【参拝三昧】盛岡市 お盆明けの古刹を巡る
去る8月17日。
盆明け早々に、盛岡市へ向かうことになりました。
この ” なりました ” という文末からして ” 観光じゃない ” のは一目瞭然。
まぁ、” 僕の盛岡行き ” は、殆どが ” そんな感じ ” だったりして。
でも、此度は少しばかり違うのです。
それは ” 家族サービスとの合わせ技一本 ” を目論み、振替休暇中の嫁さんと夏休み中の次男坊(受験勉強の息抜き)を伴った点にあります 。
そのようなわけで、日帰り突貫ドライブの最後に参拝した盛岡市の古刹について綴らしていただきましょう。
1:6行でこと足りる序盤の話
不安定な天候の中、雨の間隙を縫って無事にスケジュールをこなし、岩手大学のキャンパスで家族と合流。そして、大通り商店街にある地元色の濃い庶民的なレストランで昼食をとった後、ショッピングを挟みつつ街中を闊歩。然らば、岩手県知事選の取材をしていた地元TVの街頭インタビューを受けそうになるも「仙台市民なので」と苦笑いでかわしつつ、最後に ” 僕のお気に入りの場所 ” を巡ることにしたのでした …… って、この日の4時間分の行動を著すのに、正味5,6行で足りるとは … 。
2:五百羅漢に会いに行く
それでは、気を取り直して本題に入って参りましょう。
開口一番は、僕が ” 盛岡のワンダーランド ” と勝手に命名している曹洞宗の古刹 瑞鳩峰山 報恩寺 を参拝することにしました。
到着して早々に、初見参の家族を圧倒したのは、豪壮な造りを誇る山門(上写真)です。
この山門は、昭和53年築と比較的新しいのですが、東北に散在する仏閣(ここでは寺院を構成する建築物の総称とする)の中にあっては、完成度の高い山門(三門)だと言えるでしょう。
緑濃い丘陵の縁で、威風堂々と立ちはだかるこの山門を眺めていると、三戸から当地に移転されてから四百年以上もの間、それもバイパス(国道4号線)が敷設され、愛宕山の裾を分断するに至ってもなお、報恩寺が「 山と人の世を隔てる結界」の役割を果たしているという現在進行形の事実に胸を熱くしてしまうのです。
それでは、歩みを進めましょう。
吸い込まれるように山門をくぐると、中門(かつての山門)の向こうに白壁が美しい本堂(下写真)が見えてきます。
そして、中門まで歩いてくると、木立の合間から漆喰塗りの土蔵(上写真)が目に入ることでしょう。これが羅漢堂です。
私たちが近づいていくと、本堂から家族連れの参拝客が出てきました。
その途端、境内に子ども達の元気な声が響き渡りました。
お寺と子どもって親和性が高いし、何となく夏休みっぽい感じもしてイイですよね。自然とこちらも笑顔になります。
向拝から土間へ降りる階段の最上段に腰掛けていた老婦人が「あぁ~ここなら何時まででも座ってられるわい。」と大きな声で呟きました。
禅宗の寺院が備えている簡素な佇まいは、僕にとっても好ましく、時間に余裕がある時は、遠慮なく長居させて頂いております。
故に、彼女の頓着なきセリフに笑いを堪えつつ「その気持ち、とっても分かりますよ。」と同意の念を込めて会釈を交わしたのでした。
おっと、話が大きく逸れる前に、先を急ぎましょうね。
僕達家族も、順に習い本堂(撮影厳禁)に手を合わせてから、羅漢堂(撮影可)を参拝するために受付を済ませました。
さぁ、いよいよ羅漢堂です。仔細を知らせずに連れてきた家族の反応はこれ如何に?!(正直、戦々恐々なのでした。)
羅漢堂の中は、土蔵造りだけあって独特の空気を感じるわけですが、そこに台風7号の影響が加わり、南からの湿った風が吹き込んできたことから、堂内は容赦ない暑さと湿気が充満していました。
その蒸し暑い空気と薄暗さの中に、京都の 駒野丹下 他9名の仏師(享保年間)が造像した五百羅漢(寄木造り・漆仕上げ)が、今日も今日とて鎮座しておられると … 。
