捻れた糸

空を見上げ、
大きく息を吸い込む。
静かに目を瞑り、
風の音に耳をすます。

小高い山の上にある
小さな施設。

閑静というと聞こえはよいが
施設の周りには何もなく、
ただ退屈な場所だった。

入居者たちはみな、
各々に残された時間を
持て余していた。

施設の外にある
いまにも崩れそうな木のベンチ。
わたしは一人そこに座り、
幸いにもまだはっきりとした頭の中で
思考を巡らしていた。

50歳の頃、
突然の病に襲われた。
必死で積み上げて来たものは
音を立てて崩れ去っていった。

幸か不幸か、一命はとりとめたが、
長期の入院で社会を離れていた人間に
与えられる仕事など
残されてはいなかった。

人間の仕事の大半は
人工知能と機械に奪われ、
多くの人々が職を失っていた。

度重なる自然災害と
年々深刻さを増してゆく不況。
街は、行き場の無い
失業者と高齢者で溢れかえっていた。

若者の多くは
早々とこの国に見切りをつけ、
海外へと渡っていった。
わたしの息子もその一人だ。

主人はわたしが闘病中に亡くなり、
主人が残してくれた僅かな遺産は
治療費と入院費に消え、
ほとんど残ることはなかった。

退院後は
若い頃に必死で働いて貯めたお金で
何とかやりくりをしていたが、
日々の生活費と医療費で
その貯金もあっという間に底をついた。

国の年金制度は
わたしが55歳になった年に破綻した。
若い頃に冗談まじりで話していたことが、
予想を遥かに越える早さで
現実となったのだ。

その代わりに
ある制度が発足した。

「積極安楽死優遇制度」

65歳での安楽死を希望した国民には、
60歳から65歳までの間、
生活費、医療費、施設への入居が
保証されるというものだ。

要するに、
自分の命と引き換えに
お金を得るということ。

わたしは
この制度が開始されてすぐに
申請を行うため、役所に向かった。
仕事にも就けず、
明日の生活すらままならない人間に
選択の余地など無かった。

「積極安楽死優遇制度」は
世間からは強烈な反発を受ける一方で
施行されて2ヶ月後には、申請者数が
国が用意した施設の許容人数を大幅に超え、
施設への入居資格は抽選となっていた。

申請から1ヶ月後、
資格取得通知が届いた時には、
涙が溢れて止まらなかった。

自分の余命が決められた
悲しみからではない。

これでもう、
誰にも迷惑をかけずに済む。
死ぬまでお金の心配を
しなくて済む。
その安堵の気持ちの方が
はるかに大きかった。

こうして、わたしは
自分の命と引き換えに
最期の居場所を得た。

静かに目を開くと、
空は重い雲に包まれていた。
風も少し強くなって来た。
今夜は雨が降るだろうか。

わたしは
生きるために
死を選んだ。

こんな人生の終わりを
誰が予想し得ただろう。

やりたいことが沢山あった。
行きたい場所も山程あった。

わたしは何の為にそれらを
我慢してきたのだろう。

少しでいい。
自分の為に生きてみたかった。

わたしはもう一度
大きく息を吸い込んだ。
胸の傷跡が少し痛んだ。

残された時間はあと2年。
明日も明後日も
雨の日も風の日も
わたしはこの木のベンチに座り、
人生の意味を問いかけるだろう。

人は何かを失って初めて
自らの過ちに気づく。

わたしたちは大きな過ちを犯した。
その報いを受ける時が来たのだ。
一度、捻れた糸は
もう元には戻らない。

父さん、母さん、あなた。
もうすぐそちらに行きます。

早く来すぎだなんて、
どうか、怒らないで。



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ten.

コメント10件

次のテーマ。「パン」「ネコ」「宇宙人」…楽しくなりそうなのある?他に希望があればー!
宇宙人にしましょうww
闇堕ちした状態で、宇宙人についてどこまで書けるか挑戦してみますー。笑
👽✨
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