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零戦の大成功と後継機「烈風」の大失敗  ー プロジェクトの全体最適化 成功と失敗の事例研究(1) ー

1 零戦は、20世紀の世界地図を塗り替えた純国産の工業製品

太平洋戦争の序盤から中盤にかけて、欧米の新鋭戦闘機をも圧倒することができた零戦ですが、その秘訣は、三つ巴のトレードオフ関係にある空戦性能・最大速力・航続力において、並外れた高性能を実現できたところにありました。
 
零戦の開発に向けて、発注者(旧日本海軍)が、受注者(三菱重工業)に求めたのは、実現が決して容易ではないけれども不可能ではない高性能でした。零戦は、旧日本海軍が作成した1枚の計画要求書(要求水準書と同義)に基づき、三菱重工業が研究開発・設計・製造を行っています。つまり、零戦は、性能発注方式により、旧日本海軍から発注されていたのです。


2 旧日本海軍の軍用機発注方法は、仕様発注方式と性能発注方式の二種類 

(1) 仕様発注方式
旧日本海軍における軍用機の仕様発注方式についてですが、海軍航空技術廠の技術将校(大学の航空工学科等出身)が作成した仕様書(数千枚に及ぶ詳細な設計図面)に基づき、航空機メーカーに製造を委託するものでした。しかし、このような仕様発注方式は、詳細な設計図面の作成に大変な時間と労力を要する上に、次に記載するデメリットがあったため、旧日本海軍ではマイナーな発注方法でした。
 
仕様発注方式では、受注した航空機メーカーは、旧日本海軍が示した仕様書の設計図面どおりに製造することが求められました。このため、受注メーカーが創意工夫を凝らすことにより性能向上を図る余地はほとんどありませんでした。また、旧日本海軍が求めようとした性能を実現する責任は、仕様書の設計図面を作成した旧日本海軍自らが負うことになりました。見方を変えれば、仕様発注方式では、製造にかかるコスト面だけを重視する発注となりがちであり、受注メーカーによるイノベーションはほとんど期待できないと言えます。ちなみに、旧日本海軍の仕様発注方式に見られるこのようなデメリットは、今日の我が国の官公庁の仕様発注方式でも同様に見られるところです。

(2) 性能発注方式
旧日本海軍における軍用機の性能発注方式についてですが、開発しようとする軍用機に求める「機能と性能」についての議論を海軍部内の開発会議で重ねた上で、「機能と性能の要求要件」を1枚にまとめ上げた計画要求書を旧日本海軍が作成して、この計画要求書に基づき複数候補の中から選定した航空機メーカーに研究開発・設計・製造を委託するものでした。このような性能発注方式は、次に記載するメリットがあったため旧日本海軍ではメジャーな発注方法であり、零戦をはじめ、旧日本海軍の名機は性能発注方式で産み出されていました。
 
性能発注方式では、計画要求書に示された「機能と性能の要求要件」を達成する責任は、詳細設計を行う航空機メーカーが負うことになったのですが、各要求要件の達成に向けて、航空機メーカーは、研究開発・設計・製造のどの段階でも創意工夫を存分に凝らすことができました。このような創意工夫こそ、イノベーション(技術革新)の源です。それゆえ、旧日本海軍の性能発注方式は、軍用機におけるイノベーションの促進に大いに貢献したと言えます。このことから、旧日本海軍の性能発注方式は、今日の我が国におけるイノベーションの促進に向けて、特に、オープンイノベーションの活性化に向けて、大いに参考となるものです。
 
ところで、このような性能発注方式を成功させるには、発注者である旧日本海軍も大きな役割を果たす必要がありました。つまり、旧日本海軍は、軍用機に関する最先端の技術動向を調べ上げて、現場が抱える課題も並行して調べ上げて、求めようとする性能要件間に生ずるトレードオフ関係についてよく勘案した上で、実現が決して容易ではないけれども不可能ではないハイレベルの「機能と性能の要求要件」を見極めて、受注者が設計と製造を行う上で必要十分となるように各要求要件を計画要求書にリストアップする、といった、発注者としての一連の役割を果たす必要があったのです。要するに、シーズ(最先端の技術動向)とニーズ(現場が抱える課題)のベストマッチング(課題解決により期待される効果の最大化)に向けて、発注者として真剣に取り組まなければならなかったということです。見方を変えれば、性能発注方式の成否を決する鍵は、発注者が握っていたと言えます。


