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連載小説:黄色の駅(仮) Vol.1

※毎週金曜更新予定


 三軒茶屋の世田谷通り沿いには、アーケードと呼ぶには憚られるような、中途半端な屋根がある。この屋根は建物の庇部分が担っているのだが、駐輪場など、一部建物が「欠けている」部分がある。そうなると、細く頼りないこの屋根では、雨風がしのげない。雨の日にここで傘をさすべきか、ささざる(?)べきかいつも迷う。ここを通る人も皆迷っているようにみえる。それほど広い歩道ではないので傘をさせば邪魔になるが、ささないと確実に濡れてしまうのだ。
 しかもこの屋根は、ビッグエコー前の田園都市線三軒茶屋駅に降りる階段の手前で切れてしまう。駅に入るには少し濡れるか、少し傘をさすかしないといけない。
 ここでボタン式の傘をばっと開く人がいる。当然、水しぶきが飛び、周囲にかかる。その「しぶき」がかかって嫌そうにしている人が必ず見られる。
 帯に短し、襷に流し。そんなアーケードもどきの下を、飽きもせずに毎日毎日歩いていることになる。

 私は渋谷にある広告制作会社に務めている。新卒で割と大手の出版社に入ったが、何をしても「女の子のやっていること」という評価しか下されない環境に嫌気がさして、2年持たずに辞めた。そのあと今の会社に移ってきてもう4年目になる。もう少しで前の会社の倍いることになる。
 この転職はまあ成功だと思う。出版社に入ったのも、広告代理店に受からなかったからで、もともとこの分野に惹かれていた。「企画」がしたかったのだ。
 思い描いていたような仕事ができているかと問われると、怪しい部分もあるが、ここでは女性だからといってないがしろにされることはない。
 不満があるとすれば、勤務時間だろうか。「裁量労働制」というグレーな雇用形態で時間などあってないようなものである。

 少しでも睡眠時間を捻出するために、東京の奥地から出てきて、渋谷から2駅のここで一人暮らしを始めたのだ。

 三軒茶屋は人気の街だ。美味しくてさほどお値段も入らない飲食店が、いくつもある。特に国道246号線と世田谷通りに囲まれた、通称「三角地帯」の気取らない雰囲気が私は好きだ。都心に近いにもかかわらず、どこか郊外的なのんびりした雰囲気があるのも人気のポイントかもしれない。
  

 でも、私がここに住むと決めたのはそのどのポイントとも違う。

 住まいを探すにあたって、祐天寺→中目黒→三軒茶屋の物件を内見した。祐天寺で不動産会社の人と待ち合わせをして、そこからは営業車で物件を回った。最後の三軒茶屋の物件の内見が終わったあと、三軒茶屋を散策することにした。ある程度歩いてみて、スーパーとの距離感をはかったり、思いがけずハナマサを発見してテンションを上げたり、ひとしきり三茶駅周辺を歩いたあとで、あの「アーケードもどき」を通ることになった。
  アーケードもどきを抜けて、駅にはいった瞬間に目の前が「真っ黄色」になった。これは例えでもなんでもなくて、駅のタイルが黄色かっただけなのだが、それを見た瞬間に「この街に住む」と決めた。
 なんて素敵なんだろう。そう思ってしまったのだ。    

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