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自分にとっての『書くこと』、深夜の追想。

表紙画像は本編とあんまり関係ないです。


久しぶりに少し長めの文章を書きたいと思った。
久しぶりにノートパソコンの電源を入れた。
久しぶりにnoteのページに飛んだ。

さして変わらない自分の文章の集積場がそこにあった。
己の文体とか、そういうものがわかっていないし掴めてもいないから成長の幅を感じることもない。ただ何も変わらないまま、約1年という確かな歳月だけが溜まっていた。

1年前のちょうど今頃(もう少し後かもしれない)の僕の手のひらの中には、『どうやら自分は書くさだめにあるようだ』という実感があった。
それを握りしめて、飽き性の性格の割には1年間書き続けた方だと思う。
noteは最近書いてなかったけれど、創作という行動自体はコンスタントに続けていた。文章だって、先週くらいにシノビガミのシナリオのストックを1本貯めた。趣味の動画作りもハンドメイドも続いている。

けれど、僕にとっての『書くこと』が己の『業』なのかはいまいち実感できずにいる。そう思いたくないのかもしれない。だって、『書くこと』に比重を置きすぎると書けなくなった時に自分を形づくるものが一気に崩れることを知っているから。

ちょうど5年前の春だろうか。今だから明確にわかるけど、僕は大学の春休みに適応できずに抑うつになっていた。
寝ること、無になって転がること、理由のない涙を流すこと。
その3つしかできない。毎日、曖昧なサイクルがあるその3つの行動をひたすら繰り返して生存していた。生きることしかできなかった。死ぬ行動は3つのサイクルに入っていなかったからしていない。ただそれだけの理由で生きていた。
大学の部活の原稿の締め切りがあって、そこで初めて落とすことを経験した。当時はそれに思考を割く余裕なんてなかったから、非常にあいまいだけれど、原稿を落とした、書けなくなった、という事実はそれなりに自分の中に響いて、靄ばかりの意識の中でさめざめと泣きながら「どうにかせんといかん」とメンタルクリニックに行く気力をひり出したのだった。
ちゃんと服薬をして、通学が始まってから抑うつは鳴りを潜めた。あれ以来抑うつが来たのは、他の決定的な1回だけだ(今日はその話はしない)。

そんなことがあったから、僕にとって『書けなくなる』こと自体、人生のなかでそれなりの可能性を持って常に隣人として存在し続けている。だからそこに身を預けることが怖い。書くこと、そしてそれが誰かの目に触れること、それはとてもエキサイティングで内面の要求を満たし、かつ中毒性のある行動だ。

けれど自己の構築を書くことに頼って、その上で書けなくなったら?
創作することにしか喜びを感じないのに、新作が思いつかなかったら?
筆を折ったら何を手に歩けばいい?
常についてまわる焦燥感をどこに吐露すればいい?
過去という影に覆いつくされた深い夜に、現在の自分の価値という光をどこに探せばいい?

それがわからないから、『書くこと』は『遊ぶため』に使っている。楽しむため。誰かとコミュニケーションをする手段。それ以上でもそれ以下でもない。ただその距離以上に踏み込まない。自分が壊されないように。
上手くいっている方だと思う。TRPGをやる知り合いも増えたし、フォロワーさんイメージの冒頭小説を書くのは楽しかった。

それでも。
在学中のあの身を焼くようなハチャメチャな楽しさを味わうことは、もうないのだろう。あの頃、僕は何も装備してなかった。ただ己の身とペンを片手に、守る自分なんていなく、ただ走り回っていた。今は自分が壊れないようにちゃんと理論や実践の防具で固めている。それが悪いことだとは思っていない。非正規とはいえメインの仕事があるし、年齢に応じた振る舞いをしなければならない。だから、あの地肌で風を切る感覚はもう訪れない。

いつまでも、裸足で走り回ってはいられないんだ。


さて深夜2時。1500字の半ば。どうオチをつけたものかと考えていたけれど、結論は出ない。
どうせ書いていくしかないのだ。明日何もできなくなっても、いつかまた書ける日が来ると、そんな淡い希望を抱きながら日々をやっていく。それを続けていくしかない。
そういうものか?ともっと思考をしたがる自分もいる。
けれどそういうもんさ、と諦めて笑う自分もいる。

きっと1年後も、大して変わらない自分の文章の集積を眺めることになるだろう。
僕にとって『書くこと』はそういうものなのだから。


あ、それはそれとして最後に宣伝をば。
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