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【小話と】『にんじん』の物語【レジンクラフト】

ありがちな異世界転生魔王系の小話と、レジンのやさいの紹介です。久しぶりの第十三章はお茶請け的な昔話です。雰囲気だけでも感じ取って頂けたら幸いです。

薪が弾ける音がする。散った数多の火の花は、刹那の瞬間部屋を照らして灰の中に消える。

机に向かう魔王は、静かにペンを置く。乾いたインクは何も汚すことはない。

「……昔、この世界で異次元の人間との『いさかい』がありました」

小さな声に魔王は耳を傾けた。椅子に腰かける少女は、その様子を見て取ると少しだけ息を吐く。魔王は何も言わずに机と向き合い、呼吸は慎ましやかに空気を震わせる。部屋の中で揺らぐのは橙の触手だけ。

「以前、異世界の騎士がここに流れ着いた時のように、異なる次元がこの世界と繋がりを持ったのです。それは一時的なものではなく、しばらく続きました……しばらく、と称しましたが人間の寿命にしてはそれなりに長い期間だったようですね。自らの孫にその時の物語を幼い頃の思い出として語り継ぐ程度、とでも言いましょうか」

魔王にとって、触手の種族がどれくらい生きるのかは厳密にはわからない。しかし初めて出会った時の会話の中で、百年という期間を『少しの間』と認識していることだけは知っていた。


触手の少女もまだ幼かった頃の話らしい。魔物の世界と繋がった次元は、人間がたくさん暮らしていた。そして魔物という異次元の存在に恐怖を抱き、世界同士が繋がって尚も交流を持とうとしなかった。

「恐怖心は猜疑心を生み、猜疑心はやがて人々に剣を持たせました。私達の世界の魔物は何をしていなくとも、自らの世界の不安の原因をこちらの中に見出して、打ち倒さんと剣を掲げたのです」

不安を解消する一つの策として、原因を見つけ出してそれを取り除くことは確かに存在する。しかし、実体のない不安もまた存在する。心を揺らがせる悪を人々は自ら作り出したのだ。得体のしれない存在にその虚像を投影して。

「人間の世界には、神に選ばれし者しか引き抜くことができない剣がありました。それを引き抜いた者を、神が認めた戦いの長として祀り上げることにしたのです」

「よくある話だ」

魔王の青年は、どこぞのゲームや漫画で見たことがある、という言葉を喉元で飲み込んだ。ゲームや漫画の概念を説明するには、続きが気になる話だった。それで、と机から顔を上げて続きを促す。何故だか触手がくにゃり、と力を失っていた。

「……多くの人間が試しました。力のある者、勇敢な者、博識な者……しかし誰一人その剣を抜けるものはいませんでした」

どこか遠くを見つめながら、触手の少女は語る。

「やがて、ひとりの青年が引きずり出されてきました。引きずり出された、というのも言葉通りの意味です。その青年は辺境の村の変わり者で、村の書庫の本を読み続けてそこから滅多に出ることはない、書庫に住まう人間でした。しかしもう他に試した者はいない。本を読みふける青年をそのまま仕方なく連れてきたのです」

青年は本を片手に、剣の柄を握った。その瞬間、人々は思わず目を奪われることになる。青年の手元から金色の蔓が伸び、剣に絡みついて花を咲かせたのだ。当然のように剣は引き抜かれ、同時に宝石のような煌めきが宿る————その時にはもう、生き物を斬るのは不可能な姿になっていたから武器とは言えない———剣が現れたのだった。


剣を片手に青年は手にしていた本を差し出して言った。

『この書物に描かれている生物と魔物は似ている。故に滅ぼしたくない』
と。

“偶然にも”青年が手にしていた本には御伽噺が書かれていた。確かにその登場する生き物は魔物に似ていた。そしてその魔物は心優しく、芸術を愛するものであるとも。その本を囲む人々に青年は告げる。

『武器としては使い物にならないかもしれない。しかし美しいこの剣を差し出して、交流をしたい。話してみないと、関わりを持ってみないと、本当に倒すべきものが何なのかわからないままだ』

わからないことをそのままにしたくはない。皆が止めたが、青年は次元の裂け目を通って魔界に向かった。


「その後は驚く程すんなりと話が進みましたよ。その剣を引き抜いた青年は当時この世界の参謀でもあった亜人の魔物と旧知の仲だったんです。全て【魔技(まぎ)】で見通していた当時の魔王も、その剣を見た途端、これは素晴らしい【夜彩(やさい)】だ、と喜んで名前を考え始めました……」


「……さっきは“偶然”と言ったけれど、本当に“偶然”その本を持っていたのかい?」

魔王の青年と同じことを亜人の魔物は青年に聞いたという。
『本当は全部わかっていて、本を人々に読ませたのか?』と。
青年は笑った。
『そんなこと全部予想なんてできる訳がないだろう。何事もやってみないとわからない』。それでも、と言葉を続ける。
『自分がやりたかったことは全部できた』。

「いまとなっては、全て“偶然”だったのか、全て青年の思い通りの”必然“だったのかはわかりません。でも、その【夜彩】をきっかけに魔物と人間の交流が始まり、やがて魔物も『同じ美しいものを美しいと思う』存在だという理解が広まって、猜疑心も恐怖心も鳴りを潜めていきました」

いつしかその次元との繋がりは途絶えた。それはまるで、細い糸がぷつん、と切れた時のようにあっけなく。この世界の魔物のだいたいは覚えているが、その次元の人間はどうなのかはわからないらしい。

「元々、異なる次元同士が繋がることがイレギュラーなことなのです。振り子の揺れがやがて収まり静止するように、その次元が恒常性を保つために、人々の記憶からその出来事を他の何かの形で収束させることもよくあること。その次元の人の記憶は世界によって他の何かに置き換えられ、もう———その青年さえも———覚えている人なんていないかもしれませんね」

それでも、と触手の少女は言葉を続ける。

「こちらの世界は覚えているし、名付けられたものの記録も残っています」

【仁刃(にんじん)】。そう当時の魔王は名付けたらしい。他の者に対するいつくしみが宿った人間の刃。


「なるほど。興味深い話だ。関わり合うことで相互理解し、お互いを敵ではないと認識する。人々の不安がどう処理されたのかはわからない……何か別のことに置き換えられたのかもしれないが……、やってみることが偶然を必然にするということか」

触手の少女は大きく頷いた。

「そうなんですよ。やってみないとわからないことばかりです」

そしてじっと椅子の上で伸びをする魔王を見つめた。

「なのでいい加減新作の装飾品のデザインを創像する作業もやってみては?」
「……やってはいるんだ……でも浮かばないんだ……」

魔王はまっさらの羊皮紙を前に頭を抱えた。手にしたペンのインクは乾ききり、夜の帳は朝焼けの色を滲ませている。

「とりあえず描いてみないとわかりませんよ!お茶請けの昔話は終わりです。頑張ってください、魔王様!」
「そうだな……」


大きくため息をついて、魔王はペンという名の剣をとる。


さて、第十三章はにんじんの物語です。スランプです。そんな話です。
最近現実が忙しく、Twitterさえ満足に追いかけられない状況で、他の作品も見れないなか毎週木曜日はやってくる。先週はお休みを頂きましたが若干まだてんてこまいです。たぶん忙しさ的には今週が終われば(スランプも)なんとかなる……と思いたい……。とりあえず、無理はしない範囲でやっていきたいと思います。閲覧ありがとうございました。

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