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【レポート】JMA×TEP共同企画パネルディスカッション「Startupと大企業連携」

2021年6月23日から25日にかけて開催された、日本能率協会(JMA)による「テクノフロンティア2021」。会場ではTEPの特設ブース設置のほか、JMA×TEP共同企画としてTEP代表理事の國土と豪華ゲストによるパネルディスカッションも行われました。24日、25日に行われたディスカッションのうち、今回は23日の「Startupと大企業連携」の模様をレポートします。

[パネリスト]
TXアントレプレナーパートナーズ 代表理事 國土 晋吾
旭化成 常務執行役員 久世 和資 氏
株式会社S’UIMIN 代表取締役社長 藤原 正明 氏
NSマテリアルズ株式会社 代表取締役 金海 榮一 氏

[モデレーター]
一般社団法人日本能率協会 KAIKA研究所 所長 近田高志 氏

大企業との共同研究はテーマの絞り込みが重点ポイントに

近田:スタートアップと大企業連携という、本当に“古くて新しい”、しかも根深いテーマではありますが、これについてどのような可能性があるのか、どうすればうまく進めていけるのかについて本日は話し合っていきたいと思います。

まず一つ目のトピックスとして、スタートアップと大手企業の連携について事例や経験も交えながら話し合っていきたいと思います。

まずスタートアップの立場として、お二方からお話をしていただきたいと思います。まずS’UIMINさんの方からですね、どんなような連携をされているのか、また課題や感じられたことをお話いただければと思います。

藤原:はい。ありがとうございます。当社は研究開発向けの睡眠計測技術を提供していますが、現在はPanasonicさんと大きなお仕事をさせていただいています。

AI制御によって、睡眠環境を個別に合わせていくような空間を作ると。睡眠というのは身長と同じで人それぞれいっぱいある中で、我々としてはどれだけ睡眠の質が上がっていくかという結果をお返しすることで、我々のサービスを非常に使っていただく価値が生まれるんじゃないかなと。

食品やサプリメント、より具体的に身近にあるとすればベッドとか、あるいはそのパジャマの素材とか、応用範囲が非常に広いのですごくたくさん使っていただけて。こういう中での連携を今後我々としては増やしていく必要があります。ただ、我々は睡眠のプロではありますが、それぞれの技術範囲があまりにも多様なので、どのような研究計画を立てていけば希望される成果が得られるのかを検討するのが課題ではあります。数をこなしていく中でようやく体系化の一歩手前まで来たかなと感じています。

それから、我々の一番弱いポイントだった営業ですね。ネットワークを持っている企業との連携も大きく進みつつあるというところです。

我々の会社としてはまだ始まったばかりなので、やっぱり既に多くのクライアントをお持ちのところと組んで、そういう既にあるアセットをうまく使わせていただければというところで。それらを今後どうすれば本当に当たるのかっていうのは試行錯誤あるのですが。

近田:ありがとうございます。幅広いテーマがある中でどうすり合わせていくかに苦労されるという話もありましたが、試行錯誤する中でつかんだコツなどはありますか。

藤原:まだまだコツなんて言えるところではないんですけども、まだ我々たくさんの企業様等とお会いして、やはりその中で学ばせていただくことが多いですね。やっぱりその企業様にとって刺さる言葉や提案というのは、「スタートアップだから」というと少し乱暴ですけど、場をこなして、より早く解を見つけられればと思っています。

近田:スタートアップ側だけでなく大企業側としてもこうした経験を積んでいくのは大切だと感じます。続いて金海さん、お願いいたします。

金海:設立時は、ベースになる「マイクロ空間科学技術」でいろんな材料を合成しますということをやっていましたので、大手や中堅の企業様など数社と開発をしていました。結果からいえばこれらは失敗しています。成果が何も残せませんでした。

今考えると、当社と先方の共同活動テーマが広すぎたのが原因です。極端なところでは「3ヶ月で次この材料やってください、3ヶ月経ったら違う材料、やっぱりこっちをやってください」みたいなことがあって。

材料というのは評価も含めるとそれなりに時間がかかりますから、これでは一つもモノとして出来上がらないんです。もちろん最初からターゲットを決めて、それだけをやるっていうこともあり、そちらはやはりそれなりのデータが出て結果も残せていますね。

ディスプレイならディスプレイ用の材料としてその原材料のメーカーさんとの共同開発はやってます。ただ、方法としては「この商品のためのこれを作りましょう。マイルスストーンも設定してやりましょう」と。長くても共同開発は3年ぐらい。その中で結果を出すっていうのは具体的なゴールと道筋が明確になってないとなかなか達成できないんですよね。ですから、今はそこをしっかり決めるのを重要視しています。

