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ミッション2 KUSATSU



「ふぅぅ...意外と冷えるな」

他愛のない話を振ってもタンタシオンは黙って頷ずくだけだった。なのに作戦の事となると饒舌になる。

『ポンタさんは南西にスタンバイしてください。南東はダメです。高性能レンズが曇るだけです。白い湯気の世界に浸りたいなら別ですが』

彼の指摘は的確で、実際、現地は南東に強い風が吹いていた。あんなとこにスタンバっていたら湯けむりに包まれ何も見えない。危ないところだった。彼に感謝の一言でも言おうとしたところ、

『シッ!』

と、彼は人差し指を唇にあて、年長者の私に向かって"黙れ"と指示した。不思議と生意気な態度が鼻につかないのは、すでに私は彼を信頼していたからだろう。

我々は耳を澄ました。虫の鳴き声や川のせせらぎの中に女性の話し声が聞こえる。2名...いや3名だ、いいぞ!

ターゲットは3名が最良だ。1人だと警戒心が強く、4人以上だと結束力が強い。2名も悪くないが、どうせなら3名がいい。

『3名ですね、好都合だ』

人数の理を知っているあたり、やはり彼は只者ではない。ネットの掲示板で知り合い顔合わせして、初めての仕事だが安心して組める。若いがかなり経験を積んできたのだろう。時間があれば互いの武勇伝を肴に酒を酌み交わしたいところだ。

その時だった。

『僕、行ってきます!』
「へっ?」

そう言うと彼は森の草木をかき分け露天に向かった。そういえば彼の専門を聞いていなかった。機材を持っていないからカメラではないだろう。キツネのような脱衣所荒らしか?

私は望遠レンズを覗き込んだ。湯船には3名の客、差し詰めOLの女子会旅行だろう。当たりだ。脱衣所の様子は見えないが、彼は何をしているのだろう?


!?


その時、私は目を疑った。レンズの先に彼がいた。彼は湯船に浸かっていたのだ。そんな事あり得るのか?私も長いことこの業界にいるが、こんな大胆不敵な奴は見た事がない。

覗くでもなく、撮るでもなく、漁るわけでもない。堂々と女子風呂に侵入し、湯に浸かっている。3名の客は話に夢中で気づいていない。


そうか!南東か!


この湯は南東に風が吹く。彼は湯けむりに包まれ客からは見えない。


湯けむり...湯けむりのタンタ...


彼の美技に酔いしれた私は、その後また彼と組む事になる。


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