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福徳岡ノ場火山の噴火と気象

はじめに

豪雨とコロナでほとんど報道されていませんが、福徳岡ノ場の海底火山噴火の規模がすごいです。日本の火山噴火でこれほどの規模のものは、最近ほとんどなかったように思います。火山の噴火自体は固体地球の現象ですが、噴火上空に放出された火山灰が風で流されて社会的な影響を与える、あるいはさらに長期間成層圏に火山灰がとどまって太陽放射を遮るなどで気候にも影響を及ぼす、といった形で気象とも深い関係があります。そんな観点も含めてまとめておきます。

火山灰の状況

ひまわりの赤外画像ですが、黄矢印の先で噴火、赤楕円の中にある雲が火山灰が西南西方向に流れている様子です。日本地図と比較して、桜島と東京との距離よりも遠いところまで火山灰が流れていることがわかります。

海底火山噴火

この火山灰、飛行機のエンジンに吸い込まれるとエンジンを停止する危険があり、航空機の運航にとって、火山灰の情報はきわめて重要です。国際的に地域を分けて、気象庁では東京VAACと呼ばれる領域について火山灰情報を発表することになっています。https://ds.data.jma.go.jp/svd/vaac/data/indexj.html
ここから出ている情報から実況情報を抜き出してみます。

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この三角形の領域が火山灰の分布する領域で、TOP:FL540という記述は高さ54000ftまで噴煙が上がっているということになります。およそ16kmですので、ほぼ対流圏の上端、圏界面に相当します。発達した積乱雲でも圏界面にぶつかるとそれ以上は上昇するのが難しくて、水平方向に雲が広がって、かなとこ雲となります。それと同じような状況になっているのは、海上保安庁からの空中撮影画像からもわかります。

噴火地点から西ないし西南西に広がっているのは、対流圏の上端付近の風が東風だからと推定されます。ちょっと高度が低くなるのですが、気象庁HPで公開されている高層天気図から200hPa(およそ高度12km)のものを持ってきました。チベット高気圧から東に長く伸びる気圧の尾根があり、その南側では東風が卓越していることがわかります。この風に乗って西方に火山灰が流れていると推定されます。

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火山灰の予測は、天気予報のコンピュータモデルで予測される上層の風を用いて計算しています。以前に書いた原発事故での放射性物質の移流拡散予測と基本的に同じ手法です。2010年にアイスランドのエイヤフィヤトラヨークトル火山が噴火した際には、英国気象局が同様の計算を行い、欧州全体に火山灰が広がる予測となったことから、欧州の航空便が全面的に停止するという危機的な状況になりました。原発事故でもそうなのですが、その程度の濃度までは許容できるのか、その基準が明確でないと過剰に社会が反応するリスクもあります。今回は、日本とインドネシアやオーストラリアを結ぶ航空便に影響が出ているのかもしれません。

ところで、圏界面まで届くような火山噴火というのは、実は相当な大きな噴火です。桜島の例ですと、昨年の6月に比較的大きな噴火があり、高さ10km程度まで達していた、これは2012年の噴火と同程度の高さ、という気象研究所の報告があります。桜島でも、1914年の大正大噴火くらいのイベントにならないと圏界面まで達するということはなさそうです。圏界面にこだわるのは、火山噴煙が圏界面を越えて成層圏に入ると、長期間成層圏内にとどまりながら地球を巡るようになり、噴煙が日射を遮って地球の放射バランスを崩す可能性があります。

世界的にその程度の高さに上がる噴火がどの程度あるのか、調べてみました。噴火がどの程度の高さまで達するのか、観測はそう簡単ではなく、上記の桜島大正大噴火でも到達高度の推定に関する論文があるくらいです。精度がどの程度あるのかわかりませんが、スミソニアン博物館のサイトには近年の火山噴火イベントについて衛星観測を使った到達高度のデータベースがあります。ここから到達高度15km以上の噴火イベントを検索して、それをエクセルに落としたのが下記です。

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世界的に見ても年間せいぜい数回のイベント程度です。右から2番目の列がSO2放出量となりますが、これは火山やイベントごとにオーダーが違うので、必ずしも到達高度が高いからといって放出量が多いわけでもないようです。この中でも、1991年のPinatubo(橙)と1982年のChichon, El(黄)はやはり放出量が多いです。どちらも、火山噴火に伴う硫酸エアロゾルが長く成層圏に残り、それが気候変動をもたらした可能性が指摘されているイベントです。このデータリストには日本の火山噴火は入っていませんが、今回の噴火はこのリストに加わるのでしょうか。

火山噴火と気象

海の上の話なので、飛行機や船舶にとっては重要でも、あまり関係ないと考える方もいらっしゃると思いますが、私自身は、日本の火山でこれだけの噴火が起きたことはやはり驚きました。ですが、歴史年代、さらにそれ以前に遡れば、上記の桜島を始め日本本土でも同程度の噴火は発生しているので、まあ、起きても不思議ではありません。

こうしたことが身近な火山で起きた場合にどうなるのか、というのは改めて考えてみるきっかけになると思います。ひまわりの画像からもわかるように、火山灰が噴火地点から1000km以上も流れています。桜島の噴火で東京にまで火山灰が達する、という規模です。このような噴火がたまたま人里離れたところで発生したのは幸いですが、改めて火山防災を考える機会にはしたいです。

それと、今回の噴煙の放出量がどの程度なのか、調査が進められていると思いますが、もし、成層圏に大量の噴煙が放出されるようなことがあると、ピナツボ火山の噴火のようにそれがエアロゾルとして長期間成層圏に滞在して、太陽放射を遮って、気候変動を引き起こすことになります。

今年のお盆の梅雨末期状態について、noteに書きました。そこで西日本の8月中旬の日照時間の短い記録を表にしています。それを再掲します。

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8月中旬に西日本の日照時間がもっとも少なかったのが1993年、その次は1992年です。ピナツボ火山の噴火の影響がしばらく継続していたと考えられています。特に1993年は記録的な冷夏となり、梅雨がなかなか明けず、8月6日には鹿児島で86水害と呼ばれる甚大な豪雨災害が発生しています。エルチチョン火山の噴火があった、1982年も梅雨が長引いて、下表のように7月の西日本の月平均気温がもっとも低い記録となっています。この年は、7月下旬に長崎豪雨がありました。冷夏というと、温暖化の時代だから冷夏の方がよいのではないか、と考える方もいるかもしれませんが、夏らしくない天候が真夏に続くと、農作物や夏物製品への被害だけでなく豪雨の発生の可能性が高まる、ということを忘れてはなりません。

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大変な時期ですし、地理的にもなかなか調査も難しいとは思いますが、福徳岡ノ場火山噴火の調査もしっかりやっていただきたいです。








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