先ほど藤原さんもおっしゃっていましたが、いきなりの出資ってやっぱり難しいと思うんですね。でも共同開発をやっていてベースがあると、お互いに相手のことがわかりますし、どういうビジネスに繋がるのかっていうのがイメージしやすいでしょうね。

そういうふうにして事業会社さんの出資、資金調達まで繋がったこともあります。大手さんも、多分リサーチとしてはいろんなことをやってみたいんだと思うのですが、まずテーマをしっかり決めていただくと、お互い良い結果が出る共同研究、共同開発になるかなと思います。

近田:ありがとうございます。先ほどの藤原さんとのお話の通り、同じようにやっぱりテーマを固定化してということでしたが、そのテーマの絞り込みを丁寧にやることでより建設的になってくるというような話もありました。その点について上手な進め方や、工夫されてることはありますか?

金海:言ってみれば、同じテーマで複数社とやるっていうこともあり得るのですが、やっぱりそこは我々情報コンタミ(事務局注:自社と相手先の情報が混在してどちらの所有か分からなくなってしまう状態)も含めて切り分けをしていますね。領域をそれぞれ相手の会社さんごとに分けることを常に心がけていて。どんなことがやりたいんですか、というお話の中でうまくそっちに誘導してくっていうこともありますし、そこを落としどころに話を詰めてくというのをやってます。

近田:最初に大企業側から「こんなことできないか」っていう打診があったときに、他にもどういう可能性があるのか挙げてみて、最初のステップで丁寧に会話する…というようなイメージですね。

大企業は“上司”? 日米で異なるスタートップへの眼差し

近田:続いて久世さんにお尋ねしたいと思います。IBMでもいろいろとスタートアップとの接点を持たれたというお話もありましたが、今お2人からの経験談や課題もふまえて、スタートアップと大企業の連携に関して、こんなふうにしていけばいいのではというご意見をいただけますでしょうか?

久世:先ほどIBM側での経験を少しご紹介しましたが、一般的に欧米の企業と日本の企業ではスタートアップに対する考え方や付き合い方が少し違っているように感じています。

欧米はスタートアップであっても厳しく見ますしチェックはしますが、同時に、スタートアップが持つポテンシャルをしっかり評価し、中長期に及ぶものでも投資します。また、投資の規模も日本と比べたら大きいと思います。

日本の場合は、投資の規模に対して介入が多すぎることもあると感じています。介入の仕方も、アドバイスやサポート、メンタリングではなく、細かい注文が多かったりします。また、大企業とスタートアップに限らず、一般企業同士でも、日本の場合は、上下関係を持ち込むことが多くなっています。

企業とスタートアップは、本来、対等に付き合うべきですが、上下関係を意識したコミュニケーションでは、良好な関係が築きにくいのではないでしょうか。

過去の経験からも、企業側がスタートップを立場的に少し下に見ていて、うまく協働や共創ができていないケースがあります。この状況を変えていく必要があると感じています。

近田:ここがいろいろな大企業とスタートアップ連携の問題の根源・本質の一つかなという気がします。そういったマインドセットを切り替えていかねばということですが、そこを乗り越えていく方法はあるのでしょうか。

久世:若い世代の人たちは、そのような古い慣習や文化にこだわりがなく、自由な発想で本来あるべき対等の立場での協業や共創ができると考えています。スタートアップでも大学でも企業でも、組織の壁を越えて、若い世代の人たちが組織の壁を越えて活躍できる機会を増やし、若い世代を中心にした連携や共創をサポートしていくことが、日本にとって非常に重要だと思います。

近田:ありがとうございます。トピックスの締めといたしまして、國土さんからは、自身の経験を踏まえて大企業とスタートアップの連携についてお話しいただけますか。

國土:オープンイノベーションってもうずいぶん昔から使われてる言葉で、何度かブームがきて、下がってまたブームが来て…今またちょっとブームになってるんじゃないかなと思っています。新型コロナの影響で、なかなかコミュニケーションがうまくいかないっていうとこあるかもしれないですけど、盛り上がりがまた来てるっていうのは事実だと思うんですね。

その中でずっと「やっぱりうまくいってない」という部分もあって。何が原因かといっても、いろんな原因があると思うんです。だから一概に言えませんが、一つ確実に言えることはベンチャー企業、特にテック系ベンチャー企業と大企業がうまく連携できれば、実は全く新しいコンセプトの製品やサービスが日本から生まれる可能性は非常に高いということです。

