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「大阪人嫌い」な路上の似顔絵師に聞いた。「本当に絵で食べていけるの?」

東京・渋谷の繁華街で一杯やった帰り道、いつもある若者に目を奪われる。

路上で似顔絵を売るその男は、なぜか「大阪人嫌い」と書いた紙を掲げている。人相も穏やかでなく、側頭部にはタトゥー。近づきがたいことこの上ないが、酔った勢いで声をかけてみた。

だが、商売の邪魔をするわけにはいかない。似顔絵を描いてもらい、完成するまでのあいだインタビューに答えてもらうという自分ルールを課した。話を聞かせてくれたのは、似顔絵師のジョウさん(34歳)だ。

——ツッコミどころが多すぎて、何から聞けばいいのかわからなくなってるんですが、「大阪人嫌い」と書いているのは、なぜ?

「偏見かも知れないっていうか偏見なんですが、大阪の人ってしょっぱなから否定的なことを言うでしょ? あと、競争心がすごい。それが苦手なんで、あえて貼ってます」

——俺もこのあたりでよく1人飲んでるんで知ってるんですが、ジョウさん、つい先日まで「関西人嫌い」って貼ってましたよね?

「見てますね。実は僕、京都出身なんです。よく考えたら、『関西人』だと自分自身も含まれちゃうなと思って、書き換えました」

——笑った。

「路上で商売をしていると、時々、警察に通報されるんです。警官がやってきて『通報があった』と告げられると、その日は店じまいになる。誰が通報したのかまでは教えてもらえないんですが、僕は通りがかりの大阪人が怪しいとにらんでいます」

——だったら書かなきゃいいのに……。

「こういう性格なんです。どうしても言いたくなってしまう。だから、会社勤めが向いてなかったんでしょうね」

——単刀直入に聞きますが、似顔絵だけで食べていけるものなんですか?

「まあギリギリですけど、生活できています。妻と息子(1歳)もいますしね」

——ジョウさんの場合、似顔絵の値段を客が決めるシステムですよね。それでも稼げるということ?

「18時ごろから夜明けまで商売をした場合、だいたい10人弱のお客さんがつきます。1枚あたり1000円から2000円になるので、それなりに」

——なかにはケチな人もいます?

「ケチというか、絵に文句を言う人はいますね。『こんな絵、売れないよ』とか。そういうときはもう、お帰りいただくしかないんですけども」

——大阪人が怒鳴り込んでくることは?

「それはないですね。大阪の人が『なんで大阪が嫌いなん?』と聞いてくることはありますが」

——まあ、「否定的なことを言うから嫌いだ」って言われたら、否定するわけにいかないからなぁ……。

「僕にとって会社勤めは、“極刑”と同じこと」

——似顔絵師って、どうやってなるもんなんですか?

「僕の場合、10代後半で家を飛び出してダンプの運転手をしていたんですが、21歳のときにドイツを旅行したんです。そこで知り合った現地の女の子が、絵を描いて売っていた『あなたもやってみたら?』と言われて始めたのがきっかけです」

——あ、もしかしてそのとき知り合った女の子が、今の奥さんとか……。

「ちがいますね」

——すぐに描けたってことは、昔から絵を描いていた?

「物心ついたときから好きでしたね。子供の頃、銭湯に行くと、刺青の入った人がいっぱいいたんです。イカつい大人たちの背中に描かれた龍とか鳳凰とか仏様を見て、かっこいいなぁって憧れて。月岡芳年とか、速水御舟って知ってます?」

——生まれて初めて聞きました。

「2人とも日本画家なんですが、彼らの絵が好きなんです。だからベルリンでも、そういう日本的な絵を描いて売ったんです。それが楽しくて似顔絵も描くようになって、日本に帰ってからも描き続けて。気がついたら12年も経ってました

——会社勤めをしようと考えたことは?

「僕にとって、会社勤めは“極刑”と同じこと。ムリなんですよ。人に意見をしたくなって、反感を買ったり嫉妬されたりで、うまくいかない」

——でも、お客さんは会社勤めの人が多いんじゃ?

「そうですね。お客さんは女性がほとんど。描いているあいだは、話を聞いたり相談に乗ったりすることもあるんですが、ときどき『はっきりものを言い過ぎて、同僚から嫌われている』って悩んでいる人がいて、ああ俺と同じだって勝手に親近感を抱いてます」

——もし、ジョウさんの息子さんが「似顔絵で食べていきたい」って言いだしたら、どうします?

「止めはしないでしょうね。ただ、相当な覚悟が必要だぞ。きっちり腹をくくれ。家がなくなるかもしれない。苦しくても誰も助けてはくれないぞ。……と、そういう話はすると思います」

——うお。なんかダークサイドをかいま見た気が。

「良いこともあるんです。何年も前に描いたお客さんがまた来てくれて、『今も部屋に飾ってます』って言ってくれたり、スイスのベルンで描いたお客さんが僕のことを覚えていてくれて、観光で来日したとき『お前ベルンにいたやつだろ!』って話しかけてくれたりね。……というわけで、完成です」

——意外とはやい!(10数分)

(初出:聞いたろ。

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