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子どもの気持ちを受け止める

我が家は5歳の子どもを自宅保育中。

昨日、私の運転免許証の更新に行く時に「パパと一緒に待っていてね」と言ったら「嫌だ!」と。

私も最初は穏やかになだめすかしていたけれど、最終的には「連れて行けないんだから我慢して!」「ママだって行きたいところがあるんだから」「パパが一緒にいるから大丈夫でしょ⁈」
とまくしたてていた。

涙を流しながら私をポカポカ殴ってくる子ども。

それでも私と夫が玄関に向かうとついてきて
「ママが心配なんだよ……」と一言ぽつりと言った。

あぁ、そうだったんだね
ごめん、忘れてたね

私が癌の手術で入院した時、子どもは2歳だった。

もう食事は小さめに切ったものなら食べられていたけど、それでも母乳をせがむまだまだ甘えん坊だった。

生まれてから保育園にも預けることなく毎日一緒に過ごしていた日常が、私の病気発覚によって突然変わってしまった。

手術が決まってからは、授乳もできないし、PETという放射線を多量に浴びる検査があった日は抱っこできなかったりで、子どもにとっては混乱と不安の連続だっただろうと思う。

年末年始、いつもなら家族で集まって過ごすその時に私は10日間入院した。

お見舞いに来てくれた夫と子どもの様子は憔悴しきっていた。子どもはずっと夫に抱っこされたままでこちらを見ることさえままならない。

それは当然で、点滴の棒をガラガラ引きずり、病院の検査着を着てヨロヨロ歩く母親の姿を見るのが怖かっただろうと思う。

夫が後日家での様子を教えてくれた。

最初は2人でご飯も喉を通らず泣き暮らしていた。
でも、しばらくして子どもは「もう泣かなくていいや」と言ったそうだ。その健気な様子を見て夫は更に号泣したという。

その後無事退院、検査結果で癌の転移がない事がわかり治療も不用という予想外の展開で、我が家に日常が戻ってきた。

でも、3か月に1度の血液検査、半年に1度のCT検査、1年に1度の大腸内視鏡検査は継続する事になったので、その日がくると子どもに病院に行ってくるから待っていてね、と説明する。

子どもはその度に、またママがいきなり帰ってこなくなるんじゃないかと不安だったのだ。
当然泣いて嫌がり、離れるのが大変だった。私がどこかに一人で出かけるというのは、このやりとりを経てからでないと難しいので、憂鬱になる。

これまで私は初めての子育てで、子どもと2人きりの時間も多く、ストレスや悩みを相談する相手も夫しかいなかった。

子どもが幼稚園に行くようになれば、少し手が離れて楽になれるかもしれない

そんな事を想像しながら入園の準備を進めた。

入園した子どもは、一週間で登園をしぶるようになり、その後全く通わなくなった。

登園から2日目でオムツがとれた。家ではなかなか上手くいかなかった事が、いとも簡単にできるようになるのかという反面、急激な環境の変化に戸惑う子どもの様子も想像できた。

お友達に押されて嫌だった

だいぶ後になってからぽつりと言うこともあった。

園からは泣いてもいいから連れてきて下さいと言われたけど、泣く子の腕を引っ張って連れて行く事は出来なかった。
私は職場に通っているわけでもなく、家にいるだけだし。

母も子も弱いのかもしれない。
勇気がないのかもしれない、共依存なのかもしれない。

私も子どもも社会から責められている気分になった。
このままでいいのか、子どものためにも私がそばにいるより園で過ごす方がいいんじゃないか、それとも子どもの気持ちを何より優先するべきか……

その後、夫の実家に引越すのを機に幼稚園は秋に退園した。

引越してからも幼稚園は見学に行ってみたが、子どもは通う気がない。

それでも今は「そうか」と受け止めるだけにしている。

この子は嫌なことは嫌と言える
悲しいことは悲しいと表現できる
それでいいじゃないか

それを受けとめることしか私にはできない。

私が死にそうな時、本当に泣き明かして悲しんでくれた夫と子どもの2人に出逢えた時点で、この先の人生何があろうとも乗り越えていける、と思ったんだから。

大丈夫、生きていける。

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