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第4話 名前の無い子

多重人格。今は、解離性同一性障害という。

多重人格の人と付き合ったことはある人は手を挙げて。その人には、いくつ人格があった?

僕の相方さんには、人格が20以上ある。実際は、いくつあるかわからない。一瞬だけ登場したものはカウントできないし、人格と呼べないものもあるから。

今回は、名前の無い子の話。

名前の無い子

ソラ(第2話参照)との事件があって2週間ほどたった頃のこと。いつものようにいきつけのカフェに行ったら、相方さん(当時はまだ相方さんではない)がいた。瞬間的に恐ろしい記憶が呼び起こされて警戒する。

…落ち着け。私はただの客だ。あの人もただの客だ。たまたま同じ店に来ているが、本来ならばまったく接点がないはずだ。

「こちらへどうぞ♡」

私の考えなどそっちのけで、オーナーが相席をうながしてくれた。ほかの席が空いているというのにもかかわらずだ。この人は一体何を考えているのだろうか。

断るのも失礼かと思い、その人の正面に座る。

「こんにちは。」

挨拶してみる。

「こんにちは。」

普通に挨拶を返してくれた。2週間前のことなどまったく覚えてないかのように。少しくらい覚えてくれていてもいいんだぞ。ついでに、少しくらい謝罪してくれてもいいんだぞ。

しかし、正直なところ、気まずいよりはずっとマシだ。何もなかったことにされるのも悪くない。雑談に花を咲かせることにした。

どんな話をしたかは覚えていない。よく絵を描くらしいので、絵の話をしただろうか。30分くらい話したら、私の目の前でうとうとし始めた。

…まずい。

名前を呼んでみるが、反応がない。

もう手遅れか…。せめて、暴れない人格でありますように。

私の祈りは届いただろうか。ドキドキしながら、ソファーにもたれかかった人が起きるのを待つ。

ゆっくりと起きる。さあ、誰だろうか。こちらは覚悟を決めたぞ。

「…誰?」

私の目の前に座っている人は、私が言おうとした言葉を先に言った。どうやら初めて会う人のようだ。私の名前を告げてから、名前を尋ねる。

「名前? 無いよ」

ああ、そうか。名前が無いパターンもあるのか。そういえば、「ソラ」や「ハナエ」という名前はカフェのオーナーが付けたと聞いたことがある。名前が無いとなると、何と呼べばいいのだろうか。

「好きなこととかある?」

どんなふうに呼ぶか考えるのはやめた。とりあえず、目の前の子と話すことにしよう。どうやら初めて登場した人格のようなので、きっと様子もわからなくて不安に違いない。

「算数」

どんな遊びが出てくるかと思ったら、遊びじゃなかった。

「計算とか、そういうの?」

「そう」

そういえば私も、算数が好きだったな。小学校に入る前までは、計算ドリルが趣味だった。ひょっとしたら、気が合うかもしれない。

しばらくして、主人格に戻った。名前の無い子になっていたことを伝えると、

「最初は名前ないんだよね」

と、言っていた。今度会ったら、私が名前を付けることにしよう。小さな頃の記憶を持っていたように感じられるから、「ちぃちゃん」というのはどうかな。

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