見出し画像

AIMYON BUDOKAN -1995-

「2/18にあいみょんのライブにいこう」

2018年12月、自宅療養のため実家にいた彼からこんなラインが来なかったら私は昨日武道館にいなかった。
3月に大学院を卒業したら遠距離になる彼が、東京で私と一緒に行ける最後のライブかもしれない、一緒に行きたい、とかここまで私に"ワガママ"を言うのも駄々を捏ねるのも珍しかった。
昨日ライブが終わった後に、彼は一緒に来てくれてありがとうと言った。
それはこっちの台詞だ、馬鹿野郎。

某レンタルショップでバイトをしている私があいみょんを知ったのは、関ジャムの年末恒例の蔦屋さんともう1人が選ぶ来年このアーティストがくる、みたいなコーナーより少し前だったと思う。
YouTubeで自動再生してたら目に飛び込んできた"愛を伝えたいだとか"のMVの極彩色とハスキーでダウナーな、それでいて男心を歌う、定番の長髪のギター女子。最高に震えた。
関ジャムのを見て、やっぱりと思ったし、実際放映後は真っ赤なCDジャケットが印象的な『青春のエキサイトメント』のレンタル回転数が跳ね上がり在庫が追いつかない事態に。
今更かよ…とか世間に対して思いながらも、彼女の一種の脅威はとどまるところを知らない。
男目線の…と謳われるあいみょんだけれど、男目線だけでなく勿論"○○ちゃん"や"わかってない"などの女の子である私、の主張をした歌もある。ゴッホのことか、と思わせるような歌や生まれた意味、哲学的な歌もある。

"愛を伝えたいだとか"の世界観に圧倒された私は彼と行ったカラオケで何度も歌ったし、でも彼はなんとも思ってない感じでいつものようにNulbarichとかYogee New Wavesを歌っていた。
それが去年の10月くらいになって、たまたまバイト先での有線放送で流れてきた、確か"君はロックを聴かない"を耳にしたらしくてハマったと私に報告してきた。
ねえ、何度も歌ったよね?
ねえ、貴方絶対好きそうって思ってたよ?
なんて言葉を飲み込んで、笑いながらマイルドに言ったらそうっだったっけって。

冒頭に戻るが、そんなラインが来るまで私はあいみょんのライブになんて一生行くこともないだろうと思っていた。経験上、武道館クラスの人ともなればジャニーズやEXILE、福山雅治等々ファンクラブが絶対に存在するようなアーティストばかりでチケットなんて取れやしないと思っていた。
靖国神社の隣にある某女子校に6年間通っていた私は、九段下で武道館公演のある日は駅にアーティストグッズを持ったりTシャツを着たりして九段下のトイレに行列を作っているいかにもな来場者を見て今日は誰々のライブがあるね、なんて友達と話したくらいで、武道館が近くにあったからこそ足を運ばなかった。
実際武道館に初めて行ったのは、小学6年生の受験終わり、アヴリル・ラヴィーンの来日公演、当時はSNSもないので電話をひたすらかけまくって必死で掴んだ3階席。
それ以来。

午前の予定を終わらせたあとで昼に彼と合流し、開場時間までは久しぶりに何だかデートみたいなことをして、九段下には18時の10分前くらいに着いた。
これさえ着てればトレンドはOKみたいなボアジャケットを纏う羊だらけの都会、ストリートファッション、スニーカー、ワイドパンツ。どれをとってもあいみょんのライブに行きます!宣言をしている熱狂的なファン層、チケット譲ってなんて言ってるおっさん、聴きに来たんですという慎ましそうなおじさん。グッズを身に纏うことで一種のクラスタを形成しているようにも見える光景で、バンギャ上がりの私からすると貢げば貢ぐほどに私好きなの!を提示できるような気がしてなんかちょっと不思議な気分だった。数年前の私もそんなだったのに。
年齢層は幅広いものの、10代後半から20代前半が多く見受けられ、彼女のファッションスタイルを彷彿とさせるファンが多数。
あいみょんはファッションリーダーでもあり、カリスマ的存在なのが伺える。

そんなことは前置きとしてどうでもいいのだけれど、いつもライブで泣いて帰る私は、チケット先行予約の時彼に最後最後と半ば脅されていたこともあり嬉しくもこれが終われば東京で一緒にライブに行くことがもうないかもしれないと感じて複雑でもあった。
昨日のセットリストは

マリーゴールド
愛を伝えたいだとか
わかってない
満月の夜なら
風のささやき
恋をしたから
○○ちゃん
ハルノヒ(新曲)
貴方解剖純愛歌〜死ね〜
 休憩(○○ちゃんとのラジオ)
憧れてきたんだ
今夜このまま
二人の世界
どうせ死ぬなら
GOOD NIGHT BABY
いつまでも
生きていたんだよな
1995(新曲、書き下ろし)
君はロックを聴かない

