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連載小説:黄色の駅(仮) Vol.6

※毎週金曜更新予定

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  受験校は決まっていた。数学の成績が壊滅的だった僕は、私立文系コースに籍をおいていた。そうなると目指すは、あの二つの大学のどちらしかない。
 僕の父は自分の同類ーー要するに金持ちーーの多い方の出身なので、小さな反抗心からもう一つの大学を目指すことにした。
 もっとも、金のかかる私立大学なので世間のイメージが「バンカラ」なだけで、さほど学費に差はない。
 実際の校風や学生がどうかというと、大きな差があるようである。自分の特性を考えると、父と同じ大学の方が良かったのかもしれないが、まあ、どうせ受からなかっただろうという気がする。
 
 そう、僕は受験に失敗した。その大学に「いけなかった人たち」の集まる大学に進学することになった。よくある話だ。

 バンドに夢中になりすぎた。予備校であろうことか女の子にはまってしまった。いろいろと理由はあるが、一番の理由は「受験に集中できなかった」ということに尽きる。
 どこに進学しようが、学びたいことなどなかったのだ。
 正直に告白すれば、学びたいことなどなくとも、モチベーションなどなくともそれくらいの壁は越えられるものと思っていた。
 それほどの知能は僕にはなかったわけだ。その壁というか膜のようなものは僕の目にしっかりと映っていた。それを超える方法もわかっていた。ただ、ほんの少しの量がこなせなかった。

  今でもときどき、その膜について考えることがある。あれを超えていたなら、どうなっていただろう。

 浜山は死なずに済んだだろうか。

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 浜山も僕と同じ、私立文系コースで目指す大学も同じだった。浜山の家は、親も僕らに良くしてくれたお兄さんも、僕の志望していた大学の出身で、浜山も当然のようにその大学を志望していた。
 お世辞にも頭がキレるというタイプではなかった浜山だが、こつこつと受験勉強に励み、あっさりと受かってしまった。
  
 こうして別々の大学に通うことになった僕と浜山だったが、バンドは続けていた。他のメンバーのひとりは父と同じ大学に進学し、もうひとりは浪人した。この2人とは疎遠になり、僕の大学の軽音サークルから1人ベースを加えた3人編成のバンドで活動していた。
  その頃から真性のクズだった僕は、ことあるごとに浜山に絡んだ。あの「膜」を超えてしまった浜山を妬み、嫉んでいたわけである。全て自分の責任なのに、下に見ていたもの先を越されたのが我慢ならなかったのだ。
  この頃から酒を覚えた僕は、主にバンドの練習が終わったあとに絡んだ。「カンニングで入った」「さすが〇〇大は違うな」など、およそ友達にかけるようなではない言葉をかけ続けた。
 その度に浜山は「勉強しなかっただけじゃないか」「今からでも受けなおしたら良い、お前なら受かるよ」と優しく笑って言ったのだった。

 今思うと、その言葉が欲しくて絡んでいたのだと思う。地頭が悪いわけではない、努力が足りなかっただけなのだと小さなプライドを守ることに必死だった。

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 バンド活動は意外に調子が良く、すぐに固定客がつき、大学の1年生の終わりには下北沢・渋谷界隈では少し名の知れたバンドになった。いわゆる業界関係者から声をかけられることも、少しずつ出てきた。
 大学受験の失敗で地に落ちたプライドが、すこしずつ回復してくるのをかんじていた。
  最近ではバンドをやっている学生がものすごく減っていて、ロックなんてものはマイナーな存在になってしまっているが、当時はまだまだ勢いがあり、少し特徴のあるバンドであればわりと声がかかる時代であった。あのまま続けていても、早晩行き詰まっただろうが、若さゆえの勢いと鬱屈とした自分を投影した楽曲はある程度時流を捉えていたのだと思う。
  ライブをやるたびに動員は増え、僕は有頂天だった。この頃、女遊びも覚えた。
  音楽というのは、ある種の麻薬だ。何もない自分でも音楽をやっている、できるというだけで女には魅力的にうつるようだった。男子校出身で免疫もないので、もう手当たり次第という感じだった。
  浜山もモテないことはなかったと思う。だが、真面目で奥手な性格だったので、全くそういうことはないようだった。
  正直に言って、優越感を感じていた。

 そんな浜山が珍しくライブに招待した女がいた。それが絵美子だった。
 
 絵美子と最初に話したのは、その日のライブの打ち上げだった。一目見たときから、浜山が好意を抱いていることはわかった。絵美子の方も悪からず思っていたと思う。
 あるいは2人は付き合っていたのかもしれない。今となってはそれもわからないが、わかったところでどうしようもないことだ。

 その日、僕は絵美子と寝た。
  
    

 

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