヴァートンとは一年契約をして、給料もでました。

日本人ということもあり、受け入れてもらえるのか不安でしたがしっかりやっていれば国とか関係なく受け入れてもらえるんだと実感しました。

また、海外の子供たちの凄さにも驚きました。小学生だとしてもダービーマッチはとても熱い試合になります。


将来の目標


ーーー将来の目標を教えてください!

”ヨーロッパのトップで指導をして海外で実績を残したい”
です。
海外で成功した日本の指導者は少ないです。その問題の1つには語学力があると思います。私は英語ができてイタリア語もそれなりにできます。

海外のチームにはいろんな国の選手が入ってきます。多くの国の言葉が話せれば、選手とよりダイレクトに話せます。選手の母国語で話すと伝わりますもんね。


あなたにとってサッカーとは

ーーー中村さんにとってサッカーとはどんな存在か教えてください

”人生”です。サッカーは自分の人生とは切っても切り離せないです。
飽きやすい自分でもサッカーはずっと続いています。

ステージ変わるごとに様々なサッカーがあり、各ステージで本気でサッカーに向き合いました。

オーストラリアでは色々な国の人とサッカーをしました。カナダでは日本人とサッカーをしました。イギリスではエヴァートンでの経験等でサッカーの本場と向き合うことができました。

そして、日本に帰ってきて初めてサッカーを指導をする場を持ちました。その後、イタリアやシンガポールではチームを指導しました。今後もサッカーと向き合い続けます。これからのサッカーとの出会いがさらに楽しみです。


ーーー素敵ですね!今日はお忙しい中本当にありがとうございました。ぜひ今度お会いしましょう。

ぜひ!またよろしくお願いします!



最後に


今回でインタビュー企画は3回目になりました。
記事を書くまで少し時間がかかってしまいましたが、とても楽しかったです。インタビューは、まだまだ続けていきます!
中村さんが海外で活躍することを応援しています!
まだまだ多くの人のサッカーへの思いを聞きたいです。ぜひ、インタビューさせてください!!

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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【サッカー×人生】

サッカーという存在について熱く語るインタビューです。サッカーから一人一人のストーリーを紐どいていきます。
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