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【小話と】とある装身具の物語【レジンクラフト】

久しぶりの小話更新です。
ありがちな異世界転生魔王系の小話と、創作品の紹介です。
つくった装身具自体はちょろっと雰囲気しか登場しません。メインは冬にやりたくなる現象の話です。

風が吹いている。穏やかな風は、優しく頬を撫でて去っていく。
過ぎたものは惜しまない性格だと思っていた。去ったものや場所を思い起こすことはあれど、未練がましく見惚れはしない。異世界に来た時だってそうだ。離れた元の世界にはいつか戻りたいとは思うけれど、故郷の風には焦がれない。そうだったはずなのに。
この優しい風に物足りなくなってしまうのは何故だろう。茹る熱帯夜。身を刻む寒気。元の世界に居た頃は疎んでいたものが、いまは眩しく瞼と心の奥を焼いていく。

「(そう、この世界には四季がない)」

魔界の中の一角、転生した世界には四季がない。多少の気温の上下や天気の変化はあるものの、基本的には一年中「春」のような心地よい気候が続く。危機を感じるものを挙げるならば、不定期に訪れる嵐くらいだろうか。作物が荒れて貿易にも関わることだから。
玉座から腰を上げて、卓上の本を手に取る。魔界に来てから記し続けていた備忘録。その数を辿ればいまが前の世界でいう「冬」であることがわかった。
「冬」といえば「雪」。あの白で縁取られた風景を、少しだけまた見たいと思う。魔界の中でも氷の属性を持つ別の世界に行けば容易に見えるのだろうけれど、移動にはお金(と運び手への貢物)が必要だし、何よりそういう話ではない。炬燵に入りながら甘いミルクのアイスクリームを食べるような、そんなことがしたい気分なのである。人間は強欲だ。

「えっ?氷の【魔技(マギ)】ですか?もちろんたくさんありますけど……」

配下である少女は背中から生えた触手を傾けた。ついでに人間と同じ位置にある首も傾けている。
例を見せてほしいと頼めば、少女は困惑した表情で赤色の宝石のついた装身具をはめた。

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どうやら熱を宝石が吸収して氷を創り出す【魔技(マギ)】らしい。短く詠唱すると、宙から手のひら大の氷柱が現れて落ちる。青年はその氷柱を手に取った。冷たい。

「こんな感じのをもっと巨大化していけば、敵へ攻撃できるくらいにはなりますが……」
「別に戦いたい訳じゃあないんだ。もっとこう……細かく出せたりはしないか?」

触手の少女は少し悩んだ後、異なる詠唱をする。すると指先から5センチほどの氷の礫が数個飛び出した。
床に落ちたそれを手に取る。やはり冷たい。

「ふむ。こっちの方がやりやすいな」
「……よくわからないのですが、これは……?」
「たくさん出すのにどれだけ労力がかかる?」
「答えてくれないのですね、魔王様……。えっと、流石に気候は変えられるほどの魔力は私にはないですよ?」
「例えば大鍋を氷でいっぱいにすることは可能か?」
「お、大鍋……?まあ、そのくらいなら造作もないですが」

青年は頷いた。しかし少女の触手は疑問符のようにくねっていくだけである。すりこぎのような調理用の棒状の木を手にして空をなぞる魔王の青年に、少女は結局真意を問えないまま、続く意図不明の質問に答えていくのであった。


「あ、そういえばこの【魔技(マギ)】の触媒は大気中の水分で補っているんですよ」
「……その触媒を変えることは可能か?」
「ええ、もちろん」
「じゃあ飲料水の湧き水で全て補ってくれ」
「わかりました。でも、何故?」
「……あまり衛生的に良くないことはするべきではない。そう教えられてきたからね」
「???」


魔王城はざわめきに満ちていた。仕事終わりの魔物達は、魔王の令で城に集められている。何やら氷の【魔技(マギ)】を使った実験をするらしい。しかし実験に多くの魔物の手が必要というのはどういうことなのだろうか。まさか実証として攻撃の的にされるのか……と顔(もとい全身)を青くする魔物は数多く。側近の狼の魔物以外は耐えられないだろう、と声を潜めて囁かれていた。話題の渦中の狼の魔物は広間の端の柱にもたれかかって、大欠伸をしているのだが。

