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チームを良くするたった一つの条件

プロジェクト・アリストテレスをご存知でしょうか。

Googleが2012年に実施した、自社の数百に及ぶチームを様々な角度から観察・分析し、「生産性の高いチーム」の特徴を突き止めた調査研究です。分析にあたり、社内の統計の専門家やエンジニアの他、組織心理学や社会学の専門家まで、多彩なエキスパートを募り、作業に当たらせたといいます。漠然と前例に倣って組織を運営をしているだけでは生産性は向上しない、そんな問題意識がGoogleにはあったのでしょう。

では、プロジェクト・アリストテレスから見つかった、生産性の高いチームに必要なものは何だったのでしょう。日本企業で挙げられがちな要素と言えば、優秀な人材、潤沢な報酬、社員のモチベーション、リーダーの強い統率力…といったところでしょうか。

実は、そのどれでもありませんでした。

チームの生産性向上に欠かせないもの、それは心理的安全性だったのです。

『世界最高のチーム グーグル流「最小の人数」で「最大の成果」を生み出す方法』はGoogleにて人材育成、組織開発、リーダーシップ教育を担当していたピョートル・フェリクス・グジバチ氏による、生産性を高めるチームを構築するノウハウ集です。現在は独立し、組織改革コンサルのプロノイアグループで活躍するピョートルさんですが、そこでもGoogleで培った組織開発論を発揮しています。

ピョートルさんは日本とも所縁が深く、ベルリッツに勤務していた2000年に来日しており、日本の会社組織の特性についても熟知しています。海外の組織論に関する文献というと、海外特有の組織文化背景が前提で日本で応用するには無理があったりするのですが、本書ではその心配は無用です。「こういう組織にすべき」という大上段からの提言ではなく、コーチングや周囲との関係の築き方という、個人レベルの技術論にフォーカスされており、明日から取り入れてみようかなと思わせてくれる一冊になっています。

チームの盛り上がりが足りない、若手やベテランのチャレンジ精神が足りない、もっとレベルの高い目標を掲げたい…などなど、周囲を引っ張っていても物足りなさを感じる方、意外とその原因は周囲ではなく、あなた自身にあるのかも知れませんよ。

心理的安全性とは

まず、プロジェクト・アリストテレスが実証した心理的安全性とは、どんなものなのでしょうか。

心理的安全性とは、「自分らしさを発揮しながらチームに参画できる」という実感のこと。だれしも「チームの一員として認められたい」という気持ちを持っていると思いますが、簡単に言ってしまえば、その気持ちを大切にしましょうと言う、それだけのことです。しかも、それは結果を出している世界中のチームがやっていることなのです。

なんだか拍子抜けするぐらいシンプルな定義に思えますが、「自分らしさを発揮しながら」という点が大きなポイントです。経営思想家のゲイリー・ハメルは下図のようなレベル1~6までの「能力のピラミッド」を提示し、「企業が繁栄するかどうかは、あらゆる階層の社員の主体性、創造性、情熱を引き出せるかどうかにかかっている」と提唱します。

レベル 3までは教育で叩き込むことができる、いわば「与えられる」ものです。しかし、メンバーをレベル 4より上に引き上げようとすれば、ひとり一人が「自分らしさ」を確立し、自ら課題を見つけて仕事を生み出し解決に力強く踏み出す、そんな姿勢を育む仕組みが必要です。この根幹が心理的安全性なのです。

逆に言えば、心理的安全性の低いチームはレベル 3止まりです。せいぜい言われたことを頑張るまでが限界で、それ以上のアウトプットは望めないでしょう。

優秀なリーダーに求められるもの

能力のピラミッドを見て分かるとおり、優秀なリーダーにはチームの人員の主体性、創造性、情熱を引き出していくために、心理的安全性を高めるスキルが求められます。具体的にどのようなスキルなのでしょうか。

