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【第18話】36歳でアメリカへ移住した女の話 Part.2

信じない!!😁

 シアトルに引っ越して以来、私はいつも考えていた。
 ダンナが演奏できる場所はないか?
 ダンナと演奏できる人はいないか?
 開けても暮れてもダンナが音楽を再開する方法を考えていた。
 私は嫁である前に、彼のファンなのだ。
 彼の演奏が聞きたくて仕方がない。

 しばらく暮らすと、シアトルでは、シカゴと同じアプローチをしてもダメだということはわかった。

 「クレイグスリストでバンドのメンバー募集したら?」

 クレイグスリストは、求人、住宅、イベントなど、様々な情報を住民が投稿する地域別のコミュニティーサイトだ。

 「レストランやカフェで、ソロで弾いてみたら?」

 「ストリートで弾き語りして、チラシ配ってみたら?」

 仕事中に浮かんだ案を、家に帰るや否や、部屋の扉を開けた瞬間に話す。

 「せやな(そうやな)」

 ダンナは軽~く聞き流す。 
 思いついた先から言っているので、聞いてもらえなくても文句は言えない。
 そもそも、バンドメンバーをインターネットで募集するというアイデアが彼にはない。
 私が彼だったとしても、そんなことはしないだろう。
 ジャムナイトへ行けば、その場でセッションが始まり、その人の実力、できることがすぐにわかる。
 とはいえ、最近ではジャムナイトにも行かなくなった。
 私も行きたいと思わないので、その気持ちもよーーーくわかる。 
 ソロで演奏といっても、簡単ではない。
 数曲ならともかく、2時間セットとなると話は違う。
 最低ドラムとギター、もしくはキーボードだけでも欲しいだろう。

 とはいえ、何もしなければ何も起こらない。
 なんだかんだ言ってもお金が絡むと動くはずだ。
 クレイグスリストでは、ときどきメンバーを募集している。
 ひとつくらい、やってみてもいいと思えるバンドがあるかもしれない。
 毎日毎日、来る日も来る日も新しい募集をチェックした。

 結局、彼がその気になりそうなバンドはなかった。
 なかったけれど、気が付いたことはあった。
 ほとんどのバンドが、ホームページを持っている。
 ライブのビデオ、写真を貼り付け、CDやTシャツを販売しているバンドもある。
 プロみたい。
 我が家のプロがテレビを観ている間に、マイクロソフトの本拠地で暮らす、デジタル世代の人々は、プロ顔負けのホームページや、プロモーションビデオを作っていた。

 クレイグスリストで、バンドメンバーを募集することも、メンバーを募集しているバンドを探すこともあきらめたけれど、単発の仕事ならどうだろう?
 例えば、ウェディングの仕事だ。
 一生に一度のビッグイベントだから、払いもいいはずだ。
 ひとり500ドル、いや300ドルでも、彼はすぐさま受話器を取って、シアトルで知り合ったミュージシャンに電話をするに違いない!

 ところが、ここでも不思議なことに気が付いた。
 ウェディングのバンドへの支払いが、私の予想を超える安さなのだ。
 それでも、払ってくれる人はまだいい。

 「予算が少ないのでお礼はできないけれど、ステキな場所で演奏ができて、色々な人に出会えて、ご飯は食べ放題よ!」

 という人までいる。
 こうなると仕事探しどころではない。
 ダンナに聞かせるために、募集内容を読み上げる。

 「俺らは、ホームレスか!」
 「飯はいらんから金くれー!」

 大いに盛り上がり、タダ働きの投稿にフォーカスして探す。 
 まぁ、私が見つける情報なんて、こんなもんだ。

 もちろん、ダンナも何も考えていなかったわけではない。
 シアトルでバンド活動は難しいと判断した彼は、

 「Youtubeに自分の演奏を投稿する!」

 と言った。
 早速、電気屋へ行く。
 値段を知ったダンナが躊躇する。

 「やるかどうかわからんのに、こんな高いもの買うの?」
 「やらへんのやったら無駄やけど・・・他にできることないなら仕方ないんじゃないの?」
 「そうやけど、高くない?」
 「でも仕事やったら、初期投資はしゃーないやん」
 
 ソニーのハンディカムを購入した。
 手元にあれば、そのうちやる気になるだろう。
 ダンナは、新しいピカピカのカメラをとても大切にした。
 布で包み、袋に入れて、散歩へ行くときに持参し、海や山を撮影した。

