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SALE E PEPE 塩と胡椒

少なくとも年に一度はヴェネツィアの空気を吸わないと、
自分らしさが保てないような気がしていた。
大切なものに気づいてかみしめる、自分の軸みたいなものを確認する、
私にとってヴェネツィアはそういう特別な場所だ。

2007年の冬、久しぶりに過ごした北イタリアのナターレは
いささか後遺症をもたらすほど濃い日々だった。
クリスマスの大切な思い出シリーズ、その2は、
北イタリア、フリウリで過ごしたクリスマスの大切な思い出。
スロヴェニア国境に近い山奥のトラットリアでの、
多国籍混成総勢12人の大晩餐会。


SALE E PEPE 塩と胡椒  2007年 12月

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「SALE E PEPE」=塩と胡椒----北イタリアはフリウリ州のギリギリ北限、
スロヴェニアとの国境近くの山あいの村にあるトラットリアの名前だ。
ナターレ休暇のある晩、ウーディネから3台の車に分乗してその場所に
向かったのは、友人の家族たちなんと総勢12人!
町なかを離れた辺鄙な場所に上質の食べ物屋があるのは、イタリアでは
珍しいことではない。

が、小1時間ほど電灯もない真っ暗な山道をくねくねと辿っていく途中、
さすがに道を間違えたのではないかといぶかりはじめたその時、まるで
おとぎ話のお菓子の家みたいに看板を掲げた1軒家が忽然と出現した。
素朴な石造りの戸口は、そこだけファンタジックなイルミネーションに
照らされ、季節柄プレゼピオ(キリストの生誕場面を再現したジオラマ)が飾られている。時刻は午後9時を回ってあたりはひっそり、山中だけあって寒さもひとしおだったが、扉を開けると、そこには大きな暖炉の火が明々と燃える別世界が用意されていた。

我々ときたら、イタリア人夫婦とそのひとり息子、イタリア人とフランス人夫婦とその息子2人、イタリア人とフランス人のカップル、イギリス人男性、そして日本人夫婦という、なんともインテルナツォナーレな御一行様。
この当然のことながら非常に騒がしい、12使徒あるいは最後の晩餐もかくやの大所帯(ひとり足りないけどね)が案内されたのは、図像学通り?きちんとリネンのクロスがかけられた細長い食卓だった。
こうなると席順も気になってくるが、そこは子供たちもいるので自ずと
決まっていく。子供に人気があるのは我が夫イサオ君の隣の席、面倒がらずに遊んでくれるからだ。中央の最重要人物のポストはイサオ君となり、奪い合いの挙句、両脇に子供がふたり配された。

予約したキアラが、ここは特別な店なのだと力説するだけあって、なかなかこだわりがみてとれる。こういった店には、大概印刷されたメニューは
なく、店の主人がすべて口頭で本日の料理を説明する。

自家製または地元の素材を使い、伝統料理をベースに新しいアレンジと
プレゼンテーションを加えたもので、さらにはナターレの時期ならではの
スペチャリテもあるとのこと。
前菜から始まってプリモ、セコンドと流れるような説明に、皆が質問を
はさみながらてんでに注文していくのは、さながらテンポのよい芝居を観ているような面白さだ。
やっと料理を決めたら、今度はそれに合った地元のヴィーノを選ばなくてはならない。ここに到るまで侃々諤々大騒ぎ、ゆうに第一幕くらいの時間を費やしている。
料理の一例を挙げると、トウモロコシのクリームにフリッコ(チーズをカリカリに焼いた薄焼き)、ラブロヴァダ(ワイン酢古漬けの蕪)のスープ仕立て、カボチャのニョッキのシナモンバターソース、ソバ粉のポレンタと
リコッタチーズ、モンタジオ(ご当地チーズ)クリームとポルチーニ茸のムース、山鳩のローストに栗とチョコレートソース等々。

つまり主人のいう通り、どれも極めつきの郷土料理を再現しながら、味もポーションも軽くしてクリエイティヴなひねりを加えた皿ばかり。
郷土料理のおいしいところを、つまんで味わえるしかけになっている
らしい。
しかもスノッブな気取りはなく、あくまで家庭的な雰囲気に満ちていて、
長丁場の食事に子供たちが飽きてくると各々にかわいいノートと色鉛筆を配ったり(写真の絵はイサオ君がその場で書き上げた傑作)、食後酒の時間は暖炉の傍に場所を移して村に伝わる民話(昔々、料理上手な魔女がいて、村人にリチェッタを授けたという)を話してくれたり、まさに至れり尽くせりなのだ。

最近スローフードやアグリツーリズモの影響もあってか、地方色豊かな、
いわゆる地産地消型の店が増えてきているようだが、ともすると能書きが
多い上にスタイリッシュすぎて肩の凝る店だったりすることもある。
この店のようないい意味で力の抜けたホスピタリティを醸し出すのには、
それなりの余裕というものが必要なんだろうな。
さて、極上のヴィーノも調子よくバンバン空けてお喋りも最高潮に。
明日は国境を越えてスロヴェニアにハイキングに行くことに決定したようだが、どうなることやら。こういうことはともかくお任せするに限る。私たちの旅の極意(というほどたいしたもんではないけど)は、とにかく友人たちのホスピタリティーに身も心もゆだねてしまうことなのだ。

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デザイナー、美術家、料理家。イタリアはヴェネツィアに通い、東京においても小さなエネルギーで豊かに暮らす都市型スローライフ「ヴェネツィア的生活」を実践しています。ヴェネツィアのマンマから学んだ家庭料理と暮らしの極意を伝えます。