捕まる男
仕事用にスクーターを買った。50ccにしてはガタイのいい無骨なやつだ。デカくて黒くてピッカピカ。コイツどこか俺に似てるな。
僕の活動範囲は車より電車よりスクーターが便利だ。路地裏の細い道もスイスイ。可憐な女性が右へ曲がった。追いかけようか?僕はストー、いやスクーターが大好き。
彼に跨ると何処までも行けそうな気がした。このままハイウェイをかっ飛ばし海沿いをドライブしようか、あの娘を乗せて。
しかし原動機付自転車では高速道路には乗れなかった。2人乗りは禁止だった。海までの道は知らなかった。あの子が側にいなかった。
「ここ、二段回右折だから」
ミスった。白バイに捕まった。原付は大きな交差点を曲がる時、歩行者と同じようにカクンカクンと二段回に曲がらなくてはならない。都会は二段回右折が必要な交差点と、欲望が渦巻く人間交差点ばかりだ。
「ちょと、荷物入れの中も見せてくれる?」
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気づけば僕は警察署で取り調べを受けていた。荷物入れから出てきた注射器を手に、若い刑事が息巻く。
「いい加減、白状しろ!なんなんだコレは!」
「だから何度も言ってるだろう!お医者さんごっこ用だって!」
話は平行線だ。そこへ、ベテラン刑事がやって来て、慌てて若い刑事の頭を机に押し付けた。
「も、申し訳ございません...タンタ様」
「久しぶりだなぁ〜山ぁ。息子は元気か?」
「はい、おかげさまで」
「で?俺を逮捕するの?」
「まさか!こちらの手違いです。どうかお引き取りください」
僕は部屋を出た。今頃、若い刑事が首を傾げている事だろう。
「山さん、アイツは...!?」
「タンタ、タンタシオンだ」
「まさかあの、TOHOシネマポップコーン事変のタンタですか!?」
「ああ...無駄に関わるな」
「なるほど...。ところで山さん、息子さんいましたっけ?」
「アイツに逆らってみろ。ココじゃ暮らしていけん」
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この世は力、力こそ全てだ。僕が何故ゆえに力を手に入れたのか?TOHOシネマポップコーン事変とは何なのか?それはまた別のお話。
僕は新車のバイクに跨って、初夏の太陽の下、心地良い風に吹かれて痛快に走る。何処までも行ける気がした。
だけど雨が降ってきた。土砂降りの雨にやられた。着替えなど持っていなかった。冷えた身体を温めたかった。
あの娘が側にいなかった。
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