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連載小説:黄色の駅(仮) Vol.7,5

※毎週金曜更新予定

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※この小説は女性の「私」⇆男性の「僕」と交互に書いてきましたが、連休ボケで「私」が連続してしまいまいた。来週帳尻合わせます......。

  スマホのディスプレイにはLINEの通知が出たままになっている。なんとなく既読をつける気にならなかった。
 それも当然だ。あろうことか、昨日初めて会った相手にモーニングコールまがいのことを頼んでしまったのだ。とはいえ、このまま未読の状態にしておくのはさすがに不味いだろう。起こしてほしいと頼んだ時間から、3時間近く経っている。あるいは私が寝坊したと思っているかもしれない。
 
 それにしてはこの一通だけのLINEか、とも思う。

「昨日はごめんなさい。無事に帰れましたか?」

 少し寂しさを感じている自分に驚く。とにかく何か返信しなければいけない。あれこれ悩んだ挙句、こう返した。

「起きてすぐに出てしまったので、今LINEに気づきました。自分でたのんでおいてすみません!」

 切り身ちゃんのスタンプも添えた。

 なかなか既読がつかない。こんなことなら慌てて返信することなんてなかったなと思う。今度は少しの苛立ちを感じていた。なんて勝手なんだと我ながら思う。
 考えてみれば、私たちが帰ったあとに帳簿をつけ、店を閉めているのだ。ランチをやっているようにも見えなかったし、まだ寝ているのかもしれない。
 ということはわざわざ私のために一度起きてくれたのかもしれない。理由はわからないが、きっとそうだろうと確信した。少し暖かい気持ちになっているのを感じる。
 感情の揺れ動きが激しい。どうかしている。

 ほとんど氷だけになったアイスコーヒーを飲み干す。LINEも返したし、彼のことは一旦頭から追い出そう。

 まだまだ仕事は残っているのだ。

 会社に戻りメールチェックをしているときに、LINEがきた。普段は通知を切っているのだが、今日はけたたましく音が鳴る。
 きっと今朝の連絡に備えて、通知をオンにしたのだろう。浮かれていた自分に恥ずかしくなる。
  
 彼からだろうか。

 「昨日はありがとうござました!また行きましょうー」

 水元さんからだった。既読はつけないことにする。なんとなく気恥ずかしいのと、覚えていない良くないことがある気がしたのだ。
 全ては帰ってからだと自分に言い聞かせ。LINEの通知を切る。
 今週中にこのインタビュー記事をやっつけなければいけない。ある映画のプロモーションで、俳優の灰島義朗に取材をしたのだ。大御所と言って差し支えないだろう。

 普段であれば取材に立ち会うことはあっても、自分で記事まで書くことはない。今回も付き合いのあるライターに投げるつもりでいた。
 ところが取材が急に決まったために、都合のつくライターが見つけられなかった。仕事の確かな若手ライター3人にスケジュールを理由に断られ、最後に前職から付き合いのある柳さんというベテランのライターに声をかけた。
  もともと出版社にいたが、ルポライターとして独立し、今は編集をメインに活動している。彼はスケジュール的には問題ないのだけれどと、前置きしてからこう言った。
  「悪いけどあの人はNGなんだ。前に取材したことあるんだけれどひどい目にあって。相当の直しを覚悟した方がいいよ」

 あるいは他のライターも彼だから敬遠したのかもしれない。業界では変人として知られているらしい。
 それなら仕方あるまい。自分でやろう。もともと書くことは嫌いではないし、スケジュールもさほど詰まっていない。勘が鈍らないうちに、ライターをやっておくのも良いだろう。変人と聞いて血が騒ぐ気持ちもなくはなかった。面白そうだと思ってしまったのだ。
 緊張しすぎるわりに、見通しが甘いところがあるのが私の欠点だが、このときの自分で書くという決断ほどの間違いはない気がする。
 他にライターの当てはなかったので、どうすることもできなかったのだが、それにしても。

 問題のインタビューは、予想外につつがなく終わった。2時間程度取材時間をみていたのだが、1時間半ほどで充分な撮れ高があったので、そこで終了となった。灰島義朗は上機嫌だったのか、主演を務めるその映画について饒舌に語ってくれた。その割に大した分量にはならないので、取捨選択の必要もないだろう。
  柳さんに脅されていたこともあって、事前準備を入念にしたのも功を奏した。こんな取材ができたのだから、そう難航することもないはずだ。
  
  このときはこんな楽観的な見通しを持っていた。

 もちろん、現実にはそんなにうまくはいかなかった。

 柳さんは相当の戻し=修正を覚悟した方が良いと言っていたが、それどころではない。初校原稿を上げるのに苦戦していた。

 取材にはカメラマンと2人で行った。これも良くなかったと今となっては思う。インタビュアーが1人の場合、目の前の取材対象者との話しに集中するあまり、原稿の全体像が見えなくなってしまうことがある。
 「編集しながら聞く」ことができていなかった。

 テープ起こしを読んで愕然とする。彼はいくつかのポイントで全く違う見解を示している。言っていることが破綻している。
 
 私の勘が正しければ、それは意図的に行われていた。
 
  彼がなぜそんなことをしたのか、それは今でもわからない。
  
  結局このインタビュー記事が結局世に出ることはなかった。

 

 

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