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【小話と】『からすぶどう』の物語【レジンクラフト】

ありがちな異世界転生魔王系の小話と、創作品の紹介です。
名前の原案はとある方からお借りしました。さらに様々アイデアをいただいて融合しています。内容は『星』の話です。


夜空の星を教えたい。
魔界に来て、最初にそう思ったのはいつのことだったか。


魔界の空には星がない。世界の外側にはまた別の世界がある。独自の構造をした魔界は、【陽】の刻と【陰】の刻が地球の昼夜のように入れ替わっていくだけであり、我々の知る宇宙や地球という概念がない。
【陽】の刻は光の力が増して明るく照らし出し、【陰】の刻は完全に闇が支配する。抗えるものは炎の力くらいしかない。

あまりの暗さに、星や月がないことに気が付いて住民に問うても「星とは何か」の問いが返ってくるだけ。その時からだ。夜空の星を教えたいと思うようになったのは。

例えば、冬の澄んだ夜空。白い吐息と共に見上げた、流れる煌めきの数々。例えば、夏の大きな星空。青い草に寝転がって数える光の粒たち。


誰かのために星が象る座を学んだりはしなかったけれど、子供の頃に電気で再現された形は原風景として憶えている。

黒い布を手に取って、小さな穴をあけてみた。そして燃え移らない距離で炎にかざす。この方法でなら疑似的に再現できるかもしれない。

「(でも、何かが違う)」

再現できたとして、彼らの心にもその美しさが届くだろうか。自分が持つ記憶や経験の共有ができるだろうか。

結局答えは出ないまま、今日も【陰】の刻は去っていく。


「魔王様、お得意様からお手紙が届いています」

日々変わらず魔王としての仕事に励む。外交もその一環。魔王の青年は触手の少女から手紙を受け取って目を通す。よくこの世界で作った【夜彩(やさい)】を買ってくれる他の世界の魔王からの注文書だった。

「新作の【夜彩】を見てみたい……とは。簡単にできればそれに越したことはないんだがな」

眉を顰めた魔王の青年に、触手の少女は苦い笑みを返す。

「最近、他の世界の魔王の方々も新作への期待をしたためていることが多いですね。ありがたい話ですが……」
「僕としても新作を創りたい気持ちは常にあるさ。……そうさ、常にあるとも。だがな、発想と言うものは呪文を唱えれば虚空から現れる訳でもなく、贄を捧げて天に祈れば降り注ぐ訳でもないんだ。勿論、耕した土に植えて待ったとしても確実に実るかといえば嘘になる。とにかくままならないものだ」
「あはは……」
「まぁ、玉座に根っこ生やして暇してる方が出るモンも出ないんじゃねーの?」

いつの間にか音もなく現れた狼の魔物。切れ長の目を呆れたように伏せながら大きな欠伸をした。魔王の青年は「ノックはなくていいから足音くらいよこせ」と一瞥するが、狼の魔物はどこ吹く風。腰に携えた刀剣で素振りをしている。

「一理あるが、魔王の仕事も決して暇をしている訳ではない。返事の文をしたためるのも、立派な時間食い虫だからな」
「ンなもんそこの触手にでも代筆頼んでおきゃいいだろ」

急に話を振られた触手の少女は「えっ?」と素っ頓狂な声を上げた。しかし狼の青年は無視を決め込んでいる。

「それとも、永い永い時間をかけないと発想を掴めないってか?あーいうのはな、全部タイミングと反射神経だよ。急にふらっと現れるソイツを叩き斬れるかどうか。その勝負だろ」
「……アイデアを斬る必要は僕にはないのだが」
「物の例えだ。そんなこともわからないってーと、相当煮詰まってるみたいだな!」

魔王の青年は長い沈黙の後に、これまた長い息を吐いた。玉座の背もたれに身を預け、身体を弛緩させる。

そして大きな伸びをすると、重い腰を上げた。

「代筆までは頼まない。無難な時候の挨拶だけ考えておいてくれ」


魔王の青年は採掘場に来ていた。結局魔王城から出て、きままに飛んでいた赤い鳥を見つけて、昼休憩中の鉱山に運んでもらった。あちこちに宝石の原石が転がっている。輝きの強い一つを手に取って眺めてみるが、目新しいものはない。

アイデアの源泉だけはあった。皆に教えたい、夜空の星。それを【夜彩】で再現できれば確かな新作となるだろう。だが決定的な一手の不足だ。精神を研ぎ澄まして居合の構えをしているが、何も未だ通らない、という状況。尻尾でも何でもカケラが見えればすぐに斬るのに、とまで考えて、影響されすぎだろうと思い直した。歩きつつ鉱山の通路を見上げる。此処にはない星をどう見出すか。頭の中はそれでいっぱいで、だからこそ気づけなかった。足元の飛び出た岩のカケラに。


