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【小話と】『人情のへちま』の物語【レジンクラフト】

たくさんつくったへちまとなすのストラップ。そのひとつひとつに物語をつける新しい取り組みです。2個目は『人情のへちま』。モノクロの世界に住まう女性と、来訪者の物語。雰囲気だけでも感じ取っていただけたら幸いです。


「今日込めるのは、『人情』の物語。人情は人間の人間らしい感情、そして思いやりやいつくしみの心」
「魔物にも人情がありますよ?」
「もちろん知っているさ。普遍的な生物としての感情の物語をつくったつもりだよ」


~『人情』の平知誠(へちま)~


遠い、遠い、あるところにモノクロの町があるという。その町には色がなく、住まう人々は皆、白と黒の衣服を身に着け、静かに暮らしているらしい。


とある女性は、長い長い旅の末にその町に訪れた。そしてがらんどうの家をひとつ決めた。歓迎の言葉も、逆に煙たがられることもなく。町は女性をあるがままに受け入れる。女性も何ひとつ言わずに居を構え、生活を営み始めた。


高い壁で囲まれた小さな箱庭の中では、モノトーンの野菜や果実が生えている。それだけでお腹は満たされて過ごすことができた。味はよくわからない。けれど、まずい、ともうまい、とも感じない、平坦な感情を呼び起こす、そんな味だった。時折町の中心にある本屋に向かう。様々な人間のエッセイが置かれていた。それが全て、亡くなった人のものであると知ったのは、しばらく後の話。

長旅でボロボロになった身体の傷が癒えた頃には、すっかり女性は町の住民として馴染んでいた。
陽ざしも曖昧な朝に起きて、誰かが遺した記憶を読み、闇という黒につつまれる世界で眠る。
この町の人々は、話しかければ答えたけれど、皆揃いも揃って感情の色のない言葉だった。女性にはそれがちょうどよかった。変に色が感じられない言葉は、嘘の色も感じないからだ。
静かな暮らしだった。少なくとも、この町に来る前とは違う、穏やかで、平和な暮らしだった。


「ソレがアンタが本当に望んでイル人生なのカ?」


奇妙なイントネーションの言葉に、顔を上げる。どこから入ってきたのかはわからないが、場違いな人間が立っていた。この町における場違いさ、『色』がある人間は一歩一歩、違和感を振りまきながら女性に近づく。

「色のナイ箱庭にイルにはモッタイナイ女だとは思うンだガ」

そして女性の黒い髪の毛を一房すくうと、優しく口づけた。女性は人間を突き飛ばす。恐怖、衝撃、動揺、全ての心を動かす感情に揺さぶられて、溢れ出た拒絶の腕。

「オォ、良い表情してルじゃねェか」

ケラケラと機嫌良さそうに笑うと、人間は去っていった。誰もいない部屋。反芻する来訪者の言葉。女性は鏡を見やる。そこには、いつの間にか色を失っていた顔。しかし、僅かに朱が差した頬があった。


「帰ってください」「オォ、開口一番にソレは厳しいネェ」
「あなたのことが嫌いです」「何故だか嫌われチャったネェ」

人間はたびたび女性の家に現れた。そして拒絶され、いつかは帰っていく。時折、間合いを詰めて女性に触れた。毎回突き飛ばしてしまうのだけれど、人間はケラケラと、どこか嬉しそうに笑っている。
邂逅と拒絶を繰り返す内に、疑問が湧いてきた。「あなたは誰?」「どうしてこんなことするの?」「私は必要としていないのに」人間は答えた。「どうでもイイだろ、ンなコトは」「アンタにとって必要かなんて、全くモッテどうでもイイ」。女性は机を叩いて抗議した「邪魔するな」「私はこの町で静かに暮らしていたいだけなんだ」。
いつものようにケラケラと人間は笑った。心底楽しそうに、愉快そうに、嬉しそうに。