3 零戦が成功した秘訣

(1) 零戦の計画要求書に掲げられた13の要求項目
【出典は戦史叢書95海軍航空概史】
1.用途:掩護戦闘機として敵軽戦闘機より優秀な空戦性能を備え、要撃戦闘機として敵の攻撃機を捕捉撃滅しうるもの
2.最大速力:高度4000mで270ノット以上
3.上昇力:高度3000mまで3分30秒以内
4.航続力:正規状態、公称馬力で1.2乃至1.5時間(高度3000m)/過荷重状態、落下増槽をつけて高度3000mを公称馬力で1.5時間乃至2.0時間、巡航速力で6時間以上
5.離陸滑走距離:風速12m/秒で70m以下
6.着陸速度:58ノット以下
7.滑走降下率:3.5m/秒乃至4m/秒
8.空戦性能:九六式二号艦戦一型に劣らぬこと
9.銃装:20mm機銃2挺、7.7㎜機銃2挺、九八式射爆照準器
10.爆装:60㎏爆弾又は30㎏2発
11.無線機:九六式空一号無線電話機、ク式三号無線帰投装置
12.その他の装置:酸素吸入装置、消化装置など
13.引き起こし強度:荷重倍数7、安全率1.8

(2) 零戦の計画要求書は、シーズとニーズをベストマッチングした結晶
上記(1)に掲示した13の要求項目のリストは、旧日本海軍が作成した零戦の計画要求書です。シーズとニーズをベストマッチングした結晶とも言えるこのような計画要求書が無ければ、欧米の新鋭戦闘機をも圧倒した零戦は出現しなかったであろうと推察されます。
 
ところで、このような計画要求書を作成したプロセスについてですが、旧日本海軍は、部内の開発会議での議論を通じて、最先端の技術動向(シーズ)と現場が抱える課題(ニーズ)を踏まえ、性能要件間に生ずる三つ巴のトレードオフ関係(空戦性能・最大速力・航続力)を十分に勘案(シーズとニーズのベストマッチング)することにより、極めてハイレベルだけれども実現が不可能ではない「機能と性能の要求要件」を必要十分にリストアップして、計画要求書(1枚)にまとめ上げたのです。

(3) 零戦の計画要求書に学ぶべき点
零戦が成功した秘訣は、三つ巴のトレードオフ関係にある空戦性能・最大速力・航続力において、並外れた高性能を実現したところにあります。この観点から、零戦の計画要求書に学ぶべき点として、次の五項目が特に重要となります。
 
① 航空機メーカーが詳細設計を行う上で必要十分となる機能と性能の要求要件が、具体的な数値目標として掲げられている。
② 発動機出力、翼面積、機体重量、機体寸法など、詳細設計の範疇については一切言及していない。
③ 計画要求書の作成時点では実現が極めて困難と思われるほどの、世界最高水準の性能を求めている。
④ 計画要求書の「2. 最大速力」、「4. 航続力」及び「8. 空戦性能」については、三つ巴のトレードオフ関係にあることをよく踏まえて、実現が不可能ではないぎりぎりの性能要件を掲げている。
⑤ 数値目標を掲げることが困難な「8. 空戦性能」については、計画要求書の作成時点において空戦性能に最も優れていた国産機を例示することにより、性能要件を具体的に示している。

(4) 理想的な計画要求書を目標としたトップダウンによる全体最適化に成功旧日本海軍は、理想的な計画要求書(1枚)で航空機メーカー(三菱重工業)に、零戦の研究開発・設計・製造を一括して委託しました。これを受けて、三菱重工業は、零戦の計画要求書に掲げられた極めてハイレベルな「機能と性能の要求要件」の全てを満たす(つまり、全体最適化する)ために、数十名の設計陣を率いた設計主務によるトップダウンで全体最適化を図る開発体制を整えました。そして、研究開発・設計・製造を一貫して実施する中で、全体最適化に向けて創意工夫を存分に凝らしたのです。このような創意工夫こそ、イノベーション(技術革新)の源です。それゆえ、出来上がった零戦には、世界初の革新的技術が随所に盛り込まれていました。また、このような革新的技術が、極めてハイレベルな「機能と性能の要求要件」の全てを満たす(つまり、全体最適化する)ことを可能としたのです。このことから、零戦は、旧日本海軍が作成した理想的な計画要求書があったからこそ、トップダウンによる全体最適化に向けて、三菱重工業が創意工夫を存分に凝らすことができた賜物であったと言えます。


