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【小話と】『さにーれたす』の物語【レジンクラフト】

ありがちな異世界転生魔王系の小話と、レジンのやさいの紹介です。第十二章は平和な話。そして来週完結しそうな中編のお話です。雰囲気だけでも感じ取って頂けたら幸いです。

揺らめく炎がふたつの影を照らしている。

そのひとつ、青年は微動だにせず。もうひとつの女性は荒い息を吐いて屈みこんだ。黒い前髪が垂れ下がり、表情は見えない。

「つまり……この魔界という次元全体に数多の世界があり、その世界それぞれに魔王がいる。私が打ち倒すべき魔王がどこにいるかはわからないが、少なくともいま私の目の前にいる魔王ではない……ということか」

魔王の青年はため息をつく。

「やっとわかってくれたか……ここまで辿り着くまでに貴女が壊した調度品も浮かばれることだろう」

魔王城。二人がいる玉座の間は、焦土と化していた。松明は木片になり、石壁は煤にまみれ、机は脚が折れている。しかし奇妙なことに玉座だけは傷ひとつない。おそらく何かしらの【魔技(まぎ)】がかかっているのだろう。

魔王はエルから闘志が失われているのを見て、玉座に腰かけた。そして少しの間の後に宙に手をかざして握りしめる。するとどこからともなくエルの目の前に蒼いクッション付きのソファがあらわれた。エルは鋭い瞳で魔王とソファを睨みつけるが、やがて憮然とした表情でソファに腰かけ、大きく息を吐く。

「……魔界に行き、魔王を打ち倒せば全て解決すると思っていた。しかし、魔界にも多種な世界があり、その世界の数だけ魔王がいるとはな。そんなこと、神託でも伝えられていなかった」
「それに関して何か言えることは僕にはない。何が普通かは、この世界にしか居たことがない僕にはあずかり知らぬことだ。貴女の次元の人間の神託とやらの力の不足のせいだ、と非難するつもりもない」

魔王は肩を竦めた。

「……まあ、貴女一人なら僕で対処が可能だったから、というのもあるが。もし僕の世界の民達を傷つけていたら、その限りではなかったかもしれないね」


焦土と化した部屋は、全てエルの所業だった。ひたすら様々な力と剣で攻撃を繰り出すエルに対して、魔王はひたすら防御に【創像力】を行使するのみ。終わってみれば傷ひとつない魔王と、気力や体力、精神力を全て消費しきったエル。戦意を失った彼女に魔界と世界と魔王のことを語って聞かせ、この静寂が訪れた。

「謝罪をするべきなんだろうが……まだ、現実をどう捉えれば良いものか、全くわからない。これからするべきことも……何もかも……」

俯き、ぽつり、ぽつり、と言葉を零すエルに、魔王は穏やかに言葉をかける。

「当然のことだ。構わない。貴女の心と考えが落ち着くまで、この城の一室を貸そう」

玉座から立ち上がると、魔王はエルに背を向けた。

「今日は休みたまえ。悩むのは明日からでいいだろう」


光が人間になったかのような、そんな輝きをたたえる少女が微笑む。

『エル、疲れているでしょう。悩むのは明日にして、今日は寝たらどうかしら?』

その人の名前を呼ぼうとした。しかし、少女は光の中に溶けて————。


エルは瞼を上げた。
小鳥のさえずり。あたたかな朝のひざし。香ばしいパンの香り。
やわらかなベッドから身体を起こし、辺りを見渡す。昨晩と変わらない光景。脱いだ鎧。立て掛けた蒼剣。
そして自分の世界の自室とは違う部屋。石造りの壁に、木製の机と椅子。そして、何故か部屋の隅に咲いた、透明感のある桃色の花弁をもった花々。


手足を軽く動かす。問題ない。やろうと思えばまた、剣を手にあの魔王に斬りかかることもできるだろう。

しかし、瞼の奥に残る少女の微笑みと言葉、そして昨晩かけられた奇遇にも似通った魔王の言葉が重なる。

「私は……どうすればいい?」

拳を握りしめても、魔王のように、何かを生み出すことなどできはしない。



目立った監視の目もなく。狼の魔物がつくった朝食は美味で、特に何か盛られている気配はなかった。
魔王の城では触手が生えた少女が慌ただしく資料を抱えて走り回り、魔王は玉座の間で紙束とにらみ合いをしていた。きっとこれがこの世界の日常なのだろう。

「平穏、だな」

鎧を着こみ、剣を手にする自分が場違いのように思えて、エルは眉を顰めた。

「そうでもない。毎日が戦いの連続だよ」

紙束から顔を上げた魔王が淡々と言葉を返す。聞こえていたのか、と目をそらした。

「貴女が想定する戦い。敵。悪。それと僕らの相手が異なるだけの話だ」


瞼の奥で、少女が沈鬱そうに俯いている。

『ねぇ、エル。もし……いいえ、いつか必ず訪れると信じている未来のことなのだけれど』

長い純白の睫毛を伏せて、少女は語る。

『悪が倒された後の、平穏な世界はどうなるのかしら?』

記憶の中の自分が答える。それは幸せで、皆が満たされて暮らしていくのだと。

『……本当にそうかしら?戦いが終わった世界では————』

向けられた蒼い瞳は、幸せな世界を見据えていなかった。怯えで揺れ動く、不安定なまなざし。

『本当に【悪】はどこにもなくなるのかしら?』


まどろみの過去から、エルは現実を取り戻す。
戦いのない世界。平穏な世界。自分の世界の皆が望んだ姿が、目の前にある。気づかない内にまた目の前に咲いていた桃色の花を見やる。

正義を果たさなければならない。エルの故郷を焼いた魔王を打ち倒す、その決意は変わることはない。だから、一刻も早く自分の次元に戻って、忌まわしい魔王の元に今度こそ赴かなければならない。
元の次元に帰る方法を聞けば、エルの世界の人間がエルを見つけた上で再び次元転移の魔技を使ってもらうしかない、とこの世界の魔王の側近の少女は答えた。
有体に言えば、エルには何もできないのである。今まで戦い方しか教わってこなかった人間が、次元に干渉できる訳もなく。ただひたすらのんびりと、刃を抜かれていくような世界で過ごさなければならない。

これが自分の目指した、そして行く先にある世界なのか?


「暇そうだね」

昼下がりの紅茶を飲む魔王に話しかけられ、エルは気晴らしに振っていた剣を止めた。
顔を背けると、かちゃり、とティーカップを置く音がする。

「することがない、そして体力を持て余しているなら……」

何を言われるのかと身構えたが、魔王は心配せずともよい、と微笑んだ。

「試しに、この世界で働いてみないか?」


(魔王様、創像中……)


さて、第十二章はさにーれたすの物語です(今回もまだ名前は出てきていませんが)。とある方の記事に影響をかなり受けています。続きものの中編です。ちょっと苦手なピンクに挑戦してみました。いやぁ、サニーレタスは赤い要素が特徴にあるってどこかで見た気がしたので……ちょっと無理矢理感が否めないですね、はい。これ以外にも、またTwitterで色々つくっています。もしよろしければ、そちらもご覧ください。閲覧ありがとうございました。



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