冒頭のプロジェクト・アリストテレスに先立ち、Googleは2009年にチームのボスの役割や仕事に関する1万人規模の社内調査を実施しました。プロジェクト・オキシジェンと名付けられたこの調査で、心理的安全性を高める最も重要なスキルは「コーチング」だということが明らかになりました。

コーチングというのは、「おまえ、これやれ」などと指示・命令することではありません。質問や応答を通じて、部下に自分がやっている仕事について自己認識させることが、コーチングの目的です。

コーチングの基本的な質問として、GROWが知られています。コーチングの最大の目的はチームの人員に対して、自己の問題を徹底的に客観視させることです。この客観視こそが「自分らしさ」の確立を助け、心理的安全性の向上に繋がるのです。

■G -Goal、目標
「あなたが目指していることは何ですか」
興味があることはなんですか」
何をもって成功したと言えますか」
「それはあなたにとって、どれくらい重要ですか」

■R -Reality、現実
「いまどれくらいまで進んでいますか」
あなたの同僚は状況をどう捉えていますか」
「どんな壁に直面していますか」
「いま、どんなリソースがあったら目標に届きそうですか」

■O -Option、行動計画
「もし、いま直面している壁がなかったとしたら、どう行動しますか」
「あなたが最も信頼・尊敬している人が同じ状況に直面したら、どう行動しますか」
「目標達成に必要なスキルをこれから鍛えるとしたら、まず何をすることができますか」  

■W -Will、意欲
今日からどうしますか」
「1から 10で言うと、どのくらいのレベルであなたはコミットしていますか」
いつから始めますか」
「乗り越えるべき壁はなんですか。どうやって乗り越えますか」

こうした質問を面談で行う場合もありますが、僕は日常の会話の端々にGROWの意図を差し込んでおく方が大事だと思っています。日本組織のありがちな姿として、面談は部下にプレッシャーが掛かり、本心と程遠い模範解答が生じがちです。これでは全く意味がありません。

また、これは前述のとおり「自分らしさ」を確立するための、自己を客観視するトレーニングです。したがってアドバイスは必要ありません。特に、良かれと思って口にしがちな「こうしたらどう?」「こういう考え方はどう?」という助言は厳禁です。本人が「こういう問題がある」「ここがうまくいかない」「こうしていきたい」という問題解決の構造化プロセスを自律的に経験できなければ、コーチングは失敗です。

リーダーは能力や経験がある分、つい解決策を提示しがちです。これはリーダーが部下の「自分らしさ」確立を肩代わりしているようなもので、レベル 4より上に引き上げるチャンスを逸しています。必要なのは、質問と応答です。解決ではありません。部下を 100%自律的に「自分らしさ」へ到達させる、これが優秀なリーダーに求められるスキルです。

心理的安全性とは、端的に言えば「メンバー一人ひとりが安心して、自分が自分らしくそのチームで働ける」ということ。自分らしく働くとは、「自己認識・自己開示・自己表現ができる」ということです。要は、「安心してなんでも言い合えるチーム」が心理的安全性の高いチームなのです。

GEとメルカリの事例

心理的安全性に注目しているのはGoogleだけではありません。本書ではゼネラル・エレクトリック(GE)やメルカリの事例が紹介されています。

GEといえば人材評価ツールの「9ブロック」をはじめ、90年代に次々と画期的な人事制度を開発し、多くの日本企業にも影響を与えた企業です。ところが、今ではGEはそうした評価制度を全てやめてしまっています。社員が評価を気にすること自体、心理的安全性を損なうからという理由です。

会社に評価されるからそうするのではなくて、社員一人ひとりがお互いの「フィードバック」によって自発的に動くという、心理的安全性の高い会社を目指しているわけです。

フリマアプリを運営するメルカリも、心理的安全性をとても重視しているそうです。メルカリではプロジェクトのレビューの場で、「ここがうまくできなかった」「ここはできた」と一人ひとりが失敗や成功を全部さらけ出して、「じゃあ、今度はこうしよう」「その仕組みを一緒に設計しよう」といった会話が飛び交っているのです。

