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コウノトリの住む村に

北イタリアのコウノトリが住む村の農場で、アグリツーリズモ体験。
自然の中にすっぽりと包まれて、お腹も心もこれ以上満たされることはないほど一杯になる。


5月のとある日、我々の車は北イタリアはフリウリ州のウーディネ郊外の
田舎道を走っていた。
我々というのは、例によってアントネッラとダニエルのカップル、キアラとエマニエル夫婦と子供たち、そして私たち夫婦といういつものメンバー。
目指すのは、FAGAGNA(ファガーニャ)にあるファットリア、そのまま
訳せば「農場」だけれど、つまりは併設のレストランで食事もできる
アグリツーリズモの民宿のことだ。
アグリツーリズモというのは、アグリツーリズモ協会なるものによる認可制で、農家(あるいは収入の半分以上を農業で生計を立てている兼業農家)が経営する宿泊施設や飲食施設のことであり、従業員数やその規模など一定の規準をクリアしていなければその呼称を名乗ることはできない。

こういったアグリツーリズモの宿は、イタリアの郊外に行けばどこにでも
あるが、今日行くところは例によって仕切り屋のキアラが強力にオススメ
する折り紙つきのところなのだ。

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ウーディネの町を出発してから西日のさす埃っぽい道を走ること数十分。
なかなかそれらしき場所は現れない。どうなるのかなあ、と思ったところで何の変哲もない村はずれで車が止まった。
車を降りたキアラが指さす方向をみると、電信柱の上に丸いモサモサした
オブジェのようなものが乗っかっている。
よく見ればそれはなんと大きな鳥の巣!であった。
驚いて辺りを見回すと、同じようなものが道筋のあちこちに点在している
ではないか。その巢の主はCICOGNA=コウノトリだった。
この村一帯はコウノトリの保護地区なのだそうだ。

ふつうに人々が暮らしている頭上にコウノトリが巣を作り、道路脇の野原では呑気にひょこひょこ歩いている。なんとも牧歌的というか、嘘みたいに
のどかな眺めだ。

そして、このコウノトリの住む村の一画に超弩級のアグリツーリズモ農家「CASALE CJANOR」=カサーレ・チャノル(チャノルとは、スロヴェニアに近いこの地方特有のイタリア語らしからぬ名前)はあった。
飾り気のない門を通ると、中庭のようなスペースを囲んで長屋風の建物が
並んでいる。勝手を知るキアラ一家に従って奥へすすんでいくと、長屋と思ったのはすべて家畜小屋で、さらには池と大きな鳥のケージもある。
家畜といっても、鶏や牛や豚といった穏当なメンツだけでなく、ウズラ、鴨にガチョウにアヒル、鳩に七面鳥にウサギ、山羊にヒツジ、馬はもちろん
ロバもいるし、なんと白鳥や孔雀もそこらを歩いている。
まるでちょっとした動物園みたい。しかしながら動物園でないことは後でしっかり明らかになる。
つまり、ここの動物たちは皆食用、もしくは卵やミルクを採るために飼われているのだ。

大きな民家を改造したオステリアの前には葡萄棚があり、その向こうにはOCA=ガチョウ専用(フォアグラのためと思われる)の池があり、さらには果樹園と野菜畑が広がっている。
要するに肉や卵や乳製品、野菜に果物、ワインなど、ほぼすべての食材を
自給自足しているというわけだ。
今までも何度かアグリツーリズモの農場に行ったことはあるが、ここまでの規模で徹底しているのははじめて。
さすが肉食文化の国だけのことはあり、肉とその加工品の充実っぷりは半端でなく、さながらヨーロッパの食物史と食物図鑑をリアルに目撃しているような感じだ。
足りないものといったら、野禽ジビエの類いだが、これも秋の狩猟解禁の
季節になれば、山に撃ちに行くのだそうだ。
まさにおそるべし!そして一体どんなものを食べることになるのか、自ずと期待は高まっていく。

家屋の中に入るとゆったり広々した造りで、壁には銅鍋や調理道具や絵皿が飾られ、がっしりしたテーブルが並ぶ素朴な農家の台所そのままの雰囲気。一応メニューが出されるものの、詳しい説明や本日のスペチャリテについては、例によってすべて口頭。いかにも農家の嫁という感じのシニョーラが
てきぱきと応対してくれる。
やはり肉料理が中心で、見慣れない食材の名前を見つけると、さっきの家畜小屋の面々が頭をよぎる。
さすがは自給自足の農園だけあって内臓料理や保存肉、ほほ肉や雑肉等を
余すところなく使ったサラミやサルシッチャ(ソーセージ)類、
コッパ・ディ・テスタにムゼット(頭や頬肉などで作るソーセージ)、
パテ類も充実している。