ではそれをどのようにやっていこうか、ということです。一つはコミュニケーションを取る機会を増やす。例えば、僕はアメリカのシリコンバレーで会社を設立して10年ほどやりましたけど、コミュニケーション…特にパーソナル・トゥ・パーソナルのコミュニケーションがやっぱり日本と比べてすごく活発すよね。

「こんな新しい技術考えてて、こういうところに使えると思うんだよね」という話をちょっとしてると、「友達でそういう分野をやってる奴がいるから、明日にでもちょっと電話して、お昼でも外に行って食べに行って、ちょっとなんかフリーディスカッションしたらどう?」みたいな形で、会社という枠ではない“個人対個人”のネットワークができていって。そこで話して、それ面白いじゃんって。さらにこういうやつをくっつけたらこうなるんじゃないの? みたいな話で盛り上がるんですよね。

それ面白い! って、それをやるための課題はこれだよねって話していると、詳しい奴がいるから今度3人で話を…とか、すぐそういう話になるんです。日本ではそういうパーソナル・トゥ・パーソナルのコミュニケーションが非常に薄いので、なかなか進まないっていう面はあるのかなと、自分の経験からは感じました。

筑波にあるいろんな研究所の人にこういう話をすると、「いやいやうちは、お隣の同じ国立研究法人の人と会うには、事前の許可が必要なんです。省庁が違いますから」みたいな話になっちゃって。昼飯を一緒に食べるだけですよって、いやそれ駄目なんです…とか。やはりそういう社外の人とのパーソナルな繋がり、ネットワークを自分自身で作っている人が少ない。

そういうベースの部分があるせいで、コミュニケーションが取れていない。日本の場合は必ず会社対会社のコミュニケーションになってしまっていて、そこがやっぱり一番アメリカなんかと比べてオープンイノベーションがうまくいってない根本のような気もしています。

近田:非常に興味深く本質的なお話ですね。先ほどの久世さんの中でも若い世代が特にネットワークを広げながら…という話があり、やはり〇〇社の〇〇担当というのが自分のアイデンティティのようになりがちですが、やっぱり「私はこういう問題意識持ってるんだ」とか「こんなことやってみたいと思ってるんだ」とか、そういうことがとっても大事になってくるのかななんて今お話も伺いながら感じました。

新たなビジネスチャンスにも。企業間の壁を取り払おう

國土:久世さんにぜひお伺いしたいんですけれども、昔TEPでいろんなコミュニケーションの機会を作ろうという取り組みをしていた時期もありまして。そのときにある日本の大手の電機メーカーさんの新規事業開発室長という方が来られて、どうやってこの場を知ったんですかと尋ねたら、栃木県にホンダの研究所があって、そこに会社対会社の同年代のネットワーキングのようなことを企画したらしいんですよ。

「そこでいろんなディスカッションをして、ちょっと衝撃でした」と。ホンダさんってすごくオープンで、いろんなことに躊躇せずやるっていうあの文化に触発されて。そこで「TEPはこういうのやってるよ」と聞いてきたんですって。こんなふうに、コミュニケーションを社外に広げていくみたいな制度って会社として可能なんでしょうか。

久世:國土さんのポイントは大変重要です。このような制度は可能だと思いますし、IBMでも実際にいろいろと試行していました。しかし、どうも日本では企業の中に入ると、國土さんのお話のように看板背負ってしまったり、会社の中でも事業部間の壁ができてしまいます。ましてや企業間の壁は結構高いです。

IBM時代の社外コミュニケーションの例として、パナソニックとホンダとの取り組みを紹介させていただきます。パナソニックの津賀社長が研究開発を担当されていた時に、IBMとパナソニックの若手技術者が約20人集まり、一泊二日の合宿を二回実施しました。両社混成のチームを作り、20年後の社会とそれを実現するための技術やビジネスについて各チームで議論し、具体的な内容を発表してもらいました。また、ホンダとIBMでも、同様の研究者同士で、新規プロジェクトテーマの可能性を議論する合宿を実施しました。ホンダのケースは、まだ、市場に出ていない車を数台持ち込んでいただき、メンバーが数時間試乗するところからアイデアを共創していきました。このような取組みは、頻繁に実施していました。