こうした振り返りのとき、よくありがちなのは「なんでこれをやってくれなかったの?」「ごめん、すみません」といったネガティブな会話でしょう。メルカリの振り返りは全く違って、「なんでできなかったんだろう?」とみんなで考えて、「ああ、こういう仕組みがあればできるじゃん!」などと、ポジティブな会話に終始します。どちらが心理的安全性の高いチームなのか。答えは明らかですね。

人事評価に対する僕の考えはこちらにまとめています。共同体の香りが色濃い日本の会社組織において、自らの失敗を認めること自体が高いハードルだったりします。けれど失敗こそ「自分らしさ」発見の絶好の教材です。リーダーは率先して失敗経験を開示し、ハードルを取り去ってあげることも、心理的安全性を向上する上で大切な仕事かも知れません。

愚痴は絶好のチャンス

チーム作りの上で、絶好のチャンスは「部下から愚痴が出た時」とピョートルさんは語ります。

チームづくりのときに必須なのは「建設的な言葉づかい」で、わかりやすいのは「愚痴を要望にして言い返す」という会話法です。

たとえば、「うちのメンバーが最近、私の話を聞いてくれない」という愚痴があったとします。その時、「そうなんですか、大変ですね」と聞き流したり、「それならこうすればいい。だからもう悩むな」と解決しようとしたり、「いやですね。頑張って」などと励ましたりするのは悪手です。

愚痴に対しては、「メンバーにもっと話を聞いてほしいと思っているんですね」「話を聞いてもらえたら、状況が変えられそうなんですね」と、建設的な要望に表現を変えて聞き返すことです。そこから、どうすれば周囲に話を聞いてもらえるかという課題の発見に繋がります。ただの愚痴を「次のアクション」に気付かせる機会に変えることができるのです。

その際に気を付けていただきたいのは、責めたり問い詰めたりしているような言い方にならないようにということ。ゆっくりと明るい声で話すように心がけてください。速いペースで次々と話しかけられると、あたかも詰め寄られているような心理的圧迫を感じさせてしまうので、これもNGです。
建設的な言い方でいろいろと聞き返して、「じゃあ、一緒にやろうよ」という前向きな提案に変わるまで会話を続ける。そして、最後に「よく言ってくれたね、ありがとう」といった感謝の言葉で締めくくってください。

総括すると、GROWと同様に、リーダーが提示すべきは解決策ではなく、会話の中で抽出された「行動の選択肢」なのでしょう。提示された選択肢からメンバーが主体的に決定する、その過程を通じて「自分らしさ」を確立していく。愚痴でも悩みでも、あらゆる場面を心理的安全性を高める場にできるか、問われるのはそうしたコーディネートの力ではないでしょうか。

全ては自己認識から始まる

「自分らしさ」の確立とは、まずは「自分とはどんな人間か」という自己認識から始まります。自己認識という個人レベルの「自分らしさ」に始まり、それはやがて自己表現という会社という団体の中での「自分らしさ」に繋がります。

「自分らしさ」の追求は、それで終わりではありません。自己表現は次第に会社という枠組みから滲み出て、社会という広い枠組みの中で自分がどう位置づけられるのかという問いを突き付けます。それは社会の場での「自分らしさ」を確立する自己実現のステージへと進み、誰が何と言おうと揺らぐことのない自信となる「自己効力感」に至ります。

イタリアのサッカー監督であるファビオ・カペッロは監督の役割を「親でも兄弟でもない、選手のガイドになること」と表現していました。リーダーはサッカーの監督と同じで、メンバーの自己認識の「ガイド」になることが求められているのです。

自分がどんな人間で、何をしたいのかがはっきりして初めて、自己実現に向けたスタートラインに立つことができます。

このピョードルさんの主張は、「何がしたいのか」の見つけ方でまとめた内容と重なります。

業務の進捗で、箸の上げ下げまで細かく指示するマイクロマネジメントなど全く必要ありません。そんな下らない行為はメンバーの自己認識の妨げになります。メンバーが問題に直面した時、何が問題で、何が足りなくて、何があれば解決するのか、自己認識する際のガイドとしての役割に全精力を費やすべきです。