何の因果か、こんな夫・父親を持ってしまった嫁さんと次男坊ですから、社寺仏閣の類に慣れていないわけがありません。がしかし、羅漢堂に入った瞬間、一瞬「オッ!」と声を上げていました。
暫くしてから「怖くはないでしょ?」と聞いてみると、両人共に「全然、怖くない。不思議と落ち着く。」と答えてくれました。二人の肯定的なレスポンスを聞いて、ちょっと嬉しくなってしまった親父です。
当然のことながら、悟りの境地に至った羅漢様の顔は表情豊かで、風貌や姿勢は勿論のこと、視線の先も異なります。
自分なりに解釈すれば、多様という世界観を具現化しておられると。
そんな羅漢様に囲まれて過ごす時間は、厳かではあるものの、心地悪いものではありません。四方八方から品定めをされているような、はたまた見透かされているような ” 居心地の悪い視線 ” を感じることは無いはずです。
中には、マルコ・ポーロやフビライ・ハンを模したとされる羅漢様も座っておられるので、彼らを探しながら参拝するのも一興でしょう。
因みに、僕のお気に入りは下画像の羅漢様です。こちらの羅漢様を見ていると、些末なことに捉われる自分が馬鹿らしくなってきます。
そんなこんなで、参拝を終えて本堂から外に出ると、雨がポツリポツリと落ちてきたと思いきや、音を立てて降り出すといった始末。
傘を片手に地図を眺めていた嫁さんが「” 鬼の手形 ”って、この近くにあるの?」と聞いてきたので、「あそこは駐車スペースがないんだよなぁ…。でも、ここから歩いて10分もかからないから、濡れる覚悟で行ってみる?」と不穏含みなトーンで返事をしたら、速攻で断念してくれました(安堵)。
そのようなわけで、帰路の荒天を懸念した僕たちは、報恩寺の参拝をもって盛岡を離れることに決めたのですが、いざ車を走らせると直ぐに天気が回復してきたので、最後に1箇所だけ寄り道することにしました。
2:盛岡八幡宮は幸せに満ちていた
行き先を知らぬ家族を乗せた車は、報恩寺から10分余りで盛岡八幡宮の駐車場に到着しました。
夕暮れにはまだ早い時刻でしたが、不安定な空模様のせいで、いつもなら快闊な境内も薄暗く感じられました。
それでも、盛岡八幡宮の恒例 花手水(ヘッダー画像)が、重苦しい曇天に彩を加えていたように思います。
幅の広い石張りの階段を昇って本殿の前まで行くと、おめでたい光景が目に入ってきました。
そう、結婚式です!
端から見ているだけでも幸せな気分になりますね。嫁さんも、思いがけない場面に遭遇して喜んでいました。よかった、よかった。
実は、盛岡八幡宮で結婚式の場面に出くわすのは初めてではありません。と云うか、かなりの高確率で遭遇しています。
推測するに、神社さん側の営業が功を奏しているのか、はたまた盛岡市の界隈に暮らす若人たちの間で神前結婚式が流行っているのか … 。真相は定かではありませんが、盛岡市民でもないオブザーバーのオジサンが ” 高確率 ” を捻り出す理由を挙げるとすれば、大方そんなところではなかろうかと。
いずれにしても、白無垢の新婦に紋付羽織袴の新郎が寄り添う姿を見るのは喜ばしいものです。加えて、不意の雨に衣装を濡らすまいと甲斐々しく動き回るスタッフさん達の姿もまた、晴々しい気分にさせてくれました。
空は曇天なれど、気分は快晴 … 。
雲の合間から透けて見える晩夏の青空に、ご両人の多幸を切に祈念する伝吉一家なのでした。
といったわけで、家族全員、ほんわか気分で帰路につくことができましたとさ … 。(帰路の道中、強雨に翻弄されましたけどね。)
お後がよろしいようです。
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