暗転。


「(痛くはない……か。着地の衝撃は【魔技(マギ)】で緩和できたようだ)」

最初は岩のカケラに躓いた。次に伸ばした手の先の岩が脆く崩れ、投げ出された身体は何故だか開いていた鉱脈の隙間を転がり落ち、反射的に閉じた目を開けた時には場所もわからぬ何処かに投げ出されていた。先日学んだ炎の【魔技】を使い周囲を照らせば、学校の教室ほどのドーム型の空間だということがわかった。

「こんな空間があったとはな」

さて、どうするかと辺りを見渡す。かなり派手に転がり落ちたから、誰にも気づかれないということもないだろう。おそらく。まだ楽観的でいても問題はないだろうと結論付けて、出口(または入り口)を探して空洞を歩く。

すると、壁に文字が刻まれていることがわかった。それも、魔界で主に使われている文字ではなく、青年が元いた世界で扱われていた日本語の文字。

「闇夜を照らすは、星の光。されど世界に其れはなく……」

読み上げながら、興味の赴くままに先に進む。

「かの者は言った。『光あれ』と。我らも求める。『光あれ』と」

気づけば目の前に岩の台座のようなものがあった。青年は台座に手をかざす。何も起こらない。しかし青年は先程の文字を反芻した。『光りあれ』。そして炎の【魔技】を台座に放った。

台座に放った炎。細かな火花となって天に昇っていく。流れる光の粒が天に昇っていき、周囲を照らす。天から灯された、まばゆい明かり。それで改めて気づく。足元。足元が輝いている。星の粒のような細かな光が瞬いている。それはまるで、天の川のようだった。火をともす地。星の輝く天。そのふたつが入れ替わっているかのような光景に眩暈がする。真っ先に思う。皆は知っているのかと。これが、これが————。

「これが、僕が教えたかった————」
「って、こんなところにいたのか魔王サマ」
「……えっ?」

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助けに来た魔物達に聞いた。ここは過去の魔王が創ったものらしい。炎で照らすと輝きだす石が敷き詰められた空間。石自体はありふれたものらしく、何故これを集めたのか、名前と共にわかってはいない。

「え、ありふれたものなのか?」

一緒に来ていた触手の少女は頷く。

「はい。でも加工に手間がかかって、職人さんが忌避しちゃうんですよ。日光に晒すと輝きが失せてしまうので、【陽】の力を避ける【魔技】をかけなきゃいけないんです。けっこうそれも力がいる【魔技】で……」

話を聞きながら、ぼんやりと考える。
星に名前がつけられたのは後の話だ。我々が見る光は残り香に過ぎない。墓標を記すようなものだ。けれどあの名もなき空間は生きている。そして魔法の力で守ればこの石も生きていける。星の輝きを、生命の輝きを誰かの元へ届けられる。

「————新作を思いついたんだが、手伝ってもらえるかな」

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名前をつけた。【鴉夢堂(からすぶどう)】。夜空のように黒い羽根を持つ鳥の名と、夢のように儚い輝きを守り続ける名もなき堂を思いながら。読みの名前は世界から借りた名前だけれど。

眺めて思う。これの根源も、何もかも、知らないことばかりだ。この世界でありふれているものもちゃんと理解していなかった——自分の世界の星の輝きに目が眩んで、足元が見えていなかったのだ。

だから、教えられることが大事なんだろう。
新しい世界に触れて、吸収する。

魔界の夜空を見上げた。何もない、そう思っていた。けれどそれは合っているようで間違っている。この向こう側には他の世界がある。無限の、まだ見ぬ世界が。

手元に視線を戻す。他の世界のお得意様への文。時候の挨拶、無難な会話、日頃の感謝の言葉……。


最後に付け加える。


『ところで、貴方の世界はどんな場所ですか?』


ということで【からすぶどう】のお話でした。
からすぶどうの名付けの源泉となった『のぶどう』を教えてくれた方、そして名付けのために協力してくださった方に最大の感謝を。
この作品は依頼があって作成しましたが、新しい分野に触れられてとても楽しかったことを思いながら小話を書いています。

星の概念は魔界にはない、という設定は最初からあったのですが、明かせないままでした。ようやく書けてほっとしています。

書いたり書かなかったりしながら、創作は続けていきたいと思います。
今年もよろしくお願いします。

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