 「どうや!こんな美しい景色はシカゴにないやろ!」

 シカゴの友達に自慢するつもりらしい。
 撮影が終わると、再び布でくるみ、袋に入れて持ち帰る。
 ところが、これらのビデオのほとんどは、投稿されることはなかった。
 パソコンにダウンロードしたり、フェイスブックにアップロードするほどの熱量はないらしい。
 私も機械に詳しくないし、カメラを触って壊れたら嫌だし、海や山なので、放置していた。
 結局、YouTube用のビデオを撮影する気になるまでに、10年近くかかった。
 そして、「さぁ、始めるぞ!」となったら、カメラが故障した。

 成功することはなかったけれど、私はこんな風に、四六時中ダンナが演奏できる場所を探していた。
 常にアンテナをはっていると、向こうから情報がやってくることもある。
 私の藁にも縋る思いが、周囲に伝わっているのかもしれない。

 就職してすぐの頃、職場にいるアフリカ人の同僚が声をかけてきた。
 ダンナがミュージシャンだと知ると、彼は名刺をくれた。

 「俺もミュージシャンやで。作曲もするねん。できることがあったらいつでも言うて」

 シンガー・ソング・ライター、ギターリスト、ベーシスト、詩人、アクターと書かれた名刺をダンナに渡した。

 「えらい色々できる奴やな」

 興味ゼロ。

 就職して2年くらいした頃だ。
 美しいベージュ色のスーツと靴をコーディネイトした、黒人のお客さんが話しかけてきた。
 シアトルの人は、こんな風に声をかけない。
 そして、こんなカッコいいスーツを着る人は、シアトルにいない。

 「素敵なアウトフィットですねー!」

 彼、ジェレミーはアトランタ出身だった。
 ジェレミーは、癌で亡くなったお父さんが経営する、ナーシングホームを継ぐために、シアトルへ引っ越してきた。
 引っ越してきたばかりだけれど、お父さんのセラピストだった女性と一男を儲け、新婚生活もスタートしていた。
 ダンナが黒人ミュージシャンだと知ると、

「ユミコはシスターやん!」

 大喜びして、その後は店に来るたびに、立ち寄っておしゃべりしていくようになった。
 彼は、ジェイミー・フォックスと幼なじみで、一緒に育ったらしい。
 そして、ジェレミーも、”俺、ミュージシャン”だった。
 
 「俺、作曲もするねん。曲送るから聞いてみて」

 交換したメールアドレスに曲が送られてきた。
 すべて打ち込みで、テクノっぽいサウンドの曲だった。
 
 ダンナのメールに届いた曲を送り、

 「ジェイミー・フォックスと幼なじみらしいで」

 と伝えた。

 「それやったらジェイミー・フォックスに送ったほうがええやん。それにジェイミー・フォックスはテキサス出身やと思うで」

 ・・・なるほど、頭のいいダンナは、ただちに不審点を発見する。
 ジェイミー・フォックスの話は信用できないけれど、ジェレミー夫妻からディナーに招待されると、ダンナはすぐにOKの返事をした。
 黒人の友達に飢えていたのかもしれない。

 我々のアパートから約20分ほど北にある夫妻の家は新築で、ガレージにはベンツが停まっていた。

 「なんでこのニガー、ベンツなんか乗っとんねん」

 確かに、我々の周囲で、ベンツに乗っている黒人は浮かばない。
 家に入ると、赤ちゃんを抱いた奥さんとジェレミーが迎えてくれた。
 奥さんはシアトル育ちの黒人だ。
 彼女とは、店で何度か会ったけれど、無口で、もの静か、強く、聡明な感じがする。
 4人でカウチに座り、ダンナがシカゴ時代の話を披露した。
 サービス精神旺盛の彼は、こういう状況になると、笑顔を絶やさず、皆を楽しませるために全力を尽くす。
 しばらくすると、作曲中の彼の作品を聞くために、男どもは地下のスタジオへ消えて行った。

 帰り際に、ジェレミーが言った。

 「俺、チャーリー・ウィルソンに電話して、ツアーの仕事がないかどうか聞いとくわ」

 ・・・チャーリー・ウィルソン?
 ザ・ギャップ・バンドのアンクル・チャーリー?!
 まったく衰えを見せず、脂がノリノリのアンクル・チャーリー!!
 我々は、チャーリーが歌い始めると、愛とリスペクトを示し、すべての作業を停止して、テレビの前へ行く。
 私の大好きなアンクル・チャーリーに電話をする???
 ジェイミー・フォックスどころではなーーーい!!