「もう、この町の住民ジャなくなってるヨ、アンタは」

鏡を見てみろ、と示され洗面台に振り返る。怒りに茹って赤らむ顔。血色がよくなった肌。恐怖に潤んで充血した瞳。噛みしめ過ぎて、蒼くなった唇。「ホラ、そうだロウ」人間に振り返る。褐色の肌と、鮮緑の着流し。ゆったりとくつろげられた胸には、橙から緑へ変わる鮮やかなペンダントが下がっていた。
色のある人間。全てがモノクロのこの町の住民ではない人間。そして、自分もまた、そうなりつつある。どれだけ外面を白と黒で取り繕っても、色の変わる身体は誤魔化せない。


「私は……平淡に、静かに生きていたかっただけなのに」

様々な大切なものを失って、裏切られて。心が打ちのめされて。ならばいっそ何も感じず過ごせたなら。そう思って理想郷を求めて旅をした。そして辿り着いた安寧の地でも、手にした平淡な日常は壊されてしまった。

「人間として生きるんなら、感情ってものには切っても切れない縁があるんだよ」

人間は女性の頭を撫でながら告げる。

「あんたは拒絶したつもりだろうが、突き飛ばして鋭い言葉を投げつけるだけだった。家や町から締め出すようなことはしなかった。それはあんたにはまだ、人間の感情————『人情』が残っていたってことだ」


ゆったりとした仕草で女性の前に出て、振り返る。

「この町の住民は、もうあんた以外『人情』を失ってる。あれらは死んでもいないが生きてもいない、狭間の存在だ。狭間に飲み込まれてどこにも行けなくなっちまう前に、別の場所に行かないか?きっとあんたがいつか平穏に暮らせる場所があるはずだ」


ここじゃない遠い場所になら、と人間は手を広げた。ゆるい着流しが風になびく。色のない世界にふわり、と広がった鮮やかな緑がどこか眩しくて、思わず目を閉じる。もしかしたら、夢なのかもしれない。次に視界を広げたら何もなく、また色のない世界の中に————いや、それでも。女性は瞼を上げる。もうモノクロの世界で生きていくことはできない。良きものも、苦しいものも。心の中に湧き上がる様々感情を抱いてしまったから。
人間に差し出された手に触れる。失って久しい、人間のぬくもりを感じた。

町を出る。住民は誰も引き留めやしなかった。
外に待たせていた、馬が引く山積みの荷台の隙間に乗せられる。ガタゴト、ガタゴト。決して爽快とは言えない揺れの中で女性は聞く。何故自分を連れだしたのか、と。

「なんとなく。連れ出したいって思ったんだよ。別にアンタじゃなくても連れ出してたな。別にアンタに惚れてるわけでもない。己の性分ってヤツなんだよ」

「でも、『人情』ってそういうモンだろう?」

女性はしばらく黙って、荷台に揺られていた。ふと顔を上げると、遠くに街が見える。色とりどりの花が植えられた、鮮やかな街。敷き詰められたレンガの色は暖かい色をしている。花弁が宙を踊り、女性の手に舞い降りる。突き抜けるほどの青空がどこまでも広がっている。

「ま、もっと遠いところに行きたいし、ここは中継地点だけど。色があるってのも、悪くはないだろ?」

女性はずいぶんと久しぶりに微笑んだ。凝り固まって、不器用なものだったけれど。


「そうやって普通に喋ればいいと思うけれど」
「変な人間じゃなかったら、アンタも注目しなかったダロ。これも立派な思いやり、『人情』なんだヨ」


そういうものなのだろうか。女性はまた、不器用な笑顔を浮かべた。

原案自体は、実は学生時代からありました。元はもっとえげつない描写とかが多く、だいぶマイルドにした結果です。もっとねっとりさせるのは好きなのですが、作品に合わないような気がして……
いつかねっとりレジン作品(?)ができたらねっとり小話(??)を書こうと思います。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
閲覧ありがとうございました。


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