やはり、企業や組織の壁を越えて、つっこんだ議論をすると、どこも結構似たような悩みや課題を持っていて、そこから新しいアイデアや発想が出てきます。自分たちと違う経験やスキルを持った多様な人材による議論や交流を通して新しい刺激を受けることは、すごく大事だと思います。ただ、我々みたいな年代や立場の人が、あまりお膳立てしないことも大切です。最初の小さなきっかけだけ作ったら、あとは、若い世代が、企業、年代、性別、国籍などの壁を越えて、自由闊達に連携してくるといった環境や文化になってくれるといいなと思います。

國土:ぜひあのベンチャー企業も混ぜていただいて、大企業同士だけじゃなくてやっていただくとより一層いいのかなと思います。よろしくお願いします。

近田:今の話を伺うと、久世さんのような方がそういう場を作り、奨励するっていうマネジメント、経営側の問題も結構大きいのかなっていう気もしますね。カルチャーやマインドを変えていく一つのきっかけとして何か可能性があるなという気持ちでお話聞いていました。一方で、スタートアップ側からすると限られた時間人数体制の中であまりフワッとした対話にどこまで時間を割けるかというのもあるかもしれません。そういったオープンなブレスト的なコミュニケーションについては、どのように受け止めていらっしゃいますか?

藤原:本当にそういう時間ってすごく大事だと思いつつ、おっしゃる通り当社の状況だと事業をいくつか走らせ始めるとなかなか時間が取れないのが現実ですね。どっちを優先すべきかっていうとどうしても現実に引きずり込まれるので、意図的にそういう時間を作らなきゃなと思います。ただ、今のやっぱり若い方というと乱暴ですが、我々世代とはコミュニケーションの方法も全然違っていて、本当に必要なときに「ちょっと時間貸してよ」という形で技術の壁を越えていくみたいなことが目の前で起こってるのを見て「やっぱいいな」と思うこともありますね。僕らの持っているネットワークと全く違う使い方で突破していくっていうのは、すごくいい刺激を受けますし勉強になっています。

金海:そうですね、やることそれ自体はすごくいいと思います、ただ、それが何を生み出すかを大切にしたいですね。ですので何かテーマを取り上げて、それすごく良かったら実際にやりましょうよ、というのがついているといいなと思います。

久世:同感です。単に、議論で終わるのでなく、得られた成果は、実現していかないと、参加メンバーは、力が入りません。実際にパナソニックやホンダとの共創セッションの結果、具体的なプロジェクトにつながりました。

単純に教育目的の研修では絶対本気になれません。参加メンバー全員が、いかにパッションを持って本気で取り組むかが大切です。何らかの形で先につながることで本気度は変わります。そのような環境がすごく重要だと考えます。

大学研究機関に足りていない要素を補えるのは大企業のリソース

近田:次のトピックスでは、大学研究機関との開発やそこでの技術をベースにした開発、連携に関してです。國土さんもこれまでに研究機関発のスタートアップのご経験があるかと思います。そういった観点でお感じになっているところをお聞きしてもよいでしょうか。

國土:まずその大学発ベンチャー、S’UIMINさんもそうですし、国立研究開発法人産業技術総合研究所(国研)から出てきたNSマテリアルズさんとかもそうなんですけどそれだけではなく、例えば物質材料研究所から出てきたベンチャー企業にもいろいろな支援やディスカッションをさせていただきますが、ベンチャーは非常にユニークな技術でもって画期的な事をやろうとしてる分、チャレンジしてるわけですね。

そうするとそれが商品になるには、超えなくてはいけない壁っていうのもたくさんあって。この壁をベンチャーだけで超えていくのは非常に難しいっていうケースはたくさんあります。その解決策を持っているのが大企業だったりするケースが非常に多いと思うんです。

例えば、生産方法や品質管理、マーケティング、プロモーション。そういったことには大企業ならリソースもあるし資金力もマンパワーもあって、仕組みを持っています。まさにそういうところで本当にコラボレーションしてやっていければいいんですけども、そこが一つうまくいってないのかなと。

そういう意識すら大学発ベンチャーでは持ってないとこともあり、自分に足りない部分を認識していない。どうやってこの壁を乗り越えよう、というところまで考えが及んでないのも一つ、ベンチャー側の問題としてあります。

対して大企業側の問題は海外企業との比較になりますが、例えばヨーロッパの大手何兆円企業といわれる大手の会社は日本のベンチャーに対して「マーケティングリソースもワールドワイドの営業リソースもチャンネルもあります。ここだけでもいいから一緒に提携しませんか」と声をかけるケースが多いんです。「あなたの技術は面白い」という提案の仕方をしてくれるんですよそこから提携が始まって最終的にはM&Aで買われるっていうケースも結構ありますしね。

