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西野亮廣と言う存在。

 昨晩、西野さんの講演に参加してきました。とは言っても、お金を払って参加したのではなく、なんとクラウドファンディングによって集まったお金での講演にご縁がありそこに参加をさせていただいたのです。詳しくは後日の投稿でも書きますが、この場所がやばい。

 さて、話は本題に入り西野亮廣の話を聞いて何を感じたのかということについて描いていきたいなと思います。西野さんからまず最初に感じたこと。それは「お金の運用がうまいやつをタブーとする社会への警鐘」です。少しかみ砕いて説明をするとお金に対するリテラシーの低さが自分にとってもそして周りにいる人自身にとっても障がいとなってしまっているということです。

お金とは何か?

 それでは、西野さんが話すお金とは何なのか。それは、お金が循環している仕組みを理解することから始まります。まず最初に西野さんの話を通して感じたこと。それは「お金持ちのおかげさま」でこの社会は成り立っているということです。

 具体的な例として挙がったのが飛行機。アメリカまでのエコノミー席の料金は20万円ほどですが、ビジネスクラスになると70万円、そしてファーストクラスになると150万円になります。なんと、ファーストクラスの人の料金はエコノミークラスの7倍以上なのです。ここでファーストクラスの人を見て「なにくそ」と思ってしまう人もいるようですが、もしもこのフライトの料金をすべて統一し、エコノミー席にすると一人当たり30万円となってしまうのです。つまり、ここでエコノミークラスを利用する人の正しい解釈は「ファーストクラスの方々に10万円を肩代わりしていただいている」ということなのです。

 このような例を筆頭に、様々な事例に基づきながら西野さんはお金もちのおかげで、一般のお客さんたちが自分たちの手の届く範囲でサービスを受けることができているということを説明していたのです。つまり、お金の仕組みを理解しているかどうかで、その金額への意見が「批判」となるのか、それとも「賞賛」となるのかが異なってくるということなのです。

西野さんの葛藤

 全体の話を通して、西野さんがどれほど「無知な人間にたたかれてきたのか」ということが容易に想像できました。実際に講演を聞きながら、僕の中には西野さんが「何も知らないことを自覚していない」そんな人たちにたたかれて夢をあきらめていった人たちの顔を頭に浮かべながらお金のリテラシーについて話をしているようにずっと見えていたのです。そして何よりも本人はその経験者なのです。

 きっと西野さんはお金の話がしたくてこの話をしているのではない。少しでもお金に関する知識をつけて、根拠のある議論と批判の中で生きていきたい。そんな強い想いが僕のなかにはヒシヒシと染みわたってきたのです。

 今回の講演で聞いた話のほとんどは僕が以前から聞いたことのある内容であり、決して真新しい内容ではありませんでした。しかし、西野さんの話をリアルの声とその熱量で聞くことができたことで、西野さんの葛藤を肌で感じることができた。これこそが僕にとっての今回の時間で得たものです。

だからこそできること。

 だからこそできること。それは、自身の無知を自覚し、少しでも新しいことを知ろう。と日々精進することにあると思います。人間は「わかった気になりたい」そんな生き物です。だから様々な物事に名称を付けて簡略化する。しかし、その共通認識は普遍的ではないのです。

「お金って知っている?」そういうとみんな知っていると答えるでしょう。
しかし、そのお金について「どれだけ知っているか」の程度は人によって異なるのです。

 他者に意識のベクトルを向けるのではなくて、自分自身の「無知」を自覚し、お互いに高めあう存在としての関係性を築いていこう。そのためにはまずは自分が満たされること。
 僕はそんな循環の中の人間として、自分を高めながら、切磋琢磨できる仲間との時間を大事にしながら生きていきたい。そんなことを考えた西野さんとの時間でした。

近日中にまた投稿します。それではまた!




 


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