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親にとって、いくつになっても子どもは子ども。されど・・・

実家にもどって親と同居をはじめて3週すぎました。
洗濯物はそれぞれで済ませています。

わたしは衣類が少なくなったので
毎日しないと足りません。
それにアレルギーへの対処として
合成洗剤ではなく、せっけん派です。
洗濯機も使わず、
手洗いで脱水機のみ利用します。
慣れれば、こちらの方が短時間でおわり
汚れ落ちも良いのです。

母は全自動洗濯機を使います。
容量が大きいので
洗濯物は数日分をためておきます。
そして普通の合成洗剤を使います。

お互いのこういうスタイルは
今のところ崩していません。

ですが先週、
わたしの衣類が足りない日がつづきました。
取りこみ忘れかと
テラスを見ましたが、ありません。
おかしいおかしい、と言っていましたら
家の裏側の干し場へ移動させたのを
母が忘れていたのです。
日向に回してくれたのですが
結局、雨天に干しっ放しで
湿っていました。

戸建住宅には、干せる場所が
いくつもあるんですね。
アパートや賃貸住宅ばかり住んだので
忘れていました。
日当たりの良い所へ回す
なんて発想も忘れていました。

ありがた迷惑な配慮だと思いました。

今の時期の洗濯物は
そんなに太陽を追いかけなくても
気温と風で、結構かわきます。
賃貸暮らしなら一ヶ所きりの干し場で
やってこれたのです。
雨よけ屋根のあるテラスで充分。
必要なら自分で移動させます。
今さら親にそんな世話を
してもらいたいと思いません。
勝手にそんなことしてくれたために
着る物が行方不明になって
かわいたはずのモノが、かわかなくて。

こういうときは
ちょっと腹立たしいです。

母にとって、家族のための手間は正義。
その行動は、愛なのでしょう、たぶん。

けれども、そもそも家事って
そんなに手間をかけないと
いけないんでしょうか?
もっと手をぬいては
イケナイんでしょうか?

愛情の方向性に
首をかしげているわたしは
冷淡な子どもかもしれません・・・。

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