登場したあいみょんは紅白の時のような格好で、歓声とあいみょんコールの嵐。
センターステージに置かれていた水とギター。
弾き語りにも関わらずこの熱狂と盛り上がり。
"マリーゴールド"から"愛を伝えたいだとか"、"わかってない"まで続け、3曲目で案の定泣いた。
これまで恋愛偏差値0だった女が彼氏にどうやって嫌われないようにしていたか、最初の3ヶ月や色々なことを思い出した。この曲はいつも私を振り返らせる。
丁度今日満月だが、昨日もほとんど満月で、"満月の夜なら"をセンタースポットで見事に演出も再現したステージ。360°回転のステージで幸運にも私たちのいた東ステージには"○○ちゃん"から"貴方解剖純恋歌〜死ね〜"まで正面を向いてくれた。
ただ、弾き語りであいみょんが座っているのにアリーナ席では座って聴く人があまりおらず、彼と少し苦笑しつつも周りの熱狂的なファン層の若さに圧された。
(西側を向いていた時のMCでは少し皆座り始めたけれど)

休憩後の後半戦で衣装を変えたあいみょんは、60's〜70'sを感じさせるTシャツにベルボトムのカラージーンズ。(あいみょん風に言えばジーパン)
一瞬ビートルズとかのメンバーを彷彿とさせるような出で立ちで、ギターを掻き鳴らして"憧れてきたんだ"を吐き出して後半戦!とエンジンブースト。
"二人の世界"では、やってみたかったと言う全員でのセッ○ス合唱。笑
クリープハイプか。笑
MCの自然体な彼女の関西弁が心地よくて面白くて、話だけ聞いてると本当に年相応なのに歌となると一気に顔と声が変わる。
何だよ、ギャップ萌えか?

途中「あー、間違えた!」と言っても手は止めずに自分でやり直すタイミングを計り、そこに持っていくために言葉を語ってそのまま歌へ繋げてしまうアドリブ力とセンス。
"生きていたんだよな"のアコースティック版を聞いていた時からもそうだったけれど、彼女の声に芯があるから、言葉が一人歩きしないギターがそっと自然と入り込んでくるこの滑り込ませ方って何なんだろう、カッコよすぎてずるい。

喜んだくせに来ない両親と笑いつつ、生まれてきたこと、そしてシンガーソングライターとしての自分、この武道館で歌うことを繋げた新曲"1995"。
生まれた時から泣くのを許してくれてありがとう、なんて言える23歳がどこにいるだろうか。
泣くことが弱いと思われるような世の中を風刺するような、泣いてもいいんだよと揶揄するようでいて、次のそれよりでかい声で歌うから、なんていかにも彼女らしい歌詞だった。
私だって泣いて、そしたらもっともっとでかい声出してやろうと思わされた。

初めてのことは色々やりたいと言うあいみょんの最後の曲はやっぱり"君はロックを聴かない"だった。
そしてそれを会場の1万4000千人で合唱。
最高かよ。
独り占めしな、と勧めたけれどやっぱりこの人なしには来れなかったから呼びたいとあいみょんがマネージャーを呼んで拍手喝采のうちに終演。
人への感謝というものは常に持っていたい。
私もそうだ。

終演後ごった返す会場で、隣の彼にありがとうと言った。
誘ってくれなかったら、あれだけ私と行きたいんだと言ってくれなかったら、多分行かなかった。
そして後悔していた。
見事に先行でアリーナ席を勝ち取った彼の運もすごい。
(私は落選した…)
彼は私に、一緒に来てくれてありがとうと言った。
今日15ヶ月の記念日となる私たちのデートには相応しい、いや、お腹いっぱい過ぎるディナーだった。

「頼むから最後なんて言うな、梅田でも心斎橋でも大阪城ホールでもライブ一緒に行こう」と頼んだ。
そしたら「東京ではね」と言って、最後じゃないかもと後から小さく付け加えた彼の腹に小さくグーをお見舞いしてやった。

去年からライブハウスへの復帰を徐々にしている私だけれど、案の定帰りの電車では人身事故ということもあって発作で死んだ。
今日は発作時に飲みすぎた薬のせいか頭痛もまだ残る。
発作を起こしてまでも聴きたい音楽が、一緒に聴きたい人が、一緒にいたい人がいて、それをまた音楽によって再確認させられた。

あいみょんのライブレポートを書こうと思ったら1曲1曲で書きたいことが多すぎてしまうから、ダメだ。
ただ、『瞬間的シックスセンス』がリリースされた時に見たインタビュー記事で彼女が言っていた「変わったねって言われて嬉しい」という言葉が斬新だった。
確かにインディーズからメジャーになって変わるアーティストもいる中で、変わったからと言って去るファンもいるだろう。
その中で、何かを変えたいと思ったからメジャー行ったんでしょ、変わって当たり前、とバッサリ切り捨てた彼女のスタンスが好きだ。

確かにあいみょんの数年前の楽曲と今の楽曲とはまたテイストが違う。
でもそれは彼女の成長の証でもあり、軌跡であり、それを見て私たちは何を思うのか。
末恐ろしい23歳の彼女の今後に期待して、今日は満月の夜を過ごす。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

あ…涙で画面が見えない…本当にありがとうございます…!
8

カタクラアヲイ

都内の大学院生(D1).専門:大正期のパッケージデザイン(デザイン史). フランス留学後のパニックと自律神経で通院3年目に軽度ASD宣告. 「紙箱」というパッケージデザインの変遷から近代日本社会を読み解くメディア論とデザイン史のハイブリッド研究.博士とって大学で研究したい…

NO REVIEW, NO OUR LIFE

勝手に寄稿コーナー イベント、ライブレポ、展覧会レポを記録していきます
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。