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「群れるな。」

「人は弱いから群れるのではない。

     群れるから弱くなるのだ。」

これは寺山修司が言っていた俺の好きな言葉。

でもかなり人の特性を突いている言葉だと思うな。

まだ25年しか人生を歩んできていないけど実感している。

なので、群れることの恐ろしさを書いてみた。


俺は群れることで

「盲目」

になってしまうことが一番恐ろしいことだと思っている。

それも自然と盲目になってしまうんだ。

同調圧力って言葉があるけど、

自分が感じれる同調圧力と、感じれずに自然と押しつぶされてしまう同調圧力があるから気を付けていないといけない。

そして群れると後者の同調圧力に負ける。

群れると他には一切目を向けずに今いる環境が全てといつの間にか思い込んでしまう。

百歩譲って今いる環境が最高で全てだとしても、

もっと色んな環境はあるのに、目を向けるという行為すらしないんだ。

多様性を受け入れることが現代では特に重要なあり方なのに

群れることで自然と排他的になってしまう。

排他的になって良いことがほどんどない事実は

日本の歴史、そして今の日本をみていればわかるでしょ。

多様性を受け入れて、自分の器を大きくしていかないと人生楽しくないでしょ。


次に恐ろしいことは

「マイナスの方向に引っ張られてしまう」

ということ。

人は環境が全てとよく聞くけど、本当にその通りだと思う。

できる環境に入ればできるようになるし、

できない環境に入ればできないようになってしまうんだ。

だから

「誰といるか」

が重要なんだ。

そして「誰といるか」ってことは

「誰といないか」

ってこと。

意外と「誰といないか」を意識してる人は少ないんじゃないかな。

できる環境にいても、できない奴がいるだけでマイナスな方向に引っ張られて、できる環境からそこそこできる環境というレベルに下がっちゃうんだ。

最初からできる人はいないから、できる環境に入ったばかりのできない人はしょうがないけど、

問題視しなきゃいけないのは慢性的にその環境にいて、その環境に甘えている奴だ

間違いなくそいつのマイナスに環境は引っ張られる。



そして3つ目の群れることの恐ろしさは

「安心」

してしまうことだ。

良い環境にいて技術を磨いて知識を広げて深めることは素晴らしいことだけど、

いつかはその環境から出るべきだ。

俺が良い環境に入る理由は、外に出て戦うため。

良い環境に入ったら、パワーアップして、外に出て戦うんだ。

極論、良い環境には出るために入るんだ。


だけど、せっかく良い環境に入ったのに気持ち良くなっているだけの人が多いなと感じる。

それは既に書いた「盲目」と多少内容は似ちゃうけど、

良い環境に入ったことで何故か「安心」するからだ。

(俺は良い環境に入っただけで安心する神経がわからない。)

当たり前だけど良い環境に入っただけで技術や知識、能力は上がらないでしょ。

結局、「やる」から身につくんだから。

良い環境に入っても、やらないとほとんど何も身につかないよ。

良い環境は「安心」させるためにあるんじゃない。

「成長」するためにあるんだよ。

良い環境があるってことは恵まれているってことなんだから、

入ったならとことん「やれ」。



ざっと群れることの恐ろしさを書いてみて、

改めて自分が群れていないか?は俯瞰できないとな。と思った。

そして、やっぱ寺山修司はかっこいいなと。

群れるなよ。ほんとにさ。


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クッソ大吉
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寺本 匠

《何者でもないけど、書くことを続けたら何になるか実験中。》 「テキトーにフラつく。」がモットー。 2019年3月19日から毎日1200文字以上note投稿開始。 インスタは読書メモとして→ https://www.instagram.com/teratakugram/

読書まとめ

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