二、

ここでタッペイさんは両目を見開き僕を指差して言った。

「マジックマッシュルームだよ。お前知ってる? ヨーロッパとかアメリカだと違法だけど、日本ではまだ合法なんだって。すごくね? ま、リュウは『おれはサイケはちょっと苦手だから』とかカッコつけて言ってやんないみたいなんだけどさ、『サイケ』って響きがよくね? ジミヘンとかドアーズとかのサイケのことだろ? オレが好きなバンドばっかりじゃん。オレにはたぶんキノコが合うのかもしんないし。だいたい警察に捕まるリスクがないっていうのがいいよな。それでオレ、実はこのあいだ一人でシモキタに行って買ってきたんだよ」

 そう言ってタッペイさんは止まった。ピタリと止まって動かなくなった。しかし僕にはそれが、タッペイさんが僕の意見を待っている「間」のようには思えなかった。いつもそうだ。これはもちろん僕のための間ではなく、タッペイさんがただ話疲れて止まってしまっただけの間で、もちろんタッペイさんは僕の言うことなどはじめから期待していない。

 タッペイさんは一息付くためか、また新たにマイルドセブンに火を付け、ゆっくりと一服した。短くなるまでタバコを吸わないというのがタッペイさんが言う男気というやつで僕は全くそれを理解できなかったが、タッペイさんが三本吸う間に自分のタバコを一本吸うことができた。タッペイさんはそれをいつもみみっちいと言って笑った。

 小さな部屋に似合わない大きなスピーカーからはドアーズのストレンジ・デイズがかかっていた。タッペイさんが永久的に貸してやると言って置いていってくれたCDだった。あげると言われれば僕が断るだろうと気遣ってタッペイさんはそう言う。

 僕は目の前にあった自分のビールを飲み干した。アサヒのスーパードライだった。僕は発泡酒の味がどうも好きになれずいつもビールを飲んだ。タッペイさんはそれをブルジョワジーと言い笑った。

 肩まではありそうな黒い長髪をかき上げながら、タッペイさんは着ていたミリタリージャケットの胸ポケットからゴソゴソと小さなビニール袋のようなものを取り出した。そしてそれを僕の目の前で僕に催眠術でもかけるかのようにフルフルと横に振った。ビニール袋の中のマジックマッシュルームは萎れて、ときどき祖母が送ってくれる切り干し大根のように見えた。

「どうだ?」とタッペイさんが自慢げに訊いた。「実はさ、俺この前一人でやってみたんだよ。正直に言えばAV見ながら。けっこうヤバかったぜ。その後に音楽聴いても、すげーよかったし」

そう言いながらタッペイさんはそのパケットを僕のほうへ差し出した。

「僕はいいですよ」

「いいからいいから。タダでやるからさ」

「いえ、払いますよ。いくらですか?」

「友情価格の5千円」

 タッペイさんは僕の目の前で右手を広げて言った。僕は財布から五千円札を取り出し、タッペイさんに渡した。

「ま、とりあえず、試してみろよな」

 タッペイさんはひと仕事を終えた大人の男のような顔をして今度はガラムのタバコに火をつけ、いつもよりもさらにゆっくりと一服した。甘い香りがあたりを包んだ。僕は目を閉じた。軽い目眩を感じていた。

 そのあとはいつものようにふたりで安酒を明け方まで飲んで、カップラーメンを食べてのお開きとなる。カーテンの隙間から朝日が差し込んできたころタッペイさんはいつも決まってサニーディ・サービスの「サニーディ・サービス」というアルバムをかけた。一曲目を聴きながら静かにタバコを吸い、二曲目の「朝」という曲が始まるといつも腰を上げた。

「じゃ、オレ帰るわ」タッペイさんは玄関に向かった。

「さようなら」僕は言った。

「トモアキまたな」タッペイさんは今日一番の笑顔で言い、「今度アレいっしょに下北沢に買いにいこうぜ」ニヤリとそう付け足してから出ていった。

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