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NovelJam参加してきた記の9

「私小説を書いてみたいんです」と坂東さんはもう一度いった。「私小説ですか」「そうです」厳密な定義は知らないけれど、実体験をベースにした小説ということだろう。しかし、坂東太郎さんといえば、10年ごしの引きニートを辞めて外出すると、自宅ごと異世界に転移してたり、異世界で開拓民になったり、エルフに会ったりする作品を書いてきた人気作家さんだ。だから、この提案はかなり意外である。しかし油断してはいけない。世の中にはいろんな「私」がいる。もしかしたら、日常的にエルフが見えたり、しょっちゅう宇宙人と交信しているタイプの人かもしれない。目の前でうまそうに洋食弁当を食べる坂東さんは常識人そうに見えるけど、創作の世界には、そういう横尾忠則さん的な天才が何食わぬ顔で住んでいたりするものだ。だから、彼のいう「私小説」が、俗人の考える一般的な「私小説」と決めつけないほうがいい。

瞬時にそんなようなことを考え、慎重に尋ねてみた。「私小説にもいろいろありますけど、何かの体験を基に書かれるんですか?」たとえ坂東さんが「自宅ごと異世界に転移していたときの思い出話」を滔々と語り始めたとしても、笑顔で受け入れる覚悟はしていたつもりだ。サウイフ編集者ニワタシハナリタイという文字が脳内で点滅する。すると返答の代わりに「じつはちょっと用意してきたんです」坂東さんはカバンに手をのばした。取り出したのは、ゴブリンを倒したときの短槍ではなく、5つの短編ネタを記したプロットだった。異世界ファンタジーは1作のみ、もう1つ現代ホラーがあり、残りの3作は彼の体験や趣味をベースにした現代ものだった。「ああ、このへんは私小説っぽくなりそうですね」「もしよければそのへんで書いてみたいんです」「なるほど」「どうですか」「なるほど私小説。いいですね」

NovelJam(公式サイト) http://noveljam.strikingly.com/

(つづく カバーイラストふじさいっさ)

注:この連載記事は、古田靖の記憶に基いて書かれています。現実とは異なる部分があるかもしれませんが、古田の脳内現実ということでご容赦ください。

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