ところが日本の大企業は最初から「お前の技術を全部よこせ」と言うので、もう話が止まってしまう。信頼関係がないときに、うまくコミュニケーションしないまま進めようとするケースもあったりして、何か非常にそのあたりの話がうまくかみ合わないっていうケースはあるんじゃないでしょうか。

近田:ありがとうございます。國土さんからは大学研究機関側としても、まだできないことの認識がちょっと足りないんではないかという率直なご指摘もありましたが、藤原さん金海さんは大学・研究機関側として課題感を抱いたことなどはありますか。

金海:我々はどちらかというともうものづくりのスタートアップなんですね。ですから自分たちがメーカーになるということで、そういう意味では大企業の定年された方とか、生産技術ですとか生産プロセスの経験がある方をリクルートして乗り越えてくという方法で取り組んでいます。

それから、産総研の技術というのは全くのプラットフォームなんですよね。それを使って何か売るものを作るんだぞ、というとものすごくハードルが高い。クリアすべき法規制もそれはたくさんありますが、やっぱり研究者は法律については詳しくないので、そういったところを大企業のリソースで支援してもらいたいな、ということはありますね。

藤原:我々は筑波大発ですが、元々睡眠測定の方法というのは「一晩の検査入院」しかなかったんです。それを家庭でいつでも自分で測れるっていう概念的な話がいわゆる睡眠研究の方から上がってきたところからスタートしています。

それを実現するためにはデバイスが必要ですねっていうことと、あとやはり人の手で睡眠経過図を作ってると、一晩の解析だけで3時間かかってしまいますし、しかもなかなか質が安定しない。それをAIにやらせるのなら、もう一つそのためのアセットが必要になってきます。実は当初は全部外部委託でやろうと言っていました。ただAI=頭脳の部分は筑波大のコンピューターサイエンスのチームに…ということでスタートしましたが、結果として大きな学びになったのは、やはりコアになる部分の知識がある人間がいないと、いいものは当然ながら作れないっていうところで。

AIがあってもその周辺のシステムがうまく連動していないと、翌朝10分15分後に結果はもちろん戻ってきません。何をしたらいいのか、まずいのか。それが見えるメンバーが加わってくれたことでプロジェクトは飛躍的に進みましたね。

コンピューターサイエンスとバイオロジー、そして睡眠学と事業サイド。これらが共通言語で理解して話せる場を作るまでにはやっぱり結局2年近くかかりました。でも一度同じ言語で話が進め始めると、問題が起こっても解決に必要なメンバーが把握しやすくなりました。多少回り道はしましたが、やはりコアになる人間が入ってきてくれたことで、一気に事業に向けての突破口が開けたかなと思っています。

若い世代やダイバーシティを取り入れた研究・議論の場を

近田:久世さんは現在、JSTで共創の場形成支援プログラムオフィサーも務めていらっしゃるということで、産学連携の観点で大学研究機関と大企業の連携に関してお感じになられてることをお聞かせいただけますか。

久世:文部科学省とJSTで推進している「共創の場形成支援プログラム」は2020年から始まりました。

対象となる分野は四つあり、「共創分野」「政策重点分野/量子技術分野」「政策重点分野/環境エネルギー分野」「政策重点分野/バイオ分野」です。私が担当しているのは共創分野です。「育成型」と「本格型」があり、本格型のほうが年間で受けられる予算額は大きくなります。

このプログラムは社会課題から出発するのが特徴です。SDGsに含まれるエネルギー、環境、健康などの社会課題をテーマにして、拠点ビジョンを作り、そこからバックキャストし、ターゲットを決め、研究開発課題に落とし込んで、産官学連携で取り組みます。

ところが、バックキャストをまじめに取り入れている大学はほとんどありません。結局、その大学で既に行われている研究のシーズを積み上げて、提案書の体裁に合わせて申請しているという大学も少なくありません。

また、私が課題として感じているのは、こうしたビジョンや全体の構想の議論に若い世代が参加していないことなんです。それを解消するために、全ての拠点で、多様なメンバーによるビジョンの洗練とバックキャスティイングのセッションの実施を進めています。大学だけではなく企業やスタートアップのメンバーも入れて、「自分たちはどういう社会を作りたいんだ?」というところから作り直して、本当の意味でのバックキャストに取り組んでもらっています。そのバックキャスティングの過程で大学の研究や技術の強みが明らかになってきます。また、ビジョンの実現のために、不足している技術や人材や活動も明らかになってきます。それができるのは若い世代の力かもしれないし、スタートアップの志の高さかもしれませんね。

