乳汁を好む老人―『北窻瑣談』巻之四より

近頃、京師に婦人の乳汁を好んで飲む老人がいる。初産の婦人の乳房が堅くて母乳の出がよくないのを、この老人が吸い出すと乳汁の道の通りがよくなるということで、新産の婦人は皆この老人を招いて乳房を吸い出させた。老人は日夜方々に招かれて乳汁のみを飲んで、他の飲食はしないという。

『五雑爼』(明の謝肇淛(1567-1624)の著作で天・地・人・物・事の五類に分けて異聞雑事を記した。十六巻から成る)に穣城に住む二四〇歳の老人が他の飲食を断ち、唯一乳汁のみを食用にして壮健であった、とある。

京師のこの老人も長寿を得るのだろうか。奇妙なことだ。

『北窻瑣談』巻之四より。原話は無題。「乳汁を好む老人」の題は須永朝彦編訳『江戸奇談怪談集』(ちくま学芸文庫)から。

『北窻瑣談』は江戸時代の儒医である橘南谿(春暉)(1753-1805)の随筆。成立は文政八年(1825)で三巻本、その後文政十二年(1829)に増補改訂された八巻本が刊行された。大石内蔵助の伏見鐘木町での逸話が載ることで有名だが、奇談怪談も多く収められている。

■参考文献
・橘春暉『北窻瑣談』有朋堂文庫 1917
・柴田宵曲『奇談異聞辞典』ちくま学芸文庫 2008
・須永朝彦『江戸奇談怪談集』ちくま学芸文庫 2012
・小曾戸洋「橘南谿」竹内誠、深井雅海編『日本近世人名辞典』吉川弘文館 2005
・有働裕「北窓瑣談」乾克己、小池正胤、志村有弘、高橋貢、鳥越文蔵編『日本伝奇伝説大事典』角川書店 1986

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