冷静なダンナ VS. 冷静さに欠ける私

 その後、ジェレミーから仕事の話は一切ない。
 随分経ってから、店へ来た彼が言った。

 「シアトル・ファッション・ショーに出展するから忙しいねーん」

 どうやら彼は、デザイナーになったらしい。
 ファッションショーの記事に、彼のデザインした服が掲載されていたけれど、評価はそれほどでもなかった。

 翌年、久しぶりに店に来た彼が言った。

 「俺、今、映画撮ってるから忙しいねーん」

 映画監督に転身したようだ。
 彼のフェイスブックには、映画の予告編と、スパイク・リーと一緒に撮った写真が載っていた。
 CGを駆使した、ブラックパンサーっぽい映画のようだ。
 ダンナに話すと、

 「どこにそんな金があるねん。リッチ・スポイルド・ニガー(金持ちの甘ちゃんニガー)」

 と相手にもしていない。
 チャーリー・ウィルソンのことも、期待も信用もしていなかったようだ。
 ジェレミーは金持ちで多才だけれど、どれも大成功には至っていない。
 ダンナも、そんなジェレミーのことは嫌いじゃないらしい。

 「最近、あのリッチボーイはどうしてるねん?」

 とたまに聞いてくる。
 次はどんな職業で登場するのか、誰と知り合いになっているのか、ちょっぴり楽しみだ。

 もうひとり、

 「俺、すごいミュージシャン」

 という男がいる。
 ダンナがどこかで知り合った人だ。
 ダンナと接点はないけれど、彼もシカゴに住んだことがあるらしい。
 本人の話によると、現在は建築業を営む傍ら、ベーシストとしても活躍、湖の見える高台の家に、前妻の息子、フィリピン人の奥さん、奥さんとの子供4人と暮らしている。
 ”ベーシストとして活躍”は、目撃したことがないので、真否はわからないけれど、それ以外は事実だ。
 
 この男は、ダンナに仕事がないと聞いて、弾けないミュージシャンと判断したらしい。
 店に買物に来て、私を見つけると、

 「俺はシカゴにおるとき、〇〇とツアーに出て、よう稼いだわー」
 「〇〇のバンドでも、いつもツアーに行ってたわ」

 と自慢する。
 彼の口から出るミュージシャンは、私の知らない人ばかりだ。

 「シアトルでも、いくらでも稼げるで。
 ワシントン大学に行ってみたらええねん。
 すごいミュージシャンはすぐに見つかるで。
 〇〇に行って演奏したら、5000ドルくらい、すぐに稼げるで」

 ・・・ダンナの知り合いなので、大人しく聞いているけれど、ちょっとムカッとする。
 〇〇は、ワシントン州の北にある、何かの施設だ。
 施設はまだいい。
 けれども、ワシントン大学って・・・。
 学生やん。
 もちろん、素晴らしい演奏をする人はいるかもしれない。
 けれども、すごいミュージシャンがすぐに見つかるほど、わんさかいるとは思えない。
 ”すごい”って、何を基準にすごいのか?

 いずれの話も私が求めているものではない。
 家に帰って、男のアドヴァイスをダンナに伝える。
 
 「そんだけ稼げるんやったら、ミュージシャンでおったらええやん」

 なるほど・・・。
 やっぱりダンナは頭がいい。

 ある日、近所のスーパーへ、二人で買物に行ったときに、その男と出くわした。

 「お前、シアトルでも稼げるで。ようさん弾ける奴おるし。〇〇に行ったら・・・」

 ダンナに話し始めた。
 私は、ちょっとうんざりしていたけれど、ダンナは、黙って聞き続けている。
 男が年上、ということもあるだろう。
 自分のために、アドヴァイスをしているからかもしれない。
 それよりも、何よりも、黒人でありながら、成功した男をリスペクトしているのだと思う。

 「黒人が成功しようと思ったら、白人の10倍くらい努力せなあかんで。
 成功した黒人を見るのは嬉しい!」

 彼はいつも言っている。
 犯罪ではなく、自分のビジネスで成功し、湖の見える高台に家を買い、嫁と子供を養う男のことを、ダンナは認めているのだろう。

 30分以上、続いたプリーチングの後、男が言った。

 「昨日、プリンスが電話してきてさぁ・・・」

 一瞬耳を疑った。
 プリンスとマイケル・ジャクソンといえば、人間レベルではない。
 アンクル・チャーリーはトイレに行ってもいいけれど、プリンスはトイレに行ったらダメなレベルだ。
 そのプリンスの名前を、この男は口にした!?

 家に帰ったダンナが言った。

 「プリンスは電話してこえへんやろ」

 彼は、こんな人をいっぱい知っているに違いない。
 
 うぅーーーーーん・・・私のアンテナに引っかかる情報なんてこんなもんだ。
 もう、誰も信じない!!😁
 

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