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連載小説:黄色の駅(仮) Vol.3

※毎週金曜更新予定

Vol.1 vol.2

  目を覚ますと、とても嫌な予感がした。「まずい。遅刻だ」と直感的に思った。スマホに目をやるとディスプレイは9:00を指している。ほっと胸をなで下ろす。11:00の打ち合わせには十分間に合うはずだ。

 昨日は大口のクライアントである某予備校の担当者と会食だった。もともと有名大学の職員をしていた吉永部長と、新卒3年目の水元さんが二人で人事部の窓口になっている。
   広告宣伝部や代理店と仕事をすることがほとんどなので、人事部とのやりとりは新鮮だ。派手な施策を打つというよりも、社員の育成やケアなど目を配ることが重要な業務なので、コミュニケーションの取り方が特に丁寧だと感じる。
  新卒3年目の清水さんとは最初からうまがあった。同じく男ばかりの職場で働く同士、苦労がわかるというのはあったと思う。でも、それだけではない。初めて会った時から他人とは思えない何かがあった。

 クライアントとの飲み会は、以前にセクハラにあったり、嫌な思いをしたことがあったので基本的には1次会で帰ることにしているのだが、水元さんのあの愛くるしい笑顔で「もう一軒いきましょうよ!」と言われて断る理由はなかった。
  その日は結局、2次会のあと、女2人で3次会までいった。こんなに飲んだのは久しぶりだ。しかも平日に、である。

 身支度をしながら昨日の記憶を手繰り寄せてみる。
これも最近ではないことなのだが、2次会以降の記憶がない。たしか高田馬場の安居酒屋で飲んだあとに、バーに移動したのだけれど......。ここまで思い出してハッとする。そうだ。三茶に行ってみたいという水元さんに応えて、タクシーで移動したのだ。

 たしか、すずらん通りの雑居ビルの3階にあるバーに行ったはずだ。ここは行くたびに店名が変わっていて、オーナーも変わっている不思議な店だった。
   事情を聞いてみると、居抜きで何人もが出店しては閉店しているということらしかった。不吉といえば不吉な店である。

 で、何を話したんだっけ?

 思い出そうとすると頭がじんじんと痛んだ。
二日酔いのときに何かを思い出そうとするほど、不毛なことはない。とりあえず普通に生活していれば、また思い出すだろう。

 飲みすぎた次の日の儀式であるしじみエキスと乾燥ウコンの粉末を口に含んだところでスマホが鳴った。LINEの通知がディスプレイに表示されている。

 「YUTA
       昨日はごめんなさい。無事に帰れましたか?」

 YUTA ? 私は水元さんと飲んでいたはずである。

 何か不穏な事態が持ち上がっていることは間違いなさそうである。乾燥ウコンの苦味をやりすごしてから、意識を集中させる。

 ぼんやりと昨日の情景が浮かんでくる。私と水元さん以外にもう1人男性がいたはずだ。そうだ。あのお店の人だ。
  

 酔っ払った挙句に連絡先まで交換して、しかも謝られている。

 これ以上のことは今夜ゆっくり思い出すことにしよう。
 
  

 

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