「そもそも寒いのが嫌だからこの気候の世界が居心地いいのに……」
「氷柱で貫かれるのとか何年ぶりだろう」
「治癒【魔技(マギ)】担当、魔力の貯蔵は十分か」

しかし、一瞬でざわめきは消えていく。奥の扉から魔王が姿を現したからだ。大鍋を抱えた魔王は、触手の少女に何やら指示を出して、魔物達に向き直る。

「本日はよくぞ来てくれた。忙しい中、ご足労感謝する。さて、諸君らを集めた理由だが……」

ごくり、と生唾を飲み込む音が静寂に響く。その余韻を破ったのは、魔王が振りかざした————木のスプーンだった。


「此処に【冬のかき氷パーティー】の開催を宣言する!」


白いふわふわの糧。こんもりと器に盛られた淡雪を彩るのは、木の実を砂糖で煮詰めた赤や黄の甘味。
スプーンを差し込めばやわらかな感触が出迎える。「氷」と評するには繊細なそれらは、あたたかな暖炉のある部屋の中ではすぐに溶けてなくなってしまうのでは、と口に運ぶ手を焦らせた。果実と共に一口含んでみれば、冷たさと優しい甘味が広がる。見た目そのままの氷の粒のきめ細やかさが舌を撫でては溶けて、また含めば口の中に訪れた。気づけば溶ける心配をする前に器は空になっていて、残り香の氷水も飲み干していた。

魔物は皆、「かき氷」なるものに夢中になっていた。広間には器とスプーンが触れ合う音が絶えず響き渡り、おかわりを求める魔物に触手を何本も使いこなしながら触手の少女が応えていた。
手でスプーンを持ち、かき氷を味わう魔物。皿にかぶりついて食事を楽しむ魔物。形は様々だが、食事を楽しむ心は皆同じ。魔王はその姿を眺めながら、自らもまた「かき氷」を一口含んだ。

「随分と粋なことするじゃあねェか、魔王サマ。氷を食べるのは限界な時くれェだが、果実の砂糖煮をかけるのは見たことがねえ。まあなかなか悪くない味だ」
「元いた世界では「シロップ」をかけるんだが、こちらでの作り方がわからなかったからな。成功して何よりだ」

器を空にして、魔王はスプーンを置いた。狼の魔物はほう、と息を吐く姿を見やる。

「で、なんでこんな突飛な真似をし始めたんだ?元の世界が恋しくなったか?」

魔王の青年はどこか遠くを見つめた。しかし、「かき氷」を楽しむ魔物達に視線を戻す。賑やかな空間。青年にとっては異常だった世界。しかし魔王にとっては平穏な日常。

「冬は炬燵で冷たいものを食べたくなるんだ。それがどんな世界であっても、いまある場所で再現してみたかった。まあ、少し懐かしさを感じたかったのは確かにある」

魔王の青年の伏せた瞼の奥に見えているのは何処なのか。狼の魔物に知る術はない。しかし彼はまた瞼を上げて、しっかりと此方の世界を見据えていた。

「過ぎ去ったものを、たまに眺めてみるというのも乙なものだよ」

ふーん、と気のない返事をして、狼の魔物は残りの「かき氷」を平らげた。しかしその口元は満足げにほころんでいる。
魔王の青年もまた、大切なものを眺めるように魔物達を眺めていた。

さて、冬にやりたくなるアレ(とちょろっと創作した装身具)の物語です。最近暖かい部屋で暖かい恰好で美味しいアイスを頂きました。とても美味しかったです。
それはそれとして。久しぶりの小話。四季の話を書こうとしたら、案外自分は四季を楽しめていないな、と感じました。体調に振り回されすぎて季節本来の雰囲気を味わえてないというか……。物書きとして、この辺はこれからの課題ですね。
これ以外にも、またTwitterで色々つくっています。もしよろしければ、そちらもご覧ください。閲覧ありがとうございました。

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