失敗の経験を糧に

ここまで偉そうにGoogleの例を持ち出しておいてなんですが、実を言うと、他ならぬ僕自身がリーダーとして手痛い失敗をした経験があります。

元々、僕は「自分の好きなことさえできれば、組織や他人なんてどうでも良い」という利己主義者でした。「能力・成果こそが全て」という信条でひた走り、上司や同僚の言葉にも耳を貸さないような尊大な態度を見せていたと思います。いま思うと恥じ入るばかりですが、当時はそんな思い上がった考えで、管理職になったばかりの頃はチームの心理的安全性などと言えるような器ではありませんでした。

管理職になれば、当然求められるのはチームの統率です。ところが、僕は管理業務が苦手で、机上の事務作業も大嫌いです。その上、部下の仕事にさえ興味を示さない体たらくでした。なのに、できないことから目を背け、それどころか「自分はチーム統率などする必要はない」と開き直る始末。そんな状態で良いチームになる訳がありません。当然、成果は出ず責任を追及され、それでも「僕一人で成果を出すから黙っていろ」と強弁し、自身の個人能力への傾倒を強めていきます。結果、誰の助けを借りることもできず、手の付けられない末期状態に陥っていました。

そんな泥沼から救い出してくれたのは、僕がなおざりにしていたチームのメンバーでした。空回りを続ける僕を見かねて、彼らは誰に言われることもなく、僕の代わりにチームの管理表を作ったり、事務作業を分担したりして、僕を助けてくれたのです。当時の部下は全員、僕より年上でした。もしかすると上司というより、「アホな奴を助けてやろう」ぐらいの気持ちだったかも知れません。それでも、僕は思い知らされたのです。

誰にでも、できることとできないことがある。それを謙虚に認めて、周りの力を借りて、周りに力を貸す。この繰り返しで全員の「できること」を大きくしていく。

僕が心理的安全性の重要性に気付くことができたのは、チームのメンバーが助けてくれたおかげです。遅まきながら、僕は「今まで得意なことだけをやって良い気になっていた、できないことが沢山ある人間」という自己認識を持つことができました。

さらに言えば、チームのメンバーが僕にはできない能力を持っていることは明らかです。彼らに「自分には能力がある」という自己認識を通して、自信を持って仕事してほしい。できないことは、僕や他のメンバーが助ければ済む話。あれほど苦しんでいたチームの統率が、自分に足りないものと周囲の能力に気付いたことで、簡単なことのように思えたのです。

人は救われると、報いたいと思うものです。良い時も悪い時もあったけれど、メンバーに「毎日が楽しい」と思ってもらえる環境を作ろう、メンバーが「挑戦したい」と言うなら失敗など喜んで責任を取ろう、そんな意識に変わると行動にも変化が生まれました。いつの頃からか、周囲から「仕事が楽しい」「次はこんな挑戦がしたい」という声が聞こえ始め、僕は自分自身が何か成し遂げる以上の達成感を味わうことができました。気が付くと、利己主義は消え失せ、周囲から「人が変わった」と笑われるほどです。

リーダーを任される人や職場で頭角を表す人は、能力に疑いはありません。けれども「チームを良くする」というのは、積み上げてきた能力とは全く色合いの異なる視座が必要になります。僕が躓いたように、時には今までの価値観もろとも修正を余儀なくされることもあるかも知れません。

でも大丈夫。心理的安全性を高めるとは、人の精神を操る魔術師になることではありません。ピョートルさんはこんな言葉で背中を押してくれます。

(リーダーとして)どう接すればよいのか。一番大事なのは「良質な会話を積み重ねる」ということでしょう。チームのメンバーが「また明日も仕事をしたい」と思ってくれるように、個人個人と接することに尽きると思います。

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