永井均の講義を受けることにした(漫画日記7月第1週)

最近、積ん読だった永井均の本を読んでいる。

7月から朝日カルチャーセンターで開催される永井均の月1(計3回)の講義も申し込んでしまった。

永井均は、「他の誰でもない”この<私>”」のことを常に問題にしている。

”この<私>”からしか世界は開けていないし、それは他と比較できるものもない。同じようなものを並列して語ることができない。「無内包の現実性」なんて言い方もしている(ここは入不二基義の「現実は無様相」「全一的な現実」にかなり近いこと言っていると思う。比較できるようなものがなく、外部がないものという点では共通している)。

また一つ別の問題がある。それは、初めは「他の誰でもない”この<私>”」のことを問題にしていたのに、そういう書き方ををすれば誰にとっても当てはまる問題になってしまうということだ。なんでかといえば、誰にでも「私」があって、それ以外の「他者」がいるから(そのあたりは累進構造の話を展開して説明している)。「私」などの言葉を用いてそれが理解される限りは最初に問題にしたかったことは問えなくなる。言語で何か伝えようとすれば”この<私>”も誰にとっても自分には存在すると思われる”この<私>”として並列化されるし、むしろそれができるからこそ言語で何か伝えることもできる。永井均は言語のことも含め、その問題を支える基盤から覆していくから読んでて頭がクラクラしてくる。他にそういう体験を与えてくれる人はあまりいない。

ここからは永井均の本のことはあまり関係なくなる。

永井均の本を読んでいてちょっと考えたのは「特殊なこと(個別的なこと)」こそ重要なのになぜか「一般的な問題として設定されてしまうこと」って多いなということだ。

少し前に「初デートでサイゼリアでアリかナシか」みたいな話題がネットで議論されていて(まあ、実際に話題にしていた人はごく一部に限定されるだろうけど)、「話題のネタとしてちょうどいい」みたいな要素もあるとはいえなんで、なんでこんな話を語りたがる人が多く(あるいは一定数)いるのだろうと不思議な気持ちになった。

問題なのは好意を持った異性があらわれたとしてその相手がどう思うかであって、そして、それ以外はどうでもいいことなのに、なんで[男(一般)/女(一般)]の問題として、それを語りたいのかは個人的にはあまり理解できない感覚ではある。

実際にデートした相手が「初デートでファミレスは嫌」というタイプなら気にするなりなんなりすればいいし、「初デートでファミレスでもいい」というタイプならそれで話は終わりだし、現実にそういう対象がいなければ話題としてどうでもいいことだし、知らない女性が「初デートでサイゼリアに連れて行かれて最悪」と言っていたとしてもそれはその人がそうだというだけで自分には関係ない話だ。

一般論は知っておけば行動を起こすときの参考になる場合もあるだろうけど、もし気になる異性とデートすることになって「初デートでファミレスはナシ」のような一般論(?)を知っていてもその相手がどうなのかは、人によって感覚が違うのでなんの参考にもならない。

「初デートでサイゼリア」は例として出しただけで、別に恋愛のことに限らず、「その時に起こったその事態こそが重要」なのに、その問題は一般論化されて語られることってあって、そういうふうに何かを語りたい感覚って自分にないので不思議に思う。

「人間は共感性を高め連帯して大きな社会を生み出せるようになったから、あらゆる問題を一般化(あるいは社会化)して考えることは人間らしい思考なのかもしれない」とかこじつけっぽいことは言えるけど、当事者でもない問題に多くの人が関心を持ち口出ししてしまうのはやっぱり少し変だ。

話題のネタとしては「デートでサイゼ云々」みたいな話はちょうどいいだろうしそのレベルでなら自分もそういう話をすることがあるかもしれないけど、話題のネタという次元を超えて「男(一般)」としての意見、「女(一般)」としての意見を熱く語っている人を見ると別の生き物をみているような気持ちになる。

こういった話は「日本人は」とか「男は」「女は」みたいな主語が大きい人の問題とも繋がっているかもしれない。ある属性を代表したり党派的に何か考えたりする人とは相容れないものがある。

サイゼの話とか古い話題を取り上げてしまったけど、僕個人としては初デートでファミレスは嫌だ。なんか非日常な気分を味わいたいので、初めのうちであれば普段行かないようなとこ一人では入りにくいようなとこに行きたい。

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てらだこうじ

漫画と雑記。mail:teradakoji09@gmail.com

雑記

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