それから、経営者とのマッチングが大切です。しっかりとした拠点を作ろうとすると、先ほど國土さんのお話にもあったように、かなりの投資が必要です。資金だけではなく人材も必要です。組織や企業からも人を出してもらって、強力なチームを作らないと拠点ビジョンは実現できません。

企業は、今、環境やエネルギーなどに真摯に取り組んでいます。特にカーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーなどは、経営にとって重要な課題であり、かなりで真剣に立ち向かっています。ただし、一つの企業では、解決はできず、企業やスタートップや大学などとの連携が必須となっています。

そのためには、大胆な投資も必要です。企業は、大学にもスタートアップにも投資していますが、本当に重要なテーマやプロジェクトは、公表しません。その企業にとって、戦略的な取組みは、オープンにせず、隠したいといった企業も多いです。そのようなアプローチでは、連携や共創が進みません。これは企業側の問題だと考えています。

また、企業とスタートアップの連携の仕方も根本的に変えないと駄目だと感じています。國土さんのお話にもありましたが、ヨーロッパの企業のように信頼関係が、まだ十分にできてなくても、投資してくれるモデルも必要だと思います。共創の場形成プログラムでも、例えば、海外のデジタル企業と提携し、このプログラムに投資してもらい、より大規模な予算を取り込まないと、予算が続かなくて厳しいと感じています。

近田:今のJSTに久世さんのような民間企業の経験をお持ちの方が入ってプログラムをスタートして、そのプログラム進め方や構成についても考え、やり方を変えていく。その影響は非常に大きいなと感じます。国だけでなく、企業の中でもそういった観点を持って研究を支えていくことが重要ですね。

スタートアップと大企業の連携のカギは、関わる人々の“コミュニケーション”にあり

近田:最後に、ベンチャービジネスのエコシステムや、大企業とスタートアップの連携をどうしていくか、またそのなかでTEPさんのような機関がどのような役割を担っていくかも含めて國土さんからお話しいただければと思います。

國土:日本には、これはいいなと思う技術ってたくさんあると思うんですよね。ただ先ほど言ったように、大学研究所でベンチャーを作っても、それを世界に通じる商品まで仕立てる力は全然ない。一つには出資金額が少ないという問題ももちろんあります。

私はアメリカでベンチャーを立ち上げたときに、VCから100億円くらい調達しました。そのくらいのお金がないと、はっきり言って何もできないんです。その金額を日本で調達するのはほぼ不可能なので向こうに会社を作ったということがありますが、やはりそこのギャップをどう埋めていくか。そこにこそ、オープンイノベーションで大企業と連携していく価値もあるし、大企業も新しい発想や技術を上手く活用していくことで価値も生まれてくるし、それをまた自社の技術とかけ合わせれば、さらに違うものができるかもしれない。

それは間違いないと思うのですが、どういうふうにうまくコミュニケーションをしていくかと。これは何か「これをやればいい」という解決策はないと思っていて。

ただ、今日久世さんと初めてお会いして、いろんな知見をお持ちで私も勉強になったんですけど、つながりを作っていく。こういう場を提供していただいたからこそこの出会いも起こっているので、コミュニケーションを取っていくことですよね。

それから仕掛けとして「仕組み」を作っていく必要があって。先ほど言ったように、TEPとしても例えば若手の30代40代の人、いろんな企業の方にご参加いただいてディスカッションの場を作るっていうのもあります。それから久世さんのところで企業経営者マッチングというお話もありましたが、TEPでもずっと課題として感じてまして、日本にはプロの経営者っていないんですよね。

アメリカの場合は「職業は?」と聞くと「CEOです」と言う人がいるんですよ。経営者です。経営者も小さいベンチャーからどんどん経験を積んで大企業のCEOに職業として入っていく人がいる。日本の場合はほとんどそういう人がいません。TEPだけでもこの問題は解決できないので、まさに国だとかいろんなところとも話し合いながら解決すべき問題だと思っています。

ただ、一個のお薬では治らないんですけど、いくつかの薬のポイントを通過すれば何か解決できそうな感じもしているので、ぜひそんな一助になればと。我々としても頑張っていきたいと思います。

近田:ありがとうございました。技術だけでなく様々な企業が持っている力を繋げていくことがとても大事だと。そしてやはりネットワークということですね。繋ぐエネルギーとなるパッションや情熱、想いも大切だということを改めて確認できました。

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