部位によってサラミやパテに加工し、内臓はもちろん頭から足の先に至る
まで丸ごとすべてを食べ尽くすわけだ。
イタリアでも馬肉専門の肉屋はあるので馬肉料理には驚かないが、ロバも
食べるとはじめて知る。馬肉同様、コンビーフに似た加工肉=スフィラッチャートやサラミが一般的だとか。

さて、店のおすすめはやっぱり自家製サラミやプロシュット、ラルド
(豚の脂を塩漬け加工した、プロシュットの脂の部分だけのようなもの)等の盛り合わせ。
まずはそのすすめに従うことにし、地酒のヴィーノを選ぶ。自慢のサラミ盛り合わせと同時に運ばれてきたのは、木のプレートに
乗った様々なフォルマッジオ(チーズ)で、それぞれに合わせた果実の
ジャムや蜂蜜が小さなガラスの器に入れて添えられている。
もちろんすべてが農園の自家製である。もうひとつのプレートには数種の
スパイスを加えて煮詰めた野菜のコンフィに薄切りのトーストパンを添えたもの。カレーの薬味のチャツネみたいなスパイシーで甘酸っぱい味わいは、ヴィーノのアテとしては絶好だ。

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ここで食べ過ぎちゃいけないなと思いながらもつい後をひき、案の定プリモやセコンドに辿り着く前のこの3つのプレートでかなり満足してしまった。といっても、次の料理への好奇心も捨て難い。
食べきれそうもないので、残念ではあるが、パスタやスープ類にあたる
第一の皿(プリモピアット
)は諦め主菜である第二の皿(セコンドピアット)に期待を込め、私は豚肉のロースト、イサオ君は豆と内臓の煮込み料理に挑戦することにした。
どちらも野菜のつけあわせとお約束のポレンタがついて、ボリュームも
超弩級。シンプルに素材の持ち味と野趣を残した料理は、様々なスパイスやフレッシュハーブ、それに果実をふんだんに使ってあるのが特徴的だった。
肉料理にスパイスや果実をたくさん使うのは、古典的な料理法の名残と
思われ、これもイタリア料理の歴史を俯瞰するようで、とても興味深い。


驚いたのは、農場レストランの質実剛健な見かけによらず、
テーブルセッティングをはじめ、料理の盛りつけ等のプレゼンテーションが素晴らしく洗練されてエレガンテだったこと。
ヴィーノのグラスはビアンコとロッソともにぴかぴかに磨き上げられた
ぼんぼり型のもの、洗いたてのリネンの上に純白の皿とカトラリーが
セッティングされている。そこへざっくりとした木のプレートや
使い込まれた鉢などを組み合わせて、適度に素朴さを演出するアレンジは
家でもすぐに真似してみたいものだ。

もうひとつ驚いたのは、食後にヴィーノ・ロッソのソルベと果実酒の
ディジェスティーヴォなどあれこれしっかり楽しんだにもかかわらず、
お代の方はワリカンでひとり頭(イタリアでもアラ・テスタという)たったの23エウロ、約3000円足らずだったこと。これもほとんどの食材を自家製で調達する農園ならではのなせる技なのかもしれない。

北イタリアの5月といえば、宵闇が迫るのは午後9時をまわってから。
たっぷり時間をかけた食事を終えて表に出ると、あたりはすっかり闇に
包まれていた。もちろんコウノトリたちはねぐらで眠っているに違いない。
車を止めていた場所に戻ると、またもキアラがある方向を指さした。
潅木の暗がりに何やら不思議な光が点滅しているのだ。
LUCCIOLA(ルッチョラ=蛍)だ!と子供たちが叫ぶ。
それは私たちが知っている、すうっと糸をひくように光る蛍とは違い、
まるで微小な豆電球がシンクロしながらチラチラ点滅しているようだった。
それにしてもまだ5月というのに蛍だなんて。
やっぱり異常に暑いせいで蛍も勘違いしてしまったのかもしれないねと
言いあいながら、思いがけない幻想的なプレゼントにひととき
見とれてしまった。
自然の中にすっぽりと包まれて、お腹も心もこれ以上満たされることはないほど一杯になった幸せな夜だった。


デザイナー、美術家、料理家。イタリアはヴェネツィアに通い、東京においても小さなエネルギーで豊かに暮らす都市型スローライフ「ヴェネツィア的生活」を実践しています。ヴェネツィアのマンマから学んだ家庭料理と暮らしの極意を伝えます。