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賛否が生まれるものを作るべき

おはようございます!

昨日は死ぬほど寝ていたというか、ほぼ死んでいる一日だったので今日は一日中起きて24時間働き詰めの一日を過ごそうと思っているwataruです。


ということを言っても多分その頑張りは一日も持たないと思うので、早くいつもの日常にルーティンに戻せるように少しづつ慣らしていこうと思います。


ということで本日は「賛否が生まれるものを作るべき」というテーマでお話をしていこうと思います。


というのも最近ヒップホップやラップ業界を少しざわつかせている千葉雄喜さんの”チーム友達”だったり、映画でいうと”ビヨンドユートピア 脱北”だったり、まあ賞賛する声も逆に批判する声も両方あるようなそんな作品だったり、そんなコンテンツにすごく目が向いている僕なんですが、、、


やっぱりどこの業界を見ても、どの作品を見ても、賛否の両方が集まっている作品の息は長く持つというか、賛否両方を集めているものに注目というものが集まる傾向があると思っていて、それは皆さんにもわかりやすいところで言えばYoutube上では”朝倉未来”さんだったり、”コムドット”さんだったり、格闘技だと”平本蓮”さんだったり、芸人の”粗品”さんだったり、まあわかりやすいところで直近のこの日本でのタレント史みたいなところをみてみても、まさに賛否、好き嫌いの両方の票を集めている人が大きな話題を取っていると思うんですね。


これが世の理で、この世の中の仕組み上こうなっているんだなということはなんとなくわかったんですが、ここからもう一つ思考を深めて、なぜ賛否の両方が集まるところに話題が集まるのかというところについて考えていきたいと思っているんですね。


まあこれは僕の個人的な見解ですが、やっぱりこの地球上何億人という人間がいる中で、まあ日本だけでも1億人以上人間がいる中で、右翼の人もいれば左翼の人もいるし、ビーガンの人もいれば、何も気にせず食事をする人もいるし、宗教に入ってる人もいれば、無宗教の人もいるし、という本当に人の数だけ様々な主義・思想を持っているものだと思うんですね。


そうなると何か一つの話題があった時に、自分がどちらかの明確なスタンスを取っていれば、確実にその反対意見の人はいるし、自分とは全く違う思想を持ってその話題について考えている人は確実にいると思っていて、この明確なスタンスを提示できているということが賛否の両方を集めているということそのものだと思うんですね。


多分基本的にタレントとか芸能人とかでも、波風は起こしたくないし、めんどくさい争いごととかには巻き込まれたくないものだと思うので、明確なスタンスをとらずにうまく受け流すということをしている人は多いと思うんですが、やっぱりそれだと責任のない言葉、発言、作品と認定されてしまって、そもそも評価をする値にも入らない無視というところに落ち着いてしまうのが基本の流れで、やっぱり極端に自分の思想を発言したり、思っていることを言おうと思ったら、そりゃ反対意見なんて出てくるに決まっていて、その議論が加熱していって結果的に大きな話題や注目を集めていくという構図になっているんだと思うんですね。


というのが個人的に感じた”なぜ賛否の両方が集まるところに話題が集まるのか”というところで、そのくらい明確に自分で責任をとって発言をしていたり、自分の思想を持って活動をしている人に対してはその姿勢自体にまず大きな拍手を送りたいと思うし、そういう責任を持って作品を作っているクリエイターの方々、アーティスト、タレントの方々、そういう表現者の覚悟にも賛辞を送りたいと思いました。


ということで本日は「賛否が生まれるものを作るべき」というテーマでお話をしてみました。

ではまた!


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