4 零戦の後継機「烈風」の開発に旧日本海軍は大失敗

旧日本海軍は、太平洋戦争が中盤に差し掛かった頃、零戦の弱点を解消するとともに零戦を上回る性能を備えた後継機「烈風」の開発を計画し、その研究開発・設計・製造については、零戦と同様の計画要求書で零戦と同じ航空機メーカー(三菱重工業)に委託しました。
 
ところが、空戦性能を重視した旧日本海軍は、エンジン馬力と翼面荷重について、設計数値を三菱重工業に指示してしまい、これを撤回しようとはしませんでした。つまり、旧日本海軍は、烈風の設計に深く立ち入ってしまったのです。
 
このため、三菱重工業では、設計の自由度が大きく損なわれた結果、計画要求書の要求要件の全てを満たす設計が極めて困難となり、烈風の開発はかなり長期化しました。さらに悪いことに、三菱重工業が試作した烈風は、零戦の性能をも下回ってしまったのです。このような結果を受けて、旧日本海軍は、烈風の開発計画の破棄を決定してしまいました。
 
このことは、空戦性能についての旧日本海軍からの部分最適化の要求が、三菱重工業による全体最適化(つまり、計画要求書の要求要件の全てを満たすこと)を破綻させてしまったと言えます。


5 零戦の成功と後継機「烈風」の失敗が残した教訓

(1) 発注者は、受注者に委ねるべき設計に立ち入ってはならない
零戦と烈風の開発は、旧日本海軍が、同じ航空機メーカー(三菱重工業)に、同様の計画要求書で委託しています。つまり、開発のスキーム(枠組み)については、零戦と烈風は全く同じであったと言えます。
 
しかし、零戦の開発には大成功したのですが、烈風の開発には大失敗し、旧日本海軍は烈風の開発計画を破棄してしまいました。このように大成功と大失敗を分けたのは、実は単純な要因であったのです。それは、受注者(三菱重工業)に委ねるべき設計内容に、発注者(旧日本海軍)が口出ししたか否かでした。
 
つまり、零戦は、旧日本海軍が設計に口出ししなかったため、計画要求書の要求要件全ての達成(全体最適化)に向けて、三菱重工業は創意工夫を存分に凝らすことができました。他方、烈風は、空戦性能の部分最適化に係る設計に旧日本海軍が口出ししたため、三菱重工業は設計上の大きな制約を受けて全体最適化が困難となり、開発が長期化した上に、計画要求書の要求要件の全てを満たすことができなかったのです。
 
ところで、ここで一つ問題となるのは、烈風の開発失敗の要因が、旧日本海軍による設計への口出しにあったのではなく、三菱重工業に烈風開発の技術力が欠けていたためではないのか、といった疑問です。実際のところ、三菱重工業は、烈風の開発計画が破棄された後、次の(2)に記載のとおり、烈風の独自開発を継続して開発に成功しているので、前記の疑問は解消されます。

(2) 全体最適化の成否が国運をも左右した。
烈風の開発計画が破棄され、もはや、旧日本海軍からの設計への口出しが無くなったため、三菱重工業は、烈風の独自開発を継続する中で存分に創意工夫を凝らすことができました。その結果、短期間で試作することができた烈風は、驚くべきことに、旧日本海軍の計画要求書の要求要件の全てを満たしていた(つまり、全体最適化に成功した)のです。
 
このことから、旧日本海軍の開発計画に基づく烈風の開発が失敗した要因は、空戦性能の部分最適化に係る設計に旧日本海軍が口出ししたことに他ならないのは明らかです。仮に、旧日本海軍が烈風の設計に口出ししなかったならば、烈風は零戦の後継機として、終戦の直前ではなく終戦の前年に制式化され、活躍の機会にも恵まれたのではないかと推察されます。それゆえ、零戦の成功と後継機「烈風」の開発失敗が残した大きな教訓は、開発プロセスにおける全体最適化の成否が国運をも左右した、ということであり、発注者は受注者に委ねるべき設計には口出ししてはならない、ということです。


《 記事の出典 》 この記事は、書籍【「性能発注方式」発注書制作活用実践法】の第2章からの抜粋を再構成したものです。ちなみに、【「性能発注方式」発注書制作活用実践法】は、性能発注方式について真正面から捉えた我